表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

どろぼう子分とあかいつき

作者: 堀井ほうり

 明かりもまばらな静かな夜。

 小さな町の裏路地を、どろぼう子分が駆けていました。

 細い身体で背負っている大きな麻袋からは、ぼうっ、とひかりが溢れています。

「はぁっ、はぁっ、やった……!ついに盗ったぞ……!」

 息を切らしながら、どろぼう子分は裏路地の一番奥にあるアジトのドアを叩きました。


「とうとう、やりやがったな!」

 出迎えたのは、顔中ヒゲだらけのどろぼう親分です。

子分が下ろした麻袋の中をそうっと覗いて「よくやった!」と背中をばしばし叩きました。

 親分に褒められて、子分もまた笑います。

「ほらよ、褒美だ。これで美味いもん食え」

 親分は何枚もの金貨を、子分の手のひらに載せました。

「ほんとうに盗んでくるとはな。〝お月さん〟をよォ」


 ポケットに入れた金貨をじゃらじゃらと鳴らしながら、どろぼう子分は自分の住処へと歩きます。

(これでしばらくは金に困らないぞ)

 じゃらじゃらと鳴るのが面白くて、わざとふらふら歩いてみます。

 ごきげんに歩いて、家まであと少し。

 不意に、誰かに呼ばれた気がして、どろぼう子分は顔を上げました。夜空を見上げました。

 明かりの少ない町の夜空は、今夜もたくさんの星が瞬いています。けれど、どろぼう子分が盗んだ月があった場所には、大きな黒い穴がひとつあるだけです。

(なんだか……)

 夜空を見上げたまま歩きます。じゃらじゃら、と楽しい音が響きます。

(なんだか……さみしい、なぁ……)

 立ち止まって、空に手を伸ばします。月の無い黒い穴に、手を翳します。

 五分、三十分、一時間……どれだけの時間、そうしていたでしょう。

 夜空から顔を戻して、小さくうなずいて。

 どろぼう子分は、やってきた道を引き返していきました。


「親分、親分、お願いだ」

 アジトに戻ったどろぼう子分は、親分に頭を下げて言いました。

「お月さんを、空に帰してほしいんだ。金貨はぜんぶ返すから……なぁ、頼むよ」

 どろぼう親分はヒゲだらけの顔に青筋を立てて、低い声で怒鳴ります。

「何をふざけたことを言ってやがる!お前が盗んできたんだろうが!その金を持ってとっとと失せろ!」

「親分、頼む、頼むよォ……」

 床に頭をつけて、どろぼう子分は涙声で訴えます。

「気づいたんだよ、夜空を見上げて、気づいたんだ。お月さんのいない空を見て、おれはなんだか、とてもさみしい気持ちになった。この気持ちが、ほんとうのおれの心なんだ。おれが一番大切にしなくちゃいけないものなんだ」

「わけの分からねェことを……!」

 親分は、ふところからピストルを取り出しました。どろぼう子分に銃口を向けて、

「言うんじゃねェ!!」

 ぱぁん!ぱぁん!

 お祝いのクラッカーに似た音が響いて、それから少しずつ、子分の身体が赤く染まっていきます。

「うう……ううっ……」

 身体の痛みよりも心の痛みを感じながら、どろぼう子分は冷えていく身体を引きずります。

「ごめんな……ごめんな……」

 ぼうっとひかっている麻袋に手を伸ばして、真っ赤な手でなんとか袋の口を開けると、部屋の中が優しいひかりで満たされました。

「あぁ、なんてあたたかいんだ……」

 ぱぁん!ぱぁん!ぱぁん!

 銃声が響いて、どろぼう子分の身体が跳ねました。

 真っ赤な血が、月を濡らしました。

 赤く染まったまま、月はふわりと浮かんで、音を立てずに空へと帰っていきます。

 どろぼう子分は、あたたかいひかりに微笑んで、それっきり動かなくなりました。



 明かりもまばらな静かな夜。

 大きな赤い月が、町を照らします。

 どうして月が赤いのか、町の人々は不思議に思って、夜が来るたびに空を見上げます。

 赤い月のとなりには、いつも小さな星がひとつ。金貨のように輝いています。

 ときどき、じゃらじゃら、と楽しそうに音を立てて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ