どろぼう子分とあかいつき
明かりもまばらな静かな夜。
小さな町の裏路地を、どろぼう子分が駆けていました。
細い身体で背負っている大きな麻袋からは、ぼうっ、とひかりが溢れています。
「はぁっ、はぁっ、やった……!ついに盗ったぞ……!」
息を切らしながら、どろぼう子分は裏路地の一番奥にあるアジトのドアを叩きました。
「とうとう、やりやがったな!」
出迎えたのは、顔中ヒゲだらけのどろぼう親分です。
子分が下ろした麻袋の中をそうっと覗いて「よくやった!」と背中をばしばし叩きました。
親分に褒められて、子分もまた笑います。
「ほらよ、褒美だ。これで美味いもん食え」
親分は何枚もの金貨を、子分の手のひらに載せました。
「ほんとうに盗んでくるとはな。〝お月さん〟をよォ」
ポケットに入れた金貨をじゃらじゃらと鳴らしながら、どろぼう子分は自分の住処へと歩きます。
(これでしばらくは金に困らないぞ)
じゃらじゃらと鳴るのが面白くて、わざとふらふら歩いてみます。
ごきげんに歩いて、家まであと少し。
不意に、誰かに呼ばれた気がして、どろぼう子分は顔を上げました。夜空を見上げました。
明かりの少ない町の夜空は、今夜もたくさんの星が瞬いています。けれど、どろぼう子分が盗んだ月があった場所には、大きな黒い穴がひとつあるだけです。
(なんだか……)
夜空を見上げたまま歩きます。じゃらじゃら、と楽しい音が響きます。
(なんだか……さみしい、なぁ……)
立ち止まって、空に手を伸ばします。月の無い黒い穴に、手を翳します。
五分、三十分、一時間……どれだけの時間、そうしていたでしょう。
夜空から顔を戻して、小さくうなずいて。
どろぼう子分は、やってきた道を引き返していきました。
「親分、親分、お願いだ」
アジトに戻ったどろぼう子分は、親分に頭を下げて言いました。
「お月さんを、空に帰してほしいんだ。金貨はぜんぶ返すから……なぁ、頼むよ」
どろぼう親分はヒゲだらけの顔に青筋を立てて、低い声で怒鳴ります。
「何をふざけたことを言ってやがる!お前が盗んできたんだろうが!その金を持ってとっとと失せろ!」
「親分、頼む、頼むよォ……」
床に頭をつけて、どろぼう子分は涙声で訴えます。
「気づいたんだよ、夜空を見上げて、気づいたんだ。お月さんのいない空を見て、おれはなんだか、とてもさみしい気持ちになった。この気持ちが、ほんとうのおれの心なんだ。おれが一番大切にしなくちゃいけないものなんだ」
「わけの分からねェことを……!」
親分は、ふところからピストルを取り出しました。どろぼう子分に銃口を向けて、
「言うんじゃねェ!!」
ぱぁん!ぱぁん!
お祝いのクラッカーに似た音が響いて、それから少しずつ、子分の身体が赤く染まっていきます。
「うう……ううっ……」
身体の痛みよりも心の痛みを感じながら、どろぼう子分は冷えていく身体を引きずります。
「ごめんな……ごめんな……」
ぼうっとひかっている麻袋に手を伸ばして、真っ赤な手でなんとか袋の口を開けると、部屋の中が優しいひかりで満たされました。
「あぁ、なんてあたたかいんだ……」
ぱぁん!ぱぁん!ぱぁん!
銃声が響いて、どろぼう子分の身体が跳ねました。
真っ赤な血が、月を濡らしました。
赤く染まったまま、月はふわりと浮かんで、音を立てずに空へと帰っていきます。
どろぼう子分は、あたたかいひかりに微笑んで、それっきり動かなくなりました。
明かりもまばらな静かな夜。
大きな赤い月が、町を照らします。
どうして月が赤いのか、町の人々は不思議に思って、夜が来るたびに空を見上げます。
赤い月のとなりには、いつも小さな星がひとつ。金貨のように輝いています。
ときどき、じゃらじゃら、と楽しそうに音を立てて。