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十歳というのは、戦国時代の常識から見ても、現代の常識から見ても子供である。
その観点から見ると、弥太郎は子供であった。
だが、自分の意志で決めていい事と、いけない事の区別のできる子供でもあった。
その為、――
「村長、アレをどうします?」
自らが折檻した盗賊達を指さしながら、弥太郎は村長に盗賊達の処遇を尋ねた。
眉や髭に白髪が混ざり始めた初老の村長である田久兵衛は、ジロリと溜め池に視線を向けている。
当の溜め池の周囲には、鍬を構えた農民達が取り囲んでおり、盗賊の脱出を阻んでいた。
気絶から覚めた盗賊達は青ざめた顔をしながら立ち尽くしている。
どの時代の農民も、怒らせたら怖いのである。
「儂らを襲おうとした奴らじゃ。殺すべきじゃ!」
「そうじゃ!」
「村長、やってしまいましょう!」
「この村に手を出した事、後悔させてやる!!」
村人達が一斉に大声を上げた。
「まぁ、待て皆の衆」
村長の田久兵衛は落ち着いた声で村人たちに声をかけた。
「このまま殺しても、我らが得るのは奴らの得物だけじゃ。――どうじゃ、皆の衆? ここは地頭様に差し出す事にせんか? あわよくば、我らに褒美をくれるかもしれん」
鬚をいじりながら、村長の田久兵衛はしっかりとした口調でそういった。
「しかし、村長!」
年若い村人が、田久兵衛の決定に不満を出した。
「地頭様に差し出しても、差し出さなくても奴らの首は刎ねられる。なら褒美が貰える方にするべきじゃないか、源三?」
田久兵衛が強かな笑みを浮かべてそう言うと、源三と呼ばれた村人は納得した顔で引き下がった。
「決まりですな。――ではっ!」
一連の流れを見ていた弥太郎は、すかさず荒縄の先に輪を作り、ブンブンと音を立てて振り回し始めた。
「とりゃあああぁぁぁっ!!」
大きな掛け声と共に、弥太郎はブンっと荒縄を放り投げる。
放たれた荒縄の輪がそのまま溜め池の中にいた盗賊の一人に、スッポリと納まった。
「まずは一人目ぇっ!」
弥太郎が豪快にそう言い放ち、グイグイと荒縄を引っ張る。
瞬く間に輪が縮まり、ギュっと荒縄で盗賊の体が拘束された。
「な、何じゃぁ!?」
当の盗賊からすれば、たまったものではない。
ただでさえ水の中で逃げ場が無い上に、荒縄で拘束されてしまったのだ。
が、この程度で弥太郎は止まらない。
「あっ、そ~れっ♪ あっ、そ~れっ♪」
と、祭囃子を口ずさみ、弥太郎は拘束した盗賊を池から引っ張り始めた。
その速度は尋常ではなく、馬に引きずられているかのような錯覚すら覚える力であった。
「うわあああぁぁぁっ!」
ザブザブと水波を立てながら、文字通り溜め池から引っ立てられる盗賊。
ここまで来ると盗賊に対して、哀れみさえ覚える扱いである。
「あっ、そ~れっ♪ あっ、そ~れっ♪」
『よい♪ よい♪ よい♪ よい♪』
いつしか弥太郎の言葉に村人達が声を合わせて囃し立てる。
「あっ、そ~れっ♪ あっ、そ~れっ♪」
『よい♪ よい♪ よい♪ よい♪』
遂に岸まで引っ立てられた盗賊を、弥太郎は容赦なく足蹴にし、荒縄で簀巻きにした。
「源三さん! コイツが逃げないよう、見張っていて下さい!」
「おうっ、任せとけ!」
「ありがとうございます!」
弥太郎はそう言って頭を下げ、再び先程と同じ手順で荒縄の先に輪を作り、溜め池の中にいる盗賊を引っ立て始めた。
ものの数分で、弥太郎は全ての盗賊を荒縄で縛り上げた。
「お見事っ、御見事っ、御美事っ! さすが弥太郎じゃ!」
村長の田久兵衛が快活に笑って、弥太郎を誉める。
武士のいない村で、少年が一人、丸腰で盗賊十人を捕縛したのだ。
もはや偉業である。
「村長、ありがとうございます!」
「はっはっはっはっはっ、弥太郎がいれば霞村は安泰じゃの。弥太郎がおれば百人分の働きをしおる!」
「それは言い過ぎですよ、村長。せいぜい、五十人分が限界です」
弥太郎は浮かれる村長に対して、困ったような声を上げた。
これが、後に鬼と呼ばれる男が立てる手柄の始まりに過ぎない事を、霞村の人々は知る由もなかった。