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夕刻。
地頭の屋敷にて、留守役である小島 昌継は二通の書状を書いていた。
一つは、この屋敷の主である地頭へ。
もう一つは、今年隠居した長尾 為景である。
長尾 為景は隠居する直前、信用できる極一部の人間へ、ある命令を与えていた。
その命令とは、ある少年の警護を任せられる人間の捜索である。
しかし、その警護を任せられる人間には、為景より幾つかの条件がつけられていた。
一つ、警備対象を守り抜ける程、武芸に秀でている事。
一つ、警護対象となる少年と同じくらいの年齢である事。
一つ、警備対象となる少年と周囲の人間に警備されていると悟られぬ事。
以上である。
見れば見る程、不思議な命令だ。
最初と二番目の内容には納得できる。
護衛をするのだから、武芸に秀でている事は勿論の事であるし、護衛対象となる少年と同じくらいの年齢である事を要求するのも理解できるからだ。
しかし、三番目の周囲だけでなく護衛対象に対してすら内密に護衛する事というのは、理解に苦しむ要求である。
この三つの条件に照らし合わせると、対象となるのは6歳から10歳の少年であり、武芸に秀で、尚且つ護衛対象に護衛と勘付かれずに業務を遂行する知性を持っていなければならない。
小島 昌継は思っていた。
そんな子供、『越後』にはいない、と。
だが、もしかしたら――と思ったのが、今日出会った弥太郎である。
大人以上の体格に、あの胆力。
知性は解らぬが、鍛えればもしかすれば……。
「昌継様。霞村の田久兵衛が来ております」
執務室の外から、1人の侍が昌継に声を掛けた。
「よし。ここに通せ」
「ははっ」
暫くした後、昌継の執務室に田久兵衛がやって来た。
「よく来てくれた、田久兵衛。――では、聞かせてもらおうか。どうやって十人の盗賊を捕縛したのかを、な」
「……はい、かしこまりました」
田久兵衛は、全てを語った。
十人の盗賊が襲って来た時、村民の全員が家の中に閉じこもった中、ただ一人、少年だけが立ち向かった事を。
その少年こそ、弥太郎である事も。
「まさしく金時童子の再来とでも言うべき怪力の持ち主で、相撲勝負をすれば大人でも太刀打ちできない程です」
「ほぉ、そんなに強いのか……。――その弥太郎の両親は健在か?」
「いえ、弥太郎は孤児です」
「孤児?」
「はい。霞村の若い夫婦がある時、山の中で捨てられていたのを、見つけ出したのです」
今から十年前、弥太郎は、妙高山の山深く、白い布で包まれた状態でその夫婦に発見された。
若い夫婦は、昨年、自分たちの子供を『はしか』で失ったばかりである。
病院も薬もないこの時代、『はしか』の死亡率は50%であり、感染すれば治る事を神に祈るしかないとまで言われている大病である。
若い夫婦は、その赤ん坊に失った自らの息子と同じ『弥太郎』と名付け、深い愛情を注いで育てる事にした。
今度は病気で死なないよう、健やかに育ってほしい。
夫婦の願いは、十分すぎる形で天に届いた。
そう、十分すぎる形で。
弥太郎が十歳になる頃には、身長は五尺七寸(171㎝)となり、もはや村一番の大男となった。
更に、山の中を走れば猪と並走してみせ、鹿を追いかけて谷の中を跳躍し、蝶のような身のこなしで熊すら殴り飛ばす怪力まで持つに至る。
しかも、彼は驕った所もなく、年上の顔は立てる礼儀正しい子供であり、親の野良仕事を積極的に手伝う孝行息子として村でも評判なのだ。
まさしく、心身共に、見事に形成された快男児であった。
それを聞き、昌継の心は決まった。
「その子を、我が子に迎えたい」
田久兵衛はその言葉を半ば予測していたのか、静かに頭を下げ、「承知しました。明日、事情を説明し、御屋敷に弥太郎をお連れ致します」と返した。
農民の少年は徐々に、『越後』の歴史の表舞台へと現れようとしていた。
その身に、かつてない激戦が待ち受けているとは、周囲の人間は知る由もなかった。




