スーパースター
01 「橘 亮」
僕にはひとつだけ、人に自慢できることがある。
それは吉澤 凌という幼馴染がいること。人によっては、異性の幼馴染がいるだけで羨ましく思われるかもしれないし、吉澤のことを知っている人、彼女の人柄を知っている人からすれば、知り合いというだけで羨ましく思われるかもしれない。
特に中学生時代の彼女は、とても輝いていてみんなの憧れだったと思う。バスケ部で一年生のころからレギュラーで、ちょっと気分屋な所もあったけど優しくて、クラスではいつも話題の中心だった。
そんな彼女との接点は家が上と下ということだけだ、いやむしろすごい奇跡かもしれない。彼女とは同じ団地に住んでいるが、僕は十二階で彼女が十三階と、ばっちり真下と真上の部屋だ。ベランダに出れば会話も出来る、試したことは無いけどね。
小学生のころは、一緒に登校していたし低学年のころは一緒に手をつないで下校していた。今は朝エレベーターで一緒になることはあるが、一緒に下校することはあまりない。
しかし一番の奇跡は、名前だろうか。僕が亮で彼女が凌、漢字は違うが読みはどっちも同じで『りょう』だ。よく同級生にからかわれたが、今は同じ名前でよかったと思える。彼女にすぐ覚えてもらえたから。小さいころは、思いもよらなかったが中学生くらいになると、僕の”吉澤と幼馴染”という属性は威力を発揮するようになる。
つまり彼女とお近づきになりたい男子から口添えを頼まれるのだ。
それまで彼女のことを、女の子として見ていなかったかと言うと、もちろんそんなことは無いが我先にと群がってくる男子をみて、彼女の輝きが幼馴染だからという理由ではないことを、このとき知った。
もちろん口添えを頼む男子を紹介などしなかったが、それとは関係なく彼女は彼氏と呼べる存在を作らなかった。理由は”部活優先”だからだそうだ。
理由としては、とても弱いように思うが確かにこの時、彼女はバスケ部でエースと呼んでも言い過ぎではない存在だった、噂では告白した男子の屍が全学年に転がっているそうだ。そして僕の初恋もこの時終わる。告白することさえ、叶わなかった。
告白しなかったのが良くなかったんだろうな、つまり未練タラタラで、彼女のあとを追うように同じ高校を受験してしまった。運がいいのか、いやこの場合悪いのだろう受かってしまった。
高校1年生、まだ去年の話だ。入学して早速絶望的な状況にあった、発表されたクラス表に知り合いが全く居なかったのだ。もともとあまりコミュニケーションに自信の無い僕は、完全に孤立したとても寂しい高校生活がはじまったのだ。
しかしここで新しいスキルが発動する、その名も”吉澤と同じ中学校出身”だ。声をかけてくる男子、さらに女子そのすべてがスキル”吉澤(省略”によるものだった。すげーよ!吉澤、ここでも話題の中心だな。
だが中心が次第にずれ始めていた。
彼女はすぐにバスケ部に入った、当然のことなんだろう。中学生時代の彼女を知っていれば即戦力になると誰もが思ったことだろう。しかし彼女はレギュラーから外れる、僕の知る限りでは、おそらく初めての挫折。
もちろん一年がいきなりレギュラーなど前代未聞だ、でも彼女は、いや僕もレギュラー間違い無しだと思っていたのに選考に名前さえなかった。
もちろん体育会系特有の縦割り社会も関係していると思う、”純粋に能力不足”と彼女は言っていたそうだが、僕は納得できなかった。知っているから、彼女が朝早く学校に行き自主練習してること、部活の後、家に帰ってからもトレーニングを欠かさないことを知っている僕は納得できなかった。
それで本当の理由があると思った、知りたくなって練習風景を覗きに行くことにした。体育館のそば草むらに隠れて足元にある謎の小さな窓から中を覗き込む。
ちょうど本当にタイミングよく一年生だけの練習試合をやっていた、そこでバカな僕でもすぐに気づくほどの差があった”体格差”だ。大袈裟な言い方をすれば大人と子供、それぐらいの身長差がある。切れのあるフットワークで意表をついても、正確なボールコントロールでパスを繋いでも、得点には結びつかない。
バスケットボールを語れるほど詳しく知らないが、どんなスポーツでも複数人でやる場合、チームワークが大切だろうことは想像に難くない。
彼女はその持ち前の運動神経で、圧倒的な体格差が在るにも拘らず、チームワークを乱すことは無い。がチームに貢献もしない、というか出来ないんだろう。僕には彼女の辛さを想像することしか出来ない、いや僕の想像を超える本当の意味での敗北感が重く圧し掛かっていることだろう。
辛い時期だったんだと思う、それまですごく社交的だった彼女が次第に一人きりで居る姿を見かけるようになる。いつも人に囲まれて話題の中心だった彼女がだ。
決定的だったのが夏休みの合宿のようだった。夏休み明け、二学期から目に見えて彼女が変わる、夏休み明けの中学生のように。
それまで欠かさず参加していた部活にでなくなり、人と距離をとるようになった、さらに見た目にも変化がおきる。短くしていた髪を伸ばし始める、リップなどメイクをして登校する、制服を着崩してスカートも短くする等々、男の僕では細かい部分までは、わからないがもはや別人といっていい変化だ。しかしこの変化は、違う効果を得ていた、綺麗になったのだ。基がいいのもあるんだろうが劇的な変化に男子どものボルテージは一気に上昇する。
また人を避けるような振る舞いに、一部の男子から熱狂的支持を得る結果になる。
すげーよ!吉澤、なにやっても話題の中心だ。
かくして僕のスキル”吉澤と(以下略”は一年間目一杯、絶えることなく発動することとなる。
02 「吉澤 凌」
まずは最近の出来事を、特にこれといって語ることは無い、以上。
春のクラス替えで吉澤と同じクラスになったことや、朝練のため合わなくなっていた通学時間が部活に参加しなくなったことで重なる様になったこと、さらには一緒に登校してる姿をクラスメートに目撃されたことなど。今の僕からすれば些細なことであり、とりとめて語るほどのことではない。
あえて語ることがあるとすれば、二年生になって始めて会話を交わした同級生が”僕”ということだろうか。同じクラスの人から見れば、僕の存在は”吉澤と同じ中学校出身”であり属性としては”吉澤と幼馴染”であるから、考えようによっては当然であるが、部活に顔を出さなくなってから人を避ける様になっていた彼女が、自ら進んで話しかけるという行為は、天然記念物のオオサンショウウオが授業参観日に解剖実験されるくらいの衝撃をクラスに放った。
嫉妬に狂った同級生に僕が解剖される日もそう遠くない日に来るだろう。
※
桜も散り、葉が芽吹くそんな暖かい日差しと、眠りに誘う四限目の世界史催眠光線が相乗効果を生み、僕の脳は活動を最小限にとどめもはや脳死判定されれば医者のGOサインにより臓器移植秒読みといった感じの昼休み。彼女に呼ばれる。
「りょう、ちょっとこっち」
クラスメートのいる教室で名前を呼ぶのはやめて! 突き刺さるような視線で活動停止寸前の脳が息を吹き返す。
手招きする手が白くて綺麗だ、爪もなんか光ってる。
「ああ、なに?」
最近彼女は伸びた前髪をカチューシャで後ろに流している。
振り向き様の横顔は、最近では珍しく笑顔で今日は幾分機嫌がいいようだ。
「購買行って、パン買ってきて」
「は!?」
「いいから買ってきて」
「パシリっすか吉澤さん! いつのまにそんなガキ大将みたいなキャラにジョブチェンジしたんすか」
「もちろん奢りで」
僕の魂の叫びは彼女に届かず軽く流されてしまう、世知辛い世の中になったもんだ。世紀末覇者が生まれる前兆に違いない。
「なに買ってくればいいのさ」
「あー、まかせる」
はあ、溜め息がでる回数が日に日に増えていく。
「わかったよ、行ってくる」
「いってらっさい」
手を振り送り出す姿が、かわいいのがもうなんか、イラッとくんなぁ。
僕の学校では、学食と購買部が合体したプレハブ小屋みたいなのが、正門から入って左奥にあり、校舎からは一度一階の下駄箱兼ロッカーのある離れまで出る必要がある。ただ僕ら二年生の教室は離れとは連絡通路がありそこまで面倒な距離じゃないと思うし、時間にすれば往復で二、三分で行くことが出来る。
昼休み特有の生徒でごった返す食堂、カレーのにおいが人ごみの間から顔をだす。定番の焼きそばパンとメロンパンを無事購入し、自動販売機で彼女の好きな紙パックのイチゴ牛乳を買う。この自動販売機が校内にあるってだけで高校生って感じがする、通っていた中学校じゃ近隣では珍しく、学食がありパンなども売っていたが飲み物は紙パックの牛乳しかなかった。高校に入学し自動販売機で普通にジュースが売っているのを初めて見たとき謎の感動に包まれた。
ミッションを迅速にこなし、教室に戻る。買い物にかかった時間などを加味しても、十分ほどのはずなんだが、教室に入るや否や彼女に一喝される。
「遅い!!」
怒られた。買ってきた物を無言で渡す。
イチゴ牛乳を手渡すときに表情が僅かに変わる。
「おごり?」
微かに笑顔で聞いてくる彼女に、そう、とだけ答える。
「やったぁ!ごちそうさまです」
猫なで声といった感じかな、最近感情の起伏が激しい気がする。
※
本日の五限目は数学デス。
黒板には、意味のわからない記号や数字の羅列が書きなぐられ、難解な文章に埋め尽くされては消される。
数学教師のオドオドした仕草も、どもりながら話す方程式も慣れてしまえば子守唄となる、下がってきた日が窓から差し込み程よい暖かさに、僕は一面のお花畑でてふてふを追いかけキャッキャうふふ。目の前を流れる川向こうにじいちゃんが手を振ってるのが見えた、駈け寄り僕も手を振るが川に阻まれ向う岸にいけない。
僕は叫ぶ「おじーちゃーん」すると、じいちゃんが僕の名前を呼ぶ「りょう! りょう!」
「おきろ!!」
はっ!! 辺りを見回す、教室には僕と横に立つ吉澤だけになっていた。
「あっあっ、ごめん何?」
よだれを拭いながら、横をむき彼女の顔をみる、呆れ顔の彼女は腰に手を当てて口早に言う。
「次、実験室に移動だろうが。わたしまで遅刻にする気かよ。わかったら早く用意しろ」
「う、うん、ごめん」
うまく思い出せないじいちゃんの顔を振り払い、次の授業の用意をする。
用意できると、彼女に腕をつかまれ引っ張られる。
「いくぞ」
「うん」
起き抜けで頭の回らない僕は、自分が他者から見た時どのように映るか考えが至らなかった。
なぜか物理などの理系の授業のみ理科実験室に移動になる、実験室とは名ばかりで実験などしたことは無く、はっきり言って移動が煩わしいことこの上ない。
実験室があるのは僕らの教室があるA校舎の南側、B校舎二階渡り廊下つきあたり左手奥、徒歩でも急げば一分位だろうか。
彼女に腕をつかまれ引っ張られながら、渡り廊下を歩いてるとチャイムが鳴る、六限目遅刻かな〜。
勢い良く戸を開け教室に入る彼女と腕をつかまれたままの僕、当然注目を集めるわけだが遅刻したからではなく、二人一緒に遅れて登場というのが注目される理由として適当だろう。しかも腕を引っ張られながらとか、明日の朝刊一面にコンクリ履いた少年が河から発見される記事がのるフラグだ。短い人生だった先立つ不幸をお許しください。
物理を教える先生は、白衣にメガネ、痩せ型で神経質そうな顔がいかにもという感じだ。
「遅いぞ、移動授業のときは事前に移動しとけって何時も言ってるだろ」
「あぁ!」
僕の側からは彼女の顔は見えないが先生の表情から予想する。めっちゃ怖え〜。
「きょ、今日は出席にしとくが、つ、次はちゃんと予鈴前に教室に入っとくようにな」
無言で席に着く、彼女のおかげで遅刻は免れたようだ。ありがたや、ありがたや
※
本日の六限目は物理です。
実験室はフラスコやビーカー、名称不明の謎の器具など、まったくもってこれでもかと実験室を表現しているのだが、そのほとんどを授業で使用したことがなく、今も黒板に書かれる元素記号など、奇妙な模様をノートに写す作業がもくもくと行われている。このいったいどんな場面で役立つか、想像もつかない模様を眺めていると『絶対覚えてやるもんか』と思春期の少年のような気持ちになる。
通常の教室より大きな窓から西日が差し込む、その光子力ビームは目一杯の熱量で背中を暖める。
僕は何時の間にか舟を漕いでいた。てふてふと戯れていたお花畑に別れを告げ大きな河川に漕ぎ出す。向う岸には、じいちゃんが手を振る。
僕は必死に舟を漕ぐ、しかし向う岸にはたどり着かない、それどころか手を振るじいちゃんが次第に遠ざかる。漕いでも漕いでも向う岸にはたどり着かない、ついにじいちゃんが視界から消えた。
パンッとはじける音がした。ああ、目の前で吉澤が手を叩いたのか。
「もう授業終わったぞ、ホームルームまで遅れる気か」
「ごめん、いま行く」
彼女に急かされる様に実験室を後にする。
教室に着くまでの間、今日居眠りの多い理由を問い質されたので、昨夜の死闘を簡潔に説明する。
”伝説の券を箪笥から発見したことで、王様に呼び出され『ドッペルゲンガーを探して来い』と告げられる。西口のバス停から半ば強制的に旅立つ僕、幾つモノ苦難を自分とコピーロボで乗り越え、終にたどり着いた舞浜改め魔王の城。そこで明かされる驚愕の事実『本日のパレードは中の人が人間不信になったため中止』と魔王の腹心、裸に蝶ネクタイのアヒルから告げられる。”
「で、オチは?」
話の途中だったが教室に着いた所で彼女に遮られた。
「お前ら年パス買え」
「もういい」
これ以上聞くのは無駄だと判断したのかな。
本当は、ゲームしてて夜更かししただけですよ。
ホームルームは別段告知することが無いという告知で終了、仕事しろ担任。
03 「大石先生」
本日の授業をつつがなく消化し、できればこのまま家路に尽きたい放課後。しかし校則によりまだ帰ることは出来ない、三年生になればまっすぐ帰ることも可能なのだが、生徒は基本的に部活動及び学校行事に従事しなければならないのだ。
「ん、帰らないの?」
最近の吉澤は、絶賛幽霊部員中なので授業が終わると僕と帰ることが多くなってきている、校内に残っていると部活に誘われるしね。
普通は彼女とすぐ帰るのだが、僕も部活に参加していないわけではない。
科学部の唯一の部員である。
名前とは裏腹に、実験や検証レポートの作成などの活動はしたことが無く、顧問の先生が趣味でやっているのが実情だ。そのため参加する日は不定期で先生の都合に左右する、多いときで週に一回、少ない時は二ヶ月近く空くこともある。
そんな数少ない活動日なので参加しないわけにはいかない、内申書に大きく関係するからだ。彼女のように授業をまじめに受けていれば、そこまで気にしなくていいのだろうが、僕のように今の時期から出席日数を計算するような生徒は、先生と仲良くしておいて損は無い。打算的と言うなかれ、生き残るための知恵だ。
「今日は、部活の日」
「ああ、あの変人のとこね」
そう、とだけ答える。彼女は顧問のことを嫌いなのだろうか? 六限目で睨んでたな。
科学部の部室つまり理科実験室、その隣には理科準備室がある。通常の教室の半分ほどのサイズに棚がぎっしり並び、小さな職員用の机がニ脚だけぽつんと窓辺にある。参加する日はまず準備室に顔を出す決まりになっている、顧問のテリトリーなのだろう。
「失礼します」
ノックし、戸を開ける。鍵は開いているのだが、人の気配がしない。実験室の方にいるのだろうか?
「大石先生」
顧問を呼ぶが返事は無い、本当に誰もいないようだ。
「いる?」
吉澤が戸から顔を覗かせる、会いたくないなら何故付いてきたのか? もちろん僕に聞く勇気はない。
「いないね、たぶん実験室だと思う」
「そう」
確認するようにゆっくり入る。戸が静かに閉まる。関係ないが学校の戸はほとんど引き戸だと思うが、全開になるまで開けないと勝手に閉まるのが不思議で、いまだ謎だ。微妙に傾斜しているんだろうか?
中に入ると薬品の臭いが鼻を突く、病院とはまた違った臭い。部屋の中央には実験室と同じタイプ、四人がけ流し台付き据え置き型の机が設置されている。
しかし机の上は、実験用の器具や薬品の入ったビーカーなど、常に何がしかの設備が占拠しており、荷物を置くことさえ出来ない。
イスを机の下から引きだし座る。鞄を足元に置くと、横に彼女も座る。机の上は試験管が柵のように連なっていたり、まるでピタゴラスイッチのような器機が視界を遮っている。机の装置で見えないが、向かい側には実験室とつながる扉があり、着席すると同時に予告無く開いた。
「橘くん、いるかね?」
顧問だった。やっぱり実験室にいたんだ。
「はい、います」
「実験室に来てくれるか」
「わかりました」
答えを聞くとすぐ引っ込んだ。珍しく実験室を使うのか。
「どうする?」
隣で頬づえついてる彼女に聞く。退屈なら帰ればいいのに。
「行かないよ、ゲームしてる」
そう言って、僕の鞄からDSを取り出す。
「ああ! なぜ僕の鞄の中身を知っている」
「ふふふ、わたしは何でも知っている」
もう鞄を肌身離さず持っているしかないな。
「わかった、じゃあ、行くよ」
「はやく…… 帰ってきてね」
立ち上がった僕に、上目使いに少し溜めまで作って言う。夫を仕事に送り出す新妻か! かわいくいいやがって。
※
理科実験室は、通常の教室より少し広く感じる、実際の広さは比べたことないからわからないけど。
四人がけの長机が四列あって奥行きがあるように見えるからかな。
僕から見て左、窓側の机の上を色とりどりの薬品が山のように積まれている。六限目の後用意したのか? その情熱をもっと違うことにむけろよ。
そして僕から見て真中の列、中央の机に仁王立ちする顧問を発見。
「なに…… してるんですか?」
「ふははははははは! ついに完成したのだ。この薬により、進化の袋こじに迷い込んだ人類を、次のステップへと導くことが出来るのだよ」
左手を腰にすえ半身ひるがえし後ろをむく顧問。グラビアアイドルみたいなポーズすんな! メガネが光ってるのが怖いんですよ、マジで。
右手に持つビーカーには青紫色の液体がゆれている、僕のほうに突き出すポーズでとまる、どこかで見たことあるな。ビールのポスターで似た構図を見た気がする。
それにしてもまた薬か……
科学部の活動内容とは、はやい話が大石先生の自己満足研究の発表会。そりゃ部員も僕一人になるはずだよ。ここで少し今までの研究成果を記述しておこう。
高出力レーザー光線を発射する銃(ただし発熱に銃身が耐えられるのは2秒が限度)、空を自由に飛びまわる的な帽子(人体模型のツトム君の首がねじれて飛んでいきました合掌)、そして最近続いているのが、人間の限界を薬によって引き上げるというもの。それを世間一般ではドーピングという。
検証や動物実験をすっとばして、自分の勤める学校の生徒を人体実験に使うとは、倫理観念とかどうなっているんだろうか?
最初は骨の密度を高める薬(薬を飲むも骨密度を調べる機器が調達できず検証不可)、続いて出されたのが百メートルを十秒台で走れるようになる薬(具体的だなぁ)、まず全身に茶色い粘着性の液体を全身に塗られたのだが、その時はなんともなかったのに、家に帰ってからが大変で全身に筋肉痛があらわれ、それに伴う発熱から二日寝込む結果となった。だるい体をひきずり顧問に出席日数の件で、直談判をするも「実験には失敗がつきものなのだよ」と、うやむやにされてしまった。
さらにまだある、視力を回復する薬、これが苦い! ハンパなくにがい、もうっぱねぇぞ!!
しかし”妙薬口に苦し”とはよく言ったもので、これは効果が合った気がする、気がするだけかも、ビバ! プラシーボ! たとえるなら1.2ある視力が1.23に上がる感じといえば伝わるだろうか? でも、もう飲みません、絶対にだ!
そして今回も薬か…… また、使えるんだか使えないんだかわからんオモチャを開発するほうに、戻ってもらいたいんだけどな。
一応確認しておくか。
「何の薬を作ったんですか?」
無理な姿勢だったらしくすぐ元に戻って、今は腰を押さえながら伸びをしている顧問に聞く。
「うむ、いいかね、この薬は使われないまま眠る、人間の潜在能力を引き出す効果があるのだよ」
両手を広げ大仰に構え、語気を強めて語る。
「はあ、洗剤能力」
「驚きの白さだね、それは。潜・在・能・力だよ橘くん」
お約束だった。
「眠れる力?」
何の影響だろうか?
「いいかね! 人間の脳は普段、”全能力のうち30%ほどしか使われておらず、残り70%は使われずに眠っている”と私が解読した世紀末救世主伝説という文献に描かれているのを発見し、この薬の製作に着手したのだ」
北斗かよ!! 漫画じゃねーか、何が文献を解読だよ普通に読めるだろーが!
「じゃ、早速飲んでみようか」
メガネが光ってんだよ! こわいの。
抵抗むなしくビーカーを渡される。ぐぅ! 覚悟を決めるしかないのか。前回の視力回復薬は僕の体に深い傷を残しており、妙に綺麗な色の液体に拒否反応を示している。いつでも吐き出せるように体を構える。い いくぞ!
見ようによっては、カクテルのようにも見える、青くゆらめく液体。口の中に含む。
「どうかね!? 橘くん?」
「すげぇうまい!」
驚愕の表情でふたり、目が合った。
04 「イチゴ牛乳」
「何か変化があったら、すぐに言いたまえ」
だが断る。
青紫色の液体を、ビーカー半杯分飲み干し十分間ほどたったわけだが、当然変化はない。小型の金属探知機のようなもので、後頭部の辺を検査し数値を記録しつつ、軽い運動を断続的に行うも兆しは見えない。今回もハズレみたいだ。
僕としては、ガリガリ君ですら引いたことないアタリを、こんな所で引きたくはない。
「う〜む…… 」
腕組みし考え込む顧問、期待していた効果が出ないことに悩むのか。
そもそもの疑問なのだが、脳のどの部分が使われて体にどんな変化が起きれば、顧問の言う”進化”となるのか? 明確な定義はない。顧問がどんな変化を望んでいるのか? それすらわからない。つまり今この時間は僕にとって何の価値もない無駄な時間、僕がディアボロなら間違いなくキングクリムゾンで吹き飛ばすことだろう。
進化の系譜から分岐した時、その生物の進化が終わったことを意味する、といったのは顧問だ。人類は猿から枝分かれした瞬間から進化は打ち止めになったと言えそうなもんなんだけど、じゃあこの先、絶対に進化の可能性はないのか? と問われればそれを証明するすべを僕は持っていない。進化が自己の生存確率を高めるために行われるとすれば、異常なまでの環境適応力を持つ人類が進化の最終形となってもよさそうだが、その場合やっぱりこれ以上の進化は望めない気もする。
いつになく小難しい話を考えている事に気づく、これがさっき飲んだ薬のせいだとすれば初めてまともな物を作ったことになるな。
まあ、おいそれとそんな薬を作られても困るが、万が一ということもある黙っとくか。
奥の扉が開く、準備室の吉澤だ。半分開いたドアから顔を覗かせて手招きしている。僕に用があるらしいが、顧問がいるのでこっちには来ない。
「りょう、亮。こっちこっち」
小声で呼ばれる。顧問の様子を窺い、僕は静かに準備室のほうに歩き出す。
「吉澤くん、また来てるのかね」
レポートらしき書類を見ながら、小さい声で溜息混じりに顧問がこぼす。
「ええ」
「そうか」
顧問も彼女のことが苦手のようだ。
※
準備室の彼女は、至極当たり前のように云った。
「ジュースおごって」
やれやれだぜ。
「自分で買いにいきなよ、それくらい」
「今日…… サイフわすれた」
すこし躊躇いながら、うつむき加減に言う彼女は可愛かった。はぁ…… それで昼飯パシらされたのか。
「わかったよ、いつものでいい?」
「うん」
いつもの素っ気ない返事さえ可愛く見えるから不思議だ。
今いるB棟から自販機のある購買まで、校舎の中を抜けて行くと少し億劫だな、上履きのままだけど非常階段から降りれば、体育館の脇を抜けて……
近道を模索しながら、廊下に出ようと戸にむかう……
一瞬の空白、
僅かに残る喪失感、
本当に僅かな時間、
コンマ何秒、
僕を白の世界が覆う。
目の前に戸は無く、廊下も無く、購買のある学食と壁沿いに設置されてる自動販売機が見える。
記憶障害か? 夢遊病か? いや! 僕には一瞬とはいえ”ブランク”の記憶がある。
瞬間移動したってのか!?
落ち着け! そんなアホな話が現実に起こるかよ! そうだ、こんな時は素数を数えておちつくんだ。
1、2、3、5、7、・・・って1は素数じゃねえ。
ポケットに入っていた百円玉を自販機にいれ、イチゴ牛乳を買う。努めて平静を装い、考えうる限りの自然体で。
周りには誰もいない、学食はとっくに閉まっている。僕はゆっくり目を閉じる、動悸のする胸を押さえ、ひとり立尽くす。
深呼吸して目を開く。目の前にはイチゴ牛乳を買った自動販売機。
「やっぱり時間泥棒の仕業か、いや本当にキングクリムゾンで時間を吹き飛ばされたのかも」
大方さっき飲んだ薬のせいで、混乱してるんだろう。ちょっと時間がかかってしまった、準備室に早く戻らないと彼女に怒られるな。
振りむくと吉澤がいて、僕は準備室の中央、机の上にいた。実験器具やらなんやら全部吹き飛ばして……
「おっ…… おかえり」
「おっ…… おまたせ」
僕の後ろ、実験室の扉が開く
「何事かね、いまの大きな音 わっ…… 」
どうやらアタリを引いてしまったらしい。
05 「ジャンプ」
「いきなり目の前に現れたぞ! ジュース持って、パッて現れたの、パッて! どうなってんだ!? 」
「僕どうなっちゃったのさぁ、もうなんだよ思いっきりアタリ引いてるじゃないかー チキショォォオオーー」
「暴力はやめなさい! ね、話し合おう! だから、ネクタイを引っ張るのはやめて」
吉澤と二人で顧問に詰め寄る。胸ぐらを彼女につかまれ、ガクンガクン揺さぶられる顧問は本気で脅えているようだった。
準備室の片付けは、とりあえず後回しにして実験室で説明会が開かれることになった。
「うむ、それはテレポーテーションと呼ばれる現象に酷似しているな」
ずれたメガネを直す。
「僕が聞きたいのは、そんなわかりきった事じゃなくて、脳を起こす薬じゃなかったの? ってこと」
まだ少し興奮気味の僕。
「脳を起こす? りょうになにした、このメガネ! 」
事のあらましを知らない彼女に、充分な説明はまだなされていない。顧問をしゃべれなくなるまで追い込んでいたからだ。
「それは間違いない。超能力を開発した覚えはないからな」
「それじゃ! なんで……」
まったくわけがわからない。
「もともと君が、持っている力なのだろう。それが呼び覚まされたのではないだろうか」
もともと持っている?
「しかし、にわかには信じがたい話だ。そうだな、少し実験して見ようか?」
「実験?」
メガネが怪しい輝きを放つ。
「職員室に行って、私の机にある日誌を取ってきてほしい。窓側の列、入り口から見て右から三つ目だ」
「職員室……」
怪訝そうな顔の僕に付け加える。
「今の時間は誰もいない、誰にも見られはしないよ」
顧問の話が終わるか、というタイミング。瞬間、職員室に移動していた。だいぶ分かってきた、どうも場所をイメージすると、そこに転移するようだ。
職員室は、顧問の言うように無人で静寂を保っている。よかった、本当によかった。
顧問の机はすぐにわかった。机の上にワイド版"北斗の拳"が置いてあるからだ。
「これのせいで、こんな事に……」
悲しい気持ちになる。でも泣かない、男の子だもん。
プリントや教科書などで散らかる机から、日誌をサルベージする。
実験室をイメージして、瞬間移動を試みる。ちょうど出現した位置が顧問の目の前だった。これ出現場所がブッキングしてたら顧問はどうなっていたのだろうか?
目が合ったので、日誌を手渡す。受け取ると顧問は無言のまま、すっと後ろをむくとおもむろに机の上に立つ。
「どうしたメガネ?」
吉澤さん、人を身体的特徴で呼ぶのはどうかと思うよ。
顧問は右の拳を天高く掲げる。
「 え い ど り あ ー ー ー ー ん 」
スタローン気取りですか! 今の若い子にはつたわらねーよ。
※
もうすっかり日も暮れて、もうすぐ閉門の時間になるが、まだ帰れそうにはない。
「それじゃ、わたしもその薬飲んだら、瞬間移動できるようになるのか?」
これまでの経緯を彼女に説明すると、薬に興味を持ってしまったらしい。
「可能性としては、低いと考えられる。あくまで脳の覚醒を促がす薬だからな、仮にだ人類全部に同じ能力が備わっているとしても、君が彼と同じ力を覚醒するとは限らないということだ」
つまり人には個性があるのだ、足の速い人がいれば、計算の早い人もいる。そういうことなんだろう。
たまたま僕は瞬間移動だったと……
吉澤がふいにこっちを見る。
「なんともないか? その、副作用とか……」
「瞬間移動が明らかに副作用だと思うんだ。それ以外は今のところ何も無いよ」
本当に何もない。少し動悸がするのと軽いけだるさだけで、身体的変化はほとんど無い。
「薬を飲むだけで……」
つぶやくように言う彼女。
「しかしテストケース一件では、検証としては不十分と考えられるな、う〜む、どこかに実験を手伝ってくれる若くて健康な、橘くんが男だからな女の被験者はいないものか」
あきらかに僕らに向けて顧問がつぶやく。なにやら考え事をしてる風なポーズをとっているがチラチラと彼女の様子を窺っている。非常に怪しくあきらかに挙動不審だ。彼女まで巻き込もうってのか! このメガネは!
「大石先生、その薬わたしにもください」
「そうか! 被験者に志願してくれるのか吉澤くん」
はじめて両者の利害が一致した瞬間だった。おそらく、こんなことはもう無いだろう奇跡の一瞬。それにしてもこんな時だけ女の子っぽい言い方するんだな。
がっちりと握手を交わした後、顧問は白衣の下に手を入れるとコルクで栓をした試験管が姿を現す。そんなところにストックしてたのか、薬品を内ポケットに忍ばせるとか本当に何を考えているのか。
妙に綺麗な色の液体が逆に体に悪そうに見える。試験管を見つめる彼女から緊張が伝わってくるようで先生と僕は黙り込む。ゆっくりとコルクを抜き、口の中に青紫色の液体が消える。その様がなんというか妙に色っぽく感じられ軽く罪悪感を抱く。
すげえ ヘンタイっぽいじゃないか僕!
「んっ!」
顔をゆがめる彼女。
「吉澤!」
「どうしたのかね? 吉澤くん」
やっぱり何かあるんだろうか!?
「おいしくない」
素直な感想と困った感じの表情が、なんとも言えず。いい! いいよ、かわいい!
※
初めは、おとなしく席に座っていたが、彼女は次第に落ち着かない様子になっていた。
五、六分ほどたったころだと思う、急に立ち上がりその場で軽く跳ねる。その度にスカートが捲れて、ああ、もうすこし! もうすこしなのに!
「なんにもおきない! なんでだ!?」
「さあ」
僕に聞かないで、という意味を込めて肩をすくめてみせる。
ふと顧問に目をやると目を閉じうつむき加減で腕組みしている。寝てやがるな。
少ししてチャイムが鳴り。その後『蛍の光』がスピーカーから流れてくる、閉門の時間だ。
「今日はもう帰らないか?」
いろいろ遭って疲れたよ、ほんと……
「えぇ〜」
そんな目で見るなよ
口をとがらせて”ブー・ブー”そんな感じの表情で僕を睨む。ふいに目を大きく開く、眉を吊り上げ口元に微笑をうかべる。
なにやらいやな予感が……
ガシッ、彼女に腕をつかまれた。
「家まで送れ」
「はい? 送るも何も同じ方向じゃないか」
「瞬間移動できるんだろ! パパッと。ね、お願い」
ウインクひとつ、かわいい! が、お願いの仕方が古い。昔の少女漫画に出てくるアイドルかよ。
「はいはい」
ん? しかしどうすればいいんだろう。手に持っている物も一緒に転移できるんだし、可能だとは思うが人間一人抱えて移動できるんだろうか? とりあえず彼女を抱える、俗にいうお姫様だっこだ。
ガッ!!
気づいた時には目の前に拳があった、なかなかの左をお持ちのようで
「なにすんだよ!」
鼻血がたれてる、かっこ悪い
「こっちのセリフだ、バカ! 急に抱き上げられれば驚くに決まってるだろ!」
乙女の恥じらいに殴られたらしい、ふとももの感触と等価交換か、痛い代償だな。
「じゃあ腕にしがみついててよ、何がおきるかわかんないから気をつけなよ」
無言だったが、素直に僕の左腕につかまる。肘に、胸が、あたっ、いかん、集中できん
本当にだめだった。
飛び出した先は、おそらくA棟とB棟の間、四階ぐらいの高さの位置。眼下には中庭が見える。
「うわあああああああ!!」
落下を始める体、混乱する頭。必死に転移先をイメージする。
「あそこだ!」
二階部分を繋ぐ渡り廊下が目に入る。
次の瞬間、白い天井と蛍光灯の列が見えた。リノリウムの床に体を打ちつけ、背中から落ちたことを後悔する。
「ごほっ げほっ」
息が出来ない!
なんとか中庭に人型の穴を開けずに済んだようだ。しかし、落ち着く暇はなかった。
爆発音とガラスの割れる音が、夜の学校に響く。
咳き込みながら横に体をひねるも彼女はいない。代わりに彼女が着ていたであろう女子の制服が左腕に絡まっていた。
06 「空飛ぶ円盤」
盛大に散らかる実験室と、必死に消火活動をする科学部顧問、部屋の隅で小さくなってるブラウス姿の幼馴染という、一生に一度の光景がそこにはあった。
左腕に絡まっていた制服を彼女に返す。目元を潤ませて無言のまま制服を受け取る姿は、案外かわいかった。
ちょっとだけ女子の制服を説明しておくと、ジャンパースカートと呼ばれるもので、スカートとベストがくっついた形状をしている。女子には非常に不評だ。
理由としてスカートの丈を短くするのが面倒なのと、ベストの部分が暑いからだそうだ。
冬服はさらにその上からブレザーを着るのだが、いまの時期はそれでは暑すぎるので誰も着ていない。
転移する際に、そのジャンパースカートを僕が持っていってしまい、そのためブラウスだけになった彼女はパニックとなり、あたり一面吹き飛ばしたらしい。
羞恥心がトリガーになったのか、顔から火が出るを体現したわけだ。
今回は爆発の規模が小さかったので、窓ガラス数枚とカーテンを焦がす程度ですんだが、顧問を丸焦げにしていた可能性もある。
二度目は命がないな。
「りょう…… 次ぎやったら、燃やすからね」
しません、絶対にしません。じーちゃんの名にかけてしませんとも。
「しかし実験室でよかった、別の教室でおきていたら、いいわけに苦労しただろう」
消火活動も終わり、駆けつけた他の先生を舌先三寸でいいくるめて追い返す。意外なスキルを持っているなメガネ。
「今日はもう遅いから、帰りなさい」
先生たちに学校を追い出された僕らは、当然徒歩で家に帰ることにした。
※
「なに…… してるの?」
風呂から上がって、自室に戻るとパジャマ姿の吉澤がTVゲームをしていた。
何を言ってるのかわからねーと思うが僕にもわからない。
「ぷよぷよ」
「いや、何のゲームをしてるのかを聞いたんじゃなくて、何で僕の部屋にいるのかと……」
「ん」と窓の方を指差す。
なんとベランダから侵入したらしい、一歩間違えばアイキャンフライだぞ。
「メガネから電話かかってたぞ」
真剣な面持ちで画面を見ている彼女の横顔は、すっぴんなのもあって少し幼く見える。
「ほんとだ、さっきの話かな」
机の上においていた、携帯電話に顧問の着信が残っている。体に変化があった場合、連絡するようにと帰る前に電話番号を交換したのだ。
プルルルルル
「はい、橘です」
「もしもし橘くんか、大石だがその後何か変化はあったかね?」
タイミングよく顧問から電話がかかってきた。見られているのか?
「いえ、何も」
「そうか、いやそれより吉澤くんの事だけどね、あれはおそらくパイロキネシスと呼ばれる能力ではないかと考えている」
「ぱいろきねしす」
パイロキネシスと呼ぶその力は、原理は諸説あるそうだが念力のようなもので火種を創り出し、爆発を起こすことができるらしい。
「とにかく何かあったらすぐに連絡しなさい、いいね」
「わかりました」
しかし、何が悲しくて顧問と学校外でまで会話せねばならんのか! 青春って何だ!
電話を切り、ようやく一息つける。椅子に腰掛けぼんやりと彼女をみつめる、もうゲームは止めてTVを見ているようだ。
ベッドの端を背もたれにして、床に胡坐をかいてる彼女。気づいてないのか、僕の角度からだと胸元から谷間がチラチラと……
邪気眼的衝動を抑えていると目が合ってしまった。
「変なまねしたら、燃やすからね」
突き出した彼女の拳が炎に包まれる。もう力を使いこなしてるのか! たいしたヤツだ。
彼女には可及的速やかに、自分の部屋に帰ってほしいと心から願う。
「りょう、明日これ探しに行こう」
唐突だな。
「なに?」
いつのまにかTVはニュース番組に変わっていた。スマートフォンで撮影されたと思われる映像には、山の陰から空飛ぶ円盤が飛び出すのが小さく映っていた。
「これ近所だね」
「ここ! 学校が映ってる」
TV画面を指差し、目を輝かせている彼女を、僕には止められそうにない。
それにしても今この状況にあって、さらに厄介事に首を突っ込もうというのか、いつのまにそんなアグレッシブなキャラになったんだか。
※
昨夜遅くまで対戦格闘ゲームをしていた僕らだったが、突如乱入してきた僕の母親によって、彼女は自宅に強制送還されることとなった。
まあ、おかんグッジョブと言っておこう。余計なお世話だなんて思ってないよ、本当だよ。
そして今日は、吉澤につれられてUFO探しとなったわけだ。
せっかくの、せっっかくの休みだというのに朝も早くから起こされ、無理やりと言っていいだろう外に連れ出されてしまった。
本日は降水確率ゼロパーセントという晴天だ。青い空が目一杯広がっておりインドア派な僕には、はっきり言ってまぶしすぎる。
ついでに言うと暑い。地球温暖化と言われて久しい昨今だがここまで暑いと確かに異常を感じる。
だが、悪いことばかりではない。彼女の露出が気温の上昇と比例して上がっているからだ。
襟のついたノースリーブのシャツなのだが、これがかなりのピチピチサイズで体のラインがはっきり出てる。
これにかなりローライズなホットパンツという組み合わせは、真夏かと錯覚する。道を歩いていて振り返らない者はいないほど、こうかはばつぐんだ。
歩くたびにへそとか腰を、チラ見せされてはUFO探しなど遥か彼方だ。
彼女からは僕にもオシャレ命令が下されているのだが、気の利いた服など持っていない。Tシャツに薄手のシャツそれと定番のジーンズにスニーカーだ。
「はぁ」
溜息をつかれるほど酷いらしい。
「探すっても、この辺うろついて、はい こんにちは、とはいかないんじゃない?」
「りょう、犬も歩けば棒にあたるって言うでしょ」
家を出て五分ほど、まだ団地の中にある公園だ。
「それは野良犬みたいに、棒でシバかれろってことかな」
「やれやれだぜ」
お! いい声で言うね。
「だいたい、探し出してどうすんだよ」
素直な疑問をぶつける。
「そんなの決まってんじゃん、一緒に宇宙に連れて行ってもらうんだよ」
ナチュラルに拉致られてるじゃないか。
「そして、機械の体をくれる星を目指すんですね」
「それ、ネジにされるんじゃない」
メーテルは架空のものです。
とにかく不毛な一日だ。公園をぶらつき、鳩を追いかけ廻し、小学生に混じって噴水に飛び込み、野良猫を捕まえる。で午前の部が終了した。
何がしたいんだか、ただどうも真剣にUFO探しをする気はないらしい。
昼飯を僕の家で一緒に食べる、正直このまま昼寝したい。しかし彼女は許してはくれそうにないな。
午後の部は、繁華街に移動です。
僕らの通う学校に程近い、駅近くの商店街はご多望に漏れず、駅前に出来た大型スーパーに圧倒され寂れる一方ですが、うちの生徒はなぜか商店街で良く買い物をするらしく学校帰りによる生徒も多い。
アーケードに流れる商店街応援ソングの歌詞が覚えられないのは、世界七不思議にいつ登録されるかな? などと考えながらやっぱり、ぶらぶらするだけ。
本屋にレンタルビデオ店、そして雑貨屋を物色し、ウインドーショッピングよろしく二人連れ立って歩く。
あちこち歩き回り、へばった僕が喫茶店に逃げ込むことを提案するも、承認を得るには少し時間を要した。
「アイスコーヒー二つ」
商店街の一角にある喫茶店、地元の高校生が来ることはあまり無い。学校の近くにハンバーガー屋があるからね。
女の子とデートしたことない僕には、この状況はかなりの心労を伴なう。
「いつぶりかな? りょうと出かけるのって」
運ばれてきたアイスコーヒーをストローでかき混ぜながら、つぶやく様に聞いてくる。
「さあ〜…… いつかな」
中学生になってからだな。
「そっか……」
窓の外を眺める彼女は、なんだか寂しげで儚い感じがした。
「この後は、どうするの?」
彼女のリクエストを聞く。
「行きたいところがある」
「うん、どこ?」
来世とか言い出さないことを祈る。
「学校」
07 「バーンアウト」
我が麗しの母校、休みの日まで来る事になるなんて、青春って何だ!!
フェンスを乗り越え、学校の西側、テニスコートから侵入する。不法侵入ですぞ! 頭の中の赤いモップがささやく。
B棟の非常階段を、四階まで昇ったところで彼女が上を見上げて言う。
「いっぺん入ってみたかったんだ」
「ああ、屋上ね」
屋上は色々な理由から、もう何年も立ち入り禁止になっている。
彼女を抱えて、屋上に転移する。今度はしっかりと移動先のイメージに集中する、失敗すれば丸焼きだ。
「けっこう、いい眺めだね」
まだまだ日が傾くのは早い、茜色に染まる空と一面オレンジの校舎、優しい風が、グラウンドを見下ろす彼女の髪を揺らす。
なんだかんだで、今日一日彼女とデートしてたんだよな。
「そういやさ、覚えてる? 昔一緒にダンクシュートの練習したよね」
フェンスにもたれかかる彼女の問いかけ。
「んー? そうだっけ」
むかしっていつごろの話だろうか? 中学生より前だとは思うが。
「二人とも全然届かなくてさ、校庭のバスケットゴール懐かしいな」
思い出した!
「小学校の話か。そういやなんでダンクなんてしてたんだっけ?」
何か理由があったと思うが、いまいち思い出せない。
「一緒に見た映画。覚えてない?」
映画…… 見たなそういえば。
たまたま見てたTVに映った、実写とアニメが合体したヤツ、たしかバスケの有名な選手が出てたな。
「もしかして、それでバスケ始めたの?」
「そうだよ、りょうがあまりに真剣だったからさ」
笑って答える彼女。
なんてことだ僕発信だったのか。
「一度も、ダンクは成功しなかったね」
昔の話なのか今のことを言っているのか、僕にはわからない。
「こうやって、二人っきりで話しするの何年ぶりかな? りょう…… あのね……」
僕の方に向き直って言いかける。
ゴウン ゴウン
耳の奥にまで響く、機械音に遮られた。
かなり近くで聞こえる機械音の発生源はすぐにわかった。頭上、目測では七、八メートルほどだろうか、銀色の円盤が浮遊していた。
二人とも口を開け見上げること数秒、ふと 我に返る。
いま、すげえイイ感じだったのに! 何の恨みがあってこのタイミングで出てきやがった!
あまりに空気を読んだ登場に、やり場の無い怒りに打ち震える人が僕の隣に……
「わたしの…… わたしの…… 今しかないと思ったのに、それなのに……」
チリチリと空気を焦がす熱を彼女から感じる、両方の手は力いっぱい握られ炎に包まれる。熱気か闘気かオーラが見える。
あえて擬音で表現するならば、やはりここは『ゴゴゴゴゴゴゴゴ』だろうか。
のっぺりとした曲線の円盤、鈍い銀色で継ぎ目の無いボディーは下から見るに楕円形といえばいいか、横に少し長い円形。直径は五メートル以上あると思う。
黄昏の中、不自然なほど輝いて見える。
シュッと空気の抜ける音とともに、円盤の底面が開く。
銀色のアーム、丸い節が二つほど、先端にはギザギザの刃のついた丸鋸。
キュィィィィィィン
高周波とともに丸鋸が高速回転を始める。危険ですぞ! 頭の中の赤いモップは緑を置いて逃げだした。
刹那、赤いボールが丸鋸めがけ飛んでいく、ハンドボールほどのそれは、アームに触れると膨張し爆発する。
辺りを煌々と照らす炎が広がる。
「思い知ったか」
ガッツポーズでニヤリとする彼女。
いきなり好戦的ですね吉澤さん
煙が引くと節を一つ残して先が吹き飛んだアームがガクガクと震えていた。
底面の穴が大きく広がると壊れたアームが引っ込む、そして僕は目を疑った。
「おかしくないか!」
明らかに収まるはずが無いサイズのハンマーが出てきた。バカバカしいまでの大きさのピコピコハンマーは、黄色の本体部分にピンクの柄、チープでファンシーな見た目はシュールだった。
「どうせ、見掛け倒しでしょ」
赤い火球を右手に掲げる姿は、少年漫画に出てくるライバルキャラのようでカッコイイ。
ところでその必殺技はどこで会得されたのでしょうか吉澤さん。
投球モーションに入る彼女、しかしピコハンは思いのほか早く、そして思いのほかリーチが有った。
放たれた火球は、彼女の目の前でピコハンに阻まれ、爆発する。
咄嗟のことで反応が遅れる、爆風のなか弾かれるように飛ぶ人影、ハンマーを振りぬき”ぐるん”と一回転する円盤、世界がスローモーションになる。
爆発で溶けるフェンス、
手を伸ばす
届かない、
こちらに伸びる彼女の手、
掴めない、
屋上から投げ出される彼女、
身を投げ出すも、とどかない。
ゆっくりと視界から彼女は消えてゆく。
「とどけぇぇぇえええええ」
瞬間、落下する彼女のイメージが広がる 奇跡か火事場の馬鹿力か、彼女の元に転移する。
後ろから抱きしめ、二度目の転移のために移動先のイメージを決める。もう地面はすぐそこだ。
間に合ってくれ。
※
僕は思い違いをしていた。
瞬間移動などという超現象だ、現代の物理的法則の一つや二つ捻じ曲げると思っていた。それまで何事も無かったかのように、平然と出現すると考えていた。
転移先、グラウンドにある陸上競技用の砂場に出現したとき、その考えは間違いだとわかった。
四階建ての校舎の屋上から落下するエネルギー。女の子とはいえ加算される重量。それらすべてが僕に圧し掛かる。
吹き飛ぶ砂が、その衝撃を物語る。
「……あっ、……がっ」
肺にあった空気がすべて抜けてしまった。酸素を求めてもがくが呼吸が出来ない。
円盤と距離をとるためにとっさだったがグラウンドを選んでよかった、コンクリートやアスファルトだったらどうなっていたかわからない。
「りょう! りょう! しっかりして」
先に起きる彼女。どうやら無傷のようだ。
痛いです吉澤さん、強く揺すらないで下さい。
「だい、じょう…… ぶふっ」
大丈夫じゃないな、ぜんぜん。
彼女の手を借りて上体を起こす。まだ呼吸が苦しいが、体は無事のようだ。それにしても着地点が砂の上とはいえ、あの高さから落ちて骨の一つも折れていないとは、僕の体はいつのまにアンブレイカブルになったんだ。
僕は意図せずある人物を思い描いていた、神経質そうな顔、いつもの白衣、メガネの科学部顧問だ。
「あいつもしかして、本当に人類を次のステップに導く気か」
「急にどうしたの!?」
涙を浮かべているのは、僕を心配してなのか、砂埃のせいなのか聞いておきたい気分だ。
「いや、なんでもないよ」
いまの問題は、問題が何も解決していないということだ。
もしかしたら僕らが、潰れたトマトみたいになっていたかもしれない場所を見ると、まだ円盤はいた。僕らの居る方に向ってゆっくりと高度を下げる。
グラウンドの端と端。出来るだけ離れたいが体がいうことを利かない、生まれたての小鹿のような体を彼女に支えてもらう。
急に円盤の侵攻が止まると底面に開いた穴から液体をグラウンドに撒き始める。
「なに? かな……」
不安げな彼女が聞く
「ただの水じゃなさそうだけど」
ただの水などというものではもちろん無い、濡れた地面がもぞもぞとうねりだす。はっきり言ってキモイ! 辺りが暗いので影が動いているように見えるだけだが、それでも充分におぞましい光景だろう。うねりは次第に形を成し、人影に変わる。
呼び名が無いと不便なのでここでは泥人形と命名しよう。我ながら的を射たネーミングだ。
「自画自賛?」
彼女の突っ込みは僕のネーミングセンスへの嫉妬と思っておこう。
こんなのを見せられて戦意を保てるわけもない、逃げる算段を考える。しかし彼女を抱えて転移できる距離はせいぜい十数メートルだ。
あの円盤の科学力をこれほどまでに見せ付けられると、自分の超能力では逃走すら困難なのかと思わされる。
警察や自衛隊に救助を求めたいところなんだが、これだけの騒ぎの中、誰一人現れないことが絶望的な答えなんだろう。
ごおおおおおおおおおおおおお
泥人形ズが雄たけびを上げる。かなりの数が準備万端だ。
「りょう」
「うん」
なんとか彼女だけでも、逃がせないか。考えろ…… 考えろ……
「あんなのを野放しになんて出来ないよ」
ええーーーーーー
「なんとか逃げる方向で再検討していただけませんか」
「わたしたちの住んでる町だもん。わたしたちの力で守るよ」
力強いお言葉。
いつからそんなご当地ヒーローみたいなキャラになったのさ。
なんということだ、これが義理と人情の板ばさみというやつか。
むかうは死地、武士道とは、死ぬことと見つけたり。
あのメガネは、この状況を予知して薬を作っていたんだろうか?
まさかな。
08 「ファイアーボール」
「うおりゃあああああ!! 消えろぉおおおおおお!!」
いいなー、楽しそうだなー。
襲い来る泥人形ズを吹き飛ばし、焼き払う、すごいぜ吉澤! それでも数の暴力に次第に戦線は後退してゆく。
操り人形みたいな物のクセに、やたらめったら俊敏な動きで襲い掛かってくる、後方では円盤がせっせと水撒きして量産体制だ。
火力という意味では、こちらの方が圧倒的だ、文字通りの火で焼き払うことができる。それと敵は思いのほか脆い、土で出来ているのだから当たり前か。
当初、丸鋸を吹き飛ばした火球で牽制し、接近してきた泥人形を各個撃破という作戦をとろうとしたが、うまくいかない。いかんせん数が多い、吹き飛ばす傍からわらわらと湧いてくる。
終いには囲まれてしまい、肉弾戦をとらざる得ない状況になっていた。
平和的解決を望みたいが、コミュニケーションを取れる相手でもない、必死のさなか新たなスキルに目覚めることとなった、顧問の薬によって上がった能力、視力だ。自分は両目とも1.2あるため効果なしと考えていた、そもそも遠視用なのか近視用なのかという話だと思うが、どれも違う動体視力が上がるのだ。
これは大きなアドバンテージとなった、数を増やし過ぎたのも幸いしている、実際に攻撃できるのは二、三体でほとんどが後方で押し競饅頭しているのが現状だ。
後方の一体が、泥人形ズの頭の上を飛び越しこちらに向う、目の前にいるヤツの頭を蹴り飛ばし視界を広げる。泥人形の密集地点を覚え構える、飛びかかってきたヤツを両手で押さえこむ。
がああああああああああ
頭部? にある口と思しき部分から怒声が聞こえる、うるさい! 消えろ、空めがけて転移させる。一秒後、密集地点の着弾を確認する。
瞬間移動して泥人形の後ろを取り蹴りを入れる、はあ……はあ…… 連続しての転移はめちゃくちゃ疲れるみたいだ。日頃の運動不足がこんな所で仇になるとは思わなかったぜ。
だが彼女は違う。息も乱さず片っ端から吹き飛ばしてゆく。
某テーマパークのアトラクションのごとく爆発が起こる。爆風は粉々に砕き元の土に戻し、近づく者は炎の鉄拳で粉砕する。泥人形ズも僕からすれば、十分に驚異的俊敏さなのだが、それでも彼女の瞬発力に追いつくことは出来ない。
「まだまだーーー 」
たいしたヤツだ。
腰だめに放つ左の正拳が泥人形の胸に風穴を開ける、半身翻し裏拳を放つと後ろに立つ泥人形の頭が肩口にかけて弾ける、飛びかかる影にピンポン玉位の赤い玉を投げつけると、空中で炸裂し撃ち落す。もはや最終兵器だな吉澤!
「こんのぉおおおおおお…… 」
バスケットボール位ある火球を、ガーデニングに水撒き中の円盤に投げる、しかし接近を感知するやファンシーなハンマーが作動しそれを打ち返す。
「ナイスショット」
弾かれた火球は、校庭の端に着弾し火柱が上がる。思わずもれる言葉に彼女から睨まれた。
「なんなのよぉ、アイツー ムカツクなー! もー!」
「なんですかねぇ、本当に」
お疲れモードなので返事もそぞろだったが、本気で地団駄を踏む彼女は可愛かった。
半分ほど蹴散らしたあたりで、侵攻がやや緩やかになる、がまだ半分ともいえる。始めたばかりのガーデニングが楽しいのか夢中で水やりする円盤。
泥人形とのいたちごっこに、体力はそろそろ限界だ。呼吸を整えられず顎が上がる、辺りがすっかり暗くなっていることに気づく。
星が出てる、綺麗だ……
星が動き円を形作るように集まる、出来上がる二つのサークル。夜空に浮かび上がる顧問の顔。
「橘くん、フォースを信じよ、フォースとともにあれ」
うぜえええええええ!! ジェダイマスター気取りか! メガネかち割んぞこの野郎!
「りょぉおおおおおおおーーーー」
かけよる彼女
「今度は何だよ! ――――――」
一瞬の無音、
横殴りの衝撃、
チープでファンシーな黄色いハンマー、その見た目とは裏腹に非常に重い衝撃を、全身で味わう。
なすすべなく弾き飛ばされる体は、走り幅跳びで記録した自分の跳躍を易々と超える飛距離をたたき出す。
二転、三転、グラウンドを転がりながら砂の味を噛みしめる。口の中の血と砂で描かれるハーモニー 、耳の奥ではワルシャワ管弦楽団が剣の舞を最大音量で演奏する夢のような一時。
体はしびれ、声も出ない。
それでも彼女の声は聞こえた、かすかに聞こえる…… 僕を呼ぶ声……
「りょおおおおーーー 」
重いまぶたを開け、霞む目で声のほうを見る。
「じゃますんなーーーー 」
両サイドに広がるフレアが翼のように見えた。とうとう天使になったのか吉澤!
ザー、っとスライディング気味に横につけた彼女は、泣いてる様な怒っているようなそんな表情に見えた。
「りょう! りょう!」
彼女の手を借りて体を起こす、手足がバラバラになったかと思ったが、一応五体満足みたいだ。あの時に飲んだ薬は本当に骨密度を上げただけなのか?
百メートルを十秒台で走れる薬も関係してるんだろうか。
「そんな顔しないで、僕は…… 大丈夫だから」
彼女の頬にしびれて固まる手を当てる、そっとかさなる彼女の手は暖かかった。
「ごめんね ごめんね 亮は逃げようとしてたのに、わたしが無理やり引きとめたりしたから、こんなことに」
それだと、すげえダメな人だな僕。
「わたしが、あのふざけた円盤ボコボコにへこましたいとか、思っちゃったから」
そんなこと考えてたのか。
「あの時だって…… わたしが亮に変なお願いしたから……」
「あの時?」
口の中はじゃりじゃりしていたが声は出た。
「ダンクシュートが…… やりたいって……」
屋上で話していた小学校の時の話か? たしか校庭でダンクしようとはしたが、届かなかった。二人とも背はそんなに高くなかったから。
そうだ! それで協力プレーを思いついて、たしか僕がバレーボールのトスの様に、彼女を持ち上げようとしたんだ。
助走をつけ勢いよく踏み込んできた彼女を、僕は支えきれず転倒し腕を骨折した。親には道で転んだと嘘をついたっけ。
「凌ちゃん!」
思わず子供のころの呼び方になっていた
「はい!」
「飛ぶぞ」
「うん?」
※
かなりの数を凌が炎の翼で吹き飛ばしたはずなのだが、芋虫みたいにちぢこまっている間に泥人形レギオンはまた編成されていた。
だけど密集してくれるのは、こちらにとっても都合がいい。
凌を抱きかかえ、準備する。
一般的な観点から見れば軽い部類に入るんだろうけど、体中からは悲鳴が聞こえる、しかしこらえて踏み台になるしかない。
ハンマーを躱し、さらに凌の火球を当てる方法が他に思いつかない以上しかたがない。
「ほんとに、大丈夫?」
心配ない! と爽やかな笑顔で言いたいところだけど、はっきり言って大丈夫じゃない。眉間にしわを寄せ、額にはおそらく青筋が入ってることだろう。
背中には変な汗までかいている。
「それより、準備はいい?」
「うん」
答えると首に廻した凌の腕に力が入るのを感じ、それを合図と受けて走り出す。
見ると円盤が水まきを中止して、上昇しようとする。
迎えるは数百に膨れ上がった、泥人形レギオンは雄たけびを上げ威嚇してくる。密集地点をイメージして転移する。
狙いは泥人形の頭の上、頭を踏み潰しながらそのまま走る。まだだ、もっと近づいてからだ。
影が動くのが見える、仲間を踏み台にして飛びかかろうとしてる。こいつだ!
タイミングを読み転移する、飛びかかる出鼻に合わせ踏み台にして跳躍する。まだ足りない! もう一匹来い!
飛び上がった僕らを追いかけて泥人形も仲間の上によじ登る。
来た、頭一つ飛び出したヤツをみつけた。そいつめがけて二度目の転移。どうする! 円盤はもうすぐだが、あと一歩ほしい!
「亮! うしろ!」
最後の転移、後ろから飛びかかる泥人形に足をかける、出現の向きを変えた、僕の後ろに円盤はいる、凌の前に円盤がいる。
「行くよ」
凌の足に手をかける。
「うん」
渾身の力を込めて打ち上げる。
「いっっけええええええええ!!」
夜空に飛び出した凌に翼が生える、真っ赤に燃える翼。
とどけ
右手を掲げると燃え盛る翼が収束し球状に固まる。
とどけ
炎のボールは凌を照らし、影を校庭に落とす。
とどけ
影は映画に出てきたバスケの神様のシルエットによく似ていた。
「もえろおおおおおおおおお」
凌の綺麗なダンクシュートが円盤に決まった。
09 「夜明け」
爆発、炎上する円盤は、糸の切れた凧のように東の方に逃げていった。
連続転移で消耗しきってはいたが、凌の所まで転移しなんとか空中でキャッチに成功する。
しかし凌を抱えたところで緊張の糸が切れてしまった。
僕らを追いかけて、人間ピラミッドのように組体操していた泥人形は、そのまま動かなくなっていた。それを押しつぶしながらグラウンドに墜落する。
東の空が明るくなる、夜明けだ。
「思い知ったか!」
円盤の逃走した方に中指を立てて吼える。
「凌ちゃん、はしたないからやめなさい」
「わかった、やめる」
満身創痍でいまだ地面に転がっている僕とは違い、凌は元気に笑っていた。
※
親に朝帰りを怒られ、ドロドロの服を怒られ、全身生傷だらけの理由を問い詰められるも、学校に行くと言って家から逃げ出す。
夢だと思い込もうかと考えたが、雨も降っていないのに、ドロドロになったグラウンドを運動部総出で、均してる姿を見て考え直す。
クラスでは、東の山にできた正体不明のクレーター事件が話題の中心だった、一夜にして出来た謎のくぼみにTV局まで来たらしく朝のニュースで流れたそうだ。
たしか円盤の逃げた方角も東だったな。
僕と凌は昼休みに話し合い、とりあえず誰にも話さないことに決めた。話したところで信じる人は、あまりいないと思うが。
ただ一人だけは話しをしておく必要があった、おそらく円盤も泥人形も信じるだろう。
放課後、理科準備室の前にふたりで……