僕にはアレがついている!!
※主人公が女装してます
日差しが日に日に勢いを増し、鬱陶しい程の夏らしさを感じ始めたとある日。
窓を開けて僅かな涼を感じつつ、ベッドの上でゴロゴロと寝転がりつつ定期購読している週刊誌や漫画を読み返すという実に学生らしい休日を満喫していた僕の上へ、やたらと可愛らしい『作った声』が降ってきた。
「あーきちゃん」
(――ああ、またか……)
いつも部屋に入るときはノックをして返事を待ってからにしてと言っているのに、いつの間に部屋に入ってきたんだ。と、今はそんな事はどうでもよくて、僕は嫌な予感に額に汗が浮かぶのを感じた。
「……ハルちゃん、僕がいま何をしているか分かるよね?」
「ん? そんなことどーでもいいよぉ~。ねぇ、あきちゃん」
お約束事を毎度のこと無視して無遠慮に僕の部屋へと入ってきた姉――春夏秋冬 春実二十歳、職業女子大生――がこんな声を出す時は決まって僕に何か無茶な頼みごとをしようとしている時だ。
「ハルちゃん、僕は学生の貴重な休みを満喫してるんだけど?」
本当は高校生にもなって実の姉と『ちゃん』付けなんかで呼び合いたくないけれど、そうしないと姉はいつまでも不機嫌なままで、姉が不機嫌で家の空気が悪いと僕が悪者になってしまう。それどころか、事あるごとに不機嫌な姉にどつかれるという肉体的に痛い実害付きなのだ。
とにかく、今は碌でもない頼みごとを姉が切り出す前に部屋の外へと追い出すことが先決だ。
しかし僕が行動を起こす前に、起こしかけた上体――肩を押されて元の位置へと強制的に戻された。
「おねぇーちゃんねぇ。あきちゃんと休みを満喫し・た・い・のぉ」
「おいっ!」
ふざけたように甘い声を上げて――本性を知っているだけに――非常に無理のあるブリっ子を装いベッドに乗り上げてくる姉は、残念ながら近所でも評判の美少女で通っている。
外では借りてきた猫のように大人しく振る舞い本性を隠している為、美人で優秀なお姉さんで羨ましいと羨望の眼差しを向けられることもある。
「怒っちゃや~ん」
大きなアーモンド形のくりくりっとした瞳は意思の強そうな、それでいて幼い印象を相手に与える。小さいながらもぷっくりとした唇とスッと通った鼻筋は、全てのパーツがきれいに整い、云十万で売り買いされるお行儀のよい人形のようでもあった。
ノースリーブとショートパンツからすらりと伸びた白い手足、脇の隙間から見える豊満な乳房と花のような甘い芳香が色気を演出している――が、あざとい。世の弟が姉といえども女の身体に興奮丸出しで喜ぶ見境のない野獣だと思うなよ。
あくまでも世間一般の意見としてだが、弟を手玉に取ろうとする心理状態が明け透けな姉に興奮を覚えるような頭の弱い弟諸君がいたらその根性を僕自ら叩き直してやろう。
まあ、何が言いたいかと言えばつまり、僕からしてみれば世間に可愛らしい美人だと評価され、あらゆる言葉で持て囃される姉を前にしても何の感慨も浮かばないということだ。
こんな、自分の容姿が人並み以上に良いと言うことを自覚していて、自分の魅力を最大限に使うことで周りの人間を都合よく利用する――けれど、それを相手に悟らせない――全て計算ずくの振る舞いで評価される、家族だけはその本性を知っている女なんてちっとも可愛くない。
僕が姉と全くの他人だったらきっと騙されていたかもしれないが、家族でそのタネを知っていると魅力半減どころかマイナスでしかない。
――今もニタニタとからかうように笑っている。
実にふざけた奴だ。のしかかる様にして覆いかぶさってきた姉に白々しい目を向けるが、向こうはそんな僕の様子に全く気付いていない。
「ねぇ、これかわいい~? かわいいよね~?」
どこから取り出したのか、やたらとふわふわひらひらした、オフホワイトのワンピースが目の前に掲げられた。
セラーカラーで紺色のラインが所々にアクセントで入り、胸元に切り替えしがされている形のワンピースだ。さらにその上にドルマンスリーブのカーディガンが合せられていた。
これが一体何を表わしているのか。今までの経験上で幾度も思い当たることがあったので、僕は出来るだけ『それ』から目を逸らし「全く興味ないです」というスタンスで応える。
「はいはい、オシャンティー、オシャンティー」
「やだぁ~あきちゃん、それ死語だよぉ」
姉の猫なで声に条件反射で鳥肌が立ちそうになる。うわ、かゆい。とあからさまに顔を顰めて腕を掻くような真似をすれば即座に物理攻撃が飛んでくる為、なんとかその場は堪えたつもりだったのだけれど、どうやら生来正直者な性質の僕は溢れ出る心の声を隠し切れていなかったようで、次の瞬間には衝撃と共にベッドから転がり落ち床とお友達状態だった。
これも毎度のことではあるが、鮮やかな手際である。ああ、息が出来ない。悶絶する僕を見下ろす女王の笑みに僕は命の危機さえ感じる。何と恐ろしい姉だろうか。
美容の為とか言ってボクシングジムに通っているような女はろくでもない。
そして、お願いと称して物理攻撃で脅してくるような女は女ではない。と僕は若干十六歳という年で悟っていた。
遠慮のない拳が鳩尾に決まった事から現実逃避出来るわけも無く、苦しみの中で足掻きながらここから逃げる方法を画策するがどれも姉の圧倒的なパンチ力の前に阻まれることになる。
「あのねぇ~」
「嫌だよ」
何を頼もうとしているのか知りたくもない。
以前なんか新鮮なマグロが食べたいとかで早朝とも言えない時間に叩き起こされて、行っても買えるわけの無い築地へと一人で行かされたり、駄目だったと戻れば翌日は漁船にこっそりと乗り込まされたり。――初めは叩き出されそうになりながらも泣きながら懇願し、船に乗せてもらい僕を哀れに思った漁師さんと仲良くなって一匹釣りあげて、その部分を少しだけ貰って持ち帰ったのだが、それに納得できなかったのか結局姉によってさんざんな目にあっている。
「あきちゃんにしか頼めないのよぉ~」
「嫌だったら嫌だ!」
ドゴォと音を立てたのはベッドに隣接する壁。よく見なくても拳の形にへこんでいるのが分かる。次に断ったらアンタがこうなるのよ。という視線が痛い。それでも……
「女装は嫌だ!」
頭がおかしいんだこの女は、実の弟に似合わない女装をさせて喜ぶ狂った性癖を持つ性根の歪んだ女なんだ。
――だから僕が承知したわけでもないのにズボンを脱がしにかかっている。
「ふざけんな! んな、頭のおかしい趣味は自分だけ楽しんでろよ!」
「だ・か・ら、楽しんでるじゃない~」
僕は確かに自分だけで、と言ったのに言葉が正しく伝わらないのは何故だろうか。
「女友達と行けばいいだろ!」
「だって、私ぃ女装したあきちゃんとデートするのがすきなんだもぉ~ん。友達ともお買いもの行くけど、年の近い家族と行きたいの! 妹と!」
今とても聞き捨てならない単語が聞こえた気がする。
「……ハルちゃん、何か勘違いしているみたいだけど、僕は弟であって決して妹じゃない!」
「しってるよ? だから妹になってもらうんじゃないのぉ」
「頭おかしい、それ完全に頭おかしい! なってもらうって発想がおかしい! 男が女装したって妹にはなれないんだよ! ゲフッ」
――お腹が痛い。
息が出来ない、苦しい……どうしてこう手が早いのだろうか。この女は人間の皮をかぶったゴリラなんじゃないか――姉は自分自身のパンチの破壊力を絶対に分かっていない。
(妹がいたら……妹がいたら、こんなことには――)
我が家には、それはもう『もの凄く』残念なことに妹がいない。
家族構成は建築士の父、趣味でフラワーアレンジの教室を開いている母、社会人として一人暮らしを満喫している長女、現在花の女子大生を満喫している次女、そして姉のおもちゃにされ虐げられる僕と、僕の唯一の癒しであるシベリアンハスキーのシキくんという構成になっている。
そう、あのラノベでももうお腹いっぱいなんですけど……と言うほどの登場率を誇る、世の中でもっとも重要視されるポジション――妹がいないのだ!
こんな姉がいるからいない妹に想いを馳せることだってある。妹がいたら、それはもう甘やかした事だろう。
もういっその事、昼夜構わず両親がハッスルして、年の離れた妹が出来てくれた方がありがたい。なんなら弟でもいい、年の離れた弟が出来たなら姉だって僕を放っておいてくれるだろう。
「うぇーい!! あきちゃんのパンツゲットー!」
「うわ、いつのまに!」
僕のズボンは(姉曰くズボンではなくパンツらしい)いつの間にか姉の手で脱がされ、Tシャツにボクサーパンツというあられも無い格好に……。
「大丈夫! 立派なイチモツの割に、あきちゃんはまだまだ余裕で(女装の)現役はれるから!」
姉と言う生き物は生物学上では雌とされているが、僕は何度も言うように姉を女だなんて絶対に認めない。こいつは人間ですらない。人間の皮をかぶった血も涙もない悪魔みたいなゴリラだ。
「女としての恥じらいは無いのか!」
「え、家族に女子力発揮する必要あんの?」
突然真顔で言われて俺は鼻白む。
確かに「その必要ない」かもしれないけど。家族に対しても最低限の恥じらいと慎みは持ってほしい。
「にしてもあきちゃんは高校生になったのに伸びないねぇ~」
無理やり立たされて姉と並ばされる。
もう、本当に放っておいてほしい。身長の事には触れてくれるなと、思うが姉はことあるごとにからかってくる。――きっとそのストレスで身長が伸びないに違いない。
高校生になったと言うのに僕の身長は伸び悩み中で、170センチある姉と並ぶと何とも心もとない。
「うるさいな!!」
「声もかわーし、顔もかわいーし、いやぁ、ほんと何で妹じゃないんだろうね。あ、でも弟だから、こうやって可愛がれるのかなぁ~」
姉の言う通り、僕の声は中学のころにほんのちょっと低くなったかな、位の変化しかなかった。顔も童顔で、時々何もして無くても女に間違われることがある。
「もう、放っておいてくれよ!!」
少しでも男らしくなりたくて一人称を「俺」にしたら姉はもとより父や母にも大不評で、似合わないとさんざん言われて(姉に)殴られて、やめた。
「――抵抗すると下着脱がして写真撮るよ」
ジタバタと暴れる俺に、突然低くなった姉の声。その脅しと共にボクサーパンツに姉の綺麗に整えられた爪が引っ掛かる。
「やっ、やめろぉ~!」
いじめだ。これはいじめにほかならない。
だが、僕の味方をしてくれるものはこの家にはいないのだ。そう、癒しであるシキくんも暴君である姉の前では、ころりとねっ転がって腹を見せるしかない。今も扉の隙間から「なにもできなくてごめん、あき君」という瞳を向けていた。
(いいんだよシキ君、この家では男は弱い生き物だからね)
姉の手で着せ替え人形の様に見る見るうちに整えられていく哀れな僕。観念してはいけないのだと理解しているのだが、いつまでも渋っていると本気で死にそうな目にあうから、諦めも肝心なのだ。
Tシャツを脱ぎ捨て、姉が持ってきたブラトップタイプの青いキャミソールとフリルの重ねられたペチコートを身につけ、セラーカラーのワンピースとドルマンスリーブのカーディガンを着こむ。
ワンピースの胸元には同じ生地で紺色のストライプが入ったリボンが付いていて、ブラトップと相まって胸がぺったんこ――あったら恐ろしい事態だが――な僕でも控え目な胸がある様に見える。
「ヘアセットするからお化粧しておいてね~。手を抜いたりしたら……分かってるわよね?」
机の上にずらりと並べられた化粧品の数々に毎度のことながらぞっとなる。これだけを塗りたくって作る顔なら綺麗に見えなきゃいけないわけだ。
クラスの可愛い子が化粧を取ったらどんな顔になるのか、気になるような、ならないような。恐ろしいから考えるのは止めておこう。
どうせなので、ここからは世の女性たちの魔法をノーカットでお送りしよう。
先ずはベース。顔を洗い化粧水か乳液で肌がしっとりするようにして顔の調子を整える(この時点で化粧の出来栄えが変わってくるので、出来れば化粧水に肌がなじむまで数分置いておこう)、ちなみに乾燥肌の人には青色の缶のアレがおすすめだ。ニ○ア最強。
姉は朝起きてまずこの段階を終わらせてから他の(着替えるとか諸々の)準備をして、馴染ませる時間を作っている。
次に、化粧下地を手の平に取り出し額、頬、鼻、顎に軽く乗せ薄く延ばしていく。付け過ぎると後でファンデーションがむらになりやすくなってしまうので出来るだけ薄く均等に手の平で抑えた時に全体が吸いつくような感じを意識する。
ファンデーションは肌の色に合わせて――顔色が悪く見られがちな人は赤色系を、赤ら顔の人は青色系を選ぶといい。
額、鼻の頭の所謂Tゾーンと呼ばれる部分は化粧崩れしやすいので薄めにファンデーションを乗せ――ファンデーションの付け過ぎは粉を吹いている様に見えてしまうので厳禁だ。
最後に軽くなじませるようにフェイスパウダー(出来るだけ粒子が細かいもの)で、ベースメイクの仕上げ。
「アイメイクは薄い茶系、シャドーはオレンジね!」
「……うん」
急に現実に引き戻されて、鏡に映った自分の情けない姿に肩を落とすしかない。
アイメイクは人の好みによってかなり変わるが基本は苦手な方から作っていく。
この法則にのっとって眉毛は出来るだけ形を整えつつ苦手な方を先に書く。髪の色と合わせるのが無難。ペンを持って唇の端と目じりを直線で結んだところまで書き込むと綺麗に見える。
アイシャドーは薄い色から付けて、目に近づくにつれ濃い色にしていく。それから、目の下真ん中あたりから目じりに掛けて白のシャドーを入れるのがポイントだ。
目を大きく見せたい場合は茶系のアイライナーで上まつ毛の付け根あたりから下まつ毛――目じりから黒目のあたりまで、を囲うように書き込んでいく。
ビューラーでまつ毛を軽くカールさせ、マスカラをまつ毛の付け根から左右に軽く揺すりながら塗ると綺麗に出来る。
チークの色はお好みで、ハッキリさせたい時は目の下に、薄く見せたい時は頬骨の一番高いところから耳の方に大きめのブラシでぼんやりと。あざと可愛らしく見せたいときは、やや濃いめに頬骨のあたり全体に。
リップを肌になじませたい場合はファンデーションを唇にも乗せておくと色が抑えられる。直接塗ると唇が荒れる事もあるので薬用リップを塗るのが僕のやり方だ。ピンク系のグロスを乗せてティッシュで軽く押さえ発色を抑え。
「――完成」
「上手くなったねぇ」
我ながら化けたと思う。が、やっぱりベースは自分の顔なので気持ち悪い事この上ない。
「じゃ、髪の毛やるよ~」
手際良く髪の毛をネットでまとめられ、セミロングのゆるふわウェーブウィッグを被せられる。毛先に軽くコテを当てて形を作り、両サイドを軽く編み込んでハーフアップにしたらワックススプレーで固める。
「完璧~あきちゃんかわいい~食べちゃいたい~」
「ご遠慮願いたい」
恐ろしい事に、姉は肉食系女子の目をしていた。弟に向ける目の色じゃない。
「それじゃー行こう!」
「え、これで終わりじゃないの!?」
今までは家でだけだったから安心しきっていたが、いつの間にか完璧に整えられていた姉のばっちりメイクと気合の入った服装を見て愕然とする。
「なに? 今更いやだとかいっても駄目だから。断るなら――」
そう言って姉が俺の息子の上に足を乗せようとする。そのまま振り下されれば恐らく僕は一生女として生きることになるだろう。
「わ、わかった!」
「よろしい」
引きずられる様にして玄関に連行される僕。
母と父に声をかける姉に「やめてくれ」と懇願するも、「なかよしねぇ~」などとズレた事を言う母と、「娘が増えたみたいだな」とか頓珍漢な事を言ってのける父を前にすれば、僕の矜持なんてものはその辺の埃よりも軽く吹き飛んでいく哀れなものでしかない。
(ああ、諸行無常の響きあり……)
僕の唯一の味方であるシキ君が「大丈夫、可愛いよ!」と言わんばかりのキラキラした目を向けてくるのが、今は逆に悲しい。
「はい、これあきちゃんの」
フリルのついた靴下を軽く折りこんで目の前に出されたサンダルを履く。
靴下とサンダルという組み合わせは僕的にはあり得ないのだけれど、どうやらソレが最近の流行りらしい。
最後にスリーウェイの小さな鞄をリュックにして背負うと――僕は、世界中の人間が呪われればいいのにと言う気持ちで家を後にした。
無理のある設定も「コメディーだから」の一言でどうにかなると思っている。
一次創作ファイルを整理していたら出てきました。
何を考え、どんなテンションで書いていたモノか全く思い出せませんが、書き残したメモによると女子力高い高校生男子が姉や姉の友人、主人公の同級生にわちゃわちゃされる話だったっぽいです。