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夢見るニュータイプ

 だけど、僕は思うんだ。先生が帰ったあとの静かな病室で、じっと考え込んでしまうんだ。

 僕は、はたして戦っているだろうか? ずるずると惰性を引きずり、もう治りやしないとあきらめてしまって、とうに治ろうなんて思うことをやめてしまったんじゃないか?

 だいいち、僕はいったい何の病気なんだろう。

 先生は僕を情緒不安定とか、神経症だとか診断しているようだけど、ほんとうにそうだろうか。先生がたを疑っているわけじゃないけれど、僕にははっきりとしないのだ。

 この曇り続ける空のように、僕の不調も平行線だ。投薬も心理療法も効きやしなかった。

 ただ、先生といっしょにいる間や、マルシアとメールのやりとりをしているときは、心強い感じがして、なんとなく救われる思いがして、少しだけ安心することができる。

 でも、僕はまた漠然とした不安がわきあがってくるのを、抑えることができない。

 死への恐怖と同じくらいに、僕は日常がおそろしい。このガラス張りの病室が、眺めているだけの街並みが、毎日のように曇っている空と同じに、当たり前になっているのだ。取り換えられる炭酸水の点滴が、取り換えたばかりの新鮮なグラスコットンの掛布の肌触りが、ろ過水のシャワー、清潔な肌着、栄養剤とソイバーの味。

 静まり返ったガラス張りの病室のなかでだけ繰り返されるそれら全てのことが、僕にとっての日常であり、同時に、僕の人生そのものに成りつつある。

 僕はここで、たったひとりで、死ぬまでガラスの中に閉じ込められて過ごすのだろうか。いいや、もしかしたら、ガラスの中で守られているのかも。こんな僕がいまさら生き馬の目を抜くような社会へ出て行って、やっていけるものだろうか。

 僕は飼殺され、えさの捕り方も忘れてしまった鳥のように、与えられるものだけをすべてとして生きてきたのだ。それも、瑞々しい少年期とは比べ物にならないほど長い時間だ。

 こんなになった僕を見て、マルシアがまた泣かずにいられようか。何度考えたかわからない。僕は、よっぽどマルシアに、「僕のことは忘れて、新しい相手と幸せにおなり」というメールを出そうかと思った。それでも迷い、逡巡し、けっきょくは当たり障りのない言葉を交わすだけだ。

 ああ、病気といい、決心のぶれといい、僕はなんて意気地のない男なんだろうか。

 僕は勝手だ。病気は治したいし、先生にはずっと支えていてもらいたいし、マルシアは手放したくない。なんでも欲しがり、だけど自分からは何もしないなんて、僕はなんてぜいたくで、図々しく、卑怯な男なんであろうか。

 ああ、僕は自分で自分が恥ずかしい!

 そう思ってまた外へ目をやると、まず、青白い自分の顔が目に飛び込んでくる。

「ああ、いっそ死んじまったらいいのに!」

 僕は自分自身に悪態をつき、涙にくれ、グラスコットンの蒲団を頭までかぶって目をとじた。

 こんなにもつらい思いをしているのに、炭酸水の麻酔だって、二酸化水素と黄化ゲルマニウム溶液の注射だってしているのに、ちゃんと治療を続けているのに、僕はまた夢を見る。


 夢のなかで、僕はあたたかくて優しい場所にいる。そこは健康な皮膚の内側のように美しいピンク色をしていて、どこまでも先がなく、また後ろもない世界だった。

 僕はふわふわと漂い、好きなところへ浮いて行っては、疲れて底に沈んだ。世界の壁は柔らかく、不思議な手触りで、僕を優しく包み込んでくれる。

 そのうち、僕は世界の壁を通り抜け、外の世界へと出て行く。壁を抜けた僕は大空のてっぺんから地上へと落ちて行く。雲を突き抜けると、ふわりと体が軽くなり、僕は好きな場所へ飛んでいくことができた。よく遊んだ緑地公園、通いつめた書籍館、ボートで漕ぎ出した遠浅のダム。

 それから、マルシアの家へ。マルシアと通った小学校、通うはずだった中学校、予約までしていたレストラン……

 僕の胸はとたんに張り裂けんばかりにきりきりと痛み、そこで夢は覚める。


「ああ!」

 僕は汗をいっぱいにかきながら、ベッドの手すりをたどり、ナースコールを押した。頭の上のネームプレートが真っ赤に光って、階下でバタバタと騒がしい足音がする。

「どうしました」

 先生が息を切らして病室に戻ってきた。

「先生、僕はどうしたら楽になりますか」

 先生は僕に寄り添い、しばらくベッドの脇の椅子に座って、僕の長々とした訴えに耳を傾けてくれた。僕は、それでずいぶんと落ち着いた。そしてやっぱり、自分のことが恥ずかしくなった。

「僕はまるで子どもみたいで、みんなに迷惑をかけて、どうしようもない患者です」

 ふっと吐露した言葉に、先生は首を振った。

「そんなことはない。あなた、あなたはね、どっちかと言えば、ちょっと抱え込みすぎる。だから夢なんて見るのかもしれない……」



 僕たち新人類は、夢など見ないものだ。

 今から六〇年前、旧人類と呼ばれる人間のプロトタイプが、当時の地球に七〇億ほど点在し、そこそこ繁栄していた。

 ある時、彼らは種の限界を感じ、地球環境の危機を案じ、更なる進化を遂げるべく、ひとつの計画を進めることにした。計画の名前は『ニュータイプ・プロジェクト』。

 旧人類の科学者たちは、他のさまざまな分野の第一人者たちと協力しあい、時に利用し、騙し、欺きあいながらも、ニュータイプ……新人類の第一号を生産した。

 新人類は遺伝子操作を繰り返した末に生まれた、まさに新人類であって、単独では繁栄できない。最初の新人類も、すぐれたDNAを持つとされる試験管ベビーの遺伝子を操作し、生まれたものであって、正確には完全な新人類と呼べないものであった。

 その後、成長した試験管ベビーと、同じ手法で遺伝子操作された第二号との間に、子どもが産まれた。この子どもは医学的に「新人類」と認定された、いわば完全なるニュータイプであった。

 旧人類たちは得意分野であるクローン技術を駆使して、この子どものクローンを3パターン生産した。男女、男女の組に分けられて育てられたニュータイプとそのクローンたちは、量的には非常に少なかったが、質的には非常に高い数値で繁栄を繰り返し、そうして現在の新人類の社会ができあがった。

 新人類の繁栄に反比例して、旧人類たちは滅びていった。彼らは多少なりと予想はしていただろう。なにも、旧人類は新人類に圧倒されて滅んでいっただけではない。新人類による旧人類への差別、それは暴力に発展し、旧人類は確実に弑逆されていった。不要と判断され、旧人類は世界から排除されていった。

 それでも彼らが確実に残した爪痕が、新人類の築き上げた世界に暗鬱な影をおとし、僕たちを不安に陥れている。

 帰化、という。

 おそらく、僕の病気というのはそれなのだ。だからこうして隔離され、決められた医療関係者しか、僕とは関わりあうことがないのだ。

 ほんとうは先生だって、僕のことを気味悪がって、不快に思っているのかも知れない……

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