ふたりのアレン・エインズワース
翌日は由利香さんが「明日はお店があるから」と俺たちを気遣って、午前中にパークを後にすることになったんだ。
とはいえ、さすが由利香さんだけのことはある。俺がもう一度乗りたいな~と思っていたアトラクションをちゃんとピックアップして、予定に組み込んでくれている!
「夏樹、このアトラクションもう一度乗りたかったでしょ」
「ええ!なんでわかったんすか?」
「昨日帰りに前を通ったとき、すごく名残惜しそうだったもの。夏樹ってすぐ顔に出るんだもん、わかりやすいの」
「てへへ」
と、言うわけで午前中だけだったとはいえ、俺たちはそれなりにパークを満喫したのだった。
そして帰りの車の中では、なんと!シュウさんが、
「せっかく車で来たのですから、少し寄り道して帰りましょうか?」
と言って、遠回りの提案をするんだよな。あのシュウさんが寄り道って! びっくりしたよ。でも、どこへ行くのかと思いきや、ただ隣の×市のドライブだったんだけど。
だけどね、隣の×市はうちの市と違って都会だから、高層ビルがいっぱい建っている。かと思えば、その間に明治・大正の頃のレトロな建築が残っていたり、車窓から見ているだけでもけっこう面白いんだ。
そして俺たちがあーだ、こーだとうるさくしているのを尻目に、シュウさんは黙って運転に専念しているように見えた。
すると、ある一軒の建物の前で速度を落として横の駐車場に入って行くんだよね。俺たちは訳がわからずにいたんだけど、いきなり、
「今日の昼食はここを予約しておきました」
と、言い出すんだ。
「え?いつの間に?」
「夏樹がこっそり一泊するんだと教えてくれたときにね。ちょうど×市にあるこの店に行きたいと思っていたから」
そして由利香さんに向かって、
「由利香さんはたぶん、早く帰ろうと言ってくれると思っていましたので」
ひえー、良くわかっていらっしゃる。これにはさすがの由利香さんも驚いていたけど、
「鞍馬くんって本当に何でもお見通しなのね」
びっくり半分、微笑み半分で言っている。
見上げるとそこは、俺がまだヨーロッパにいた頃には普通にあったような建物だが、今の日本では古い建築様式って言うんだろうな。装飾の多いバロック様式のようだ。いろんなレストランが入っているらしいのだが、シュウさんはそのなかにある一軒のイタリアンのお店に入っていく。
店の中も、当時の面影を残しながら、綺麗に改装されたしゃれた作りだった。
「少し前に雑誌で見つけたんだけど、ここのシェフが何というか…まあそれは後で確認するとして、注文しようか」
さすがはシュウさんが見つけただけのことはある。イタリアンのランチコースはほんっとに美味かったー。そして食べ終わった後に、ウェイターを呼んでシュウさんが言う。
「とても素晴らしい料理でしたのでお礼を言いたいのですが。よろしければシェフを呼んでいただけませんか?」
「かしこまりました」
へえー、珍しい。シュウさんがシェフを呼んでくれって言うなんて。
でも。やってきたシェフを一目見て、店に入ったときにシュウさんが言った言葉の意味がわかったんだよね。
「Founder !」
そう言って思わず立ち上がりそうになる俺の腕をシュウさんが押さえてくれた。そうなんだよ、その人はお屋敷にいた初代にそっくりだったんだ!
「ようこそいらっしゃいました。料理はいかがでしたか?」
にこやかに笑うその笑顔まで、あのカッコイイおじさんのままだ。俺は三人で二百年前にタイムスリップしてしまったのかと思った。でも、当然ながら外人なまりだけど流暢な日本語をしゃべっている。それで初代ではないんだと俺は変なところでちょっとガッカリする。
「とても素晴らしかったです。特に…」
シュウさんはメインの料理をプロに通用する用語を使ってほめる。するとその人は、
「もしや、同業者ですか?」
と聞いてきた。
「はい」
「はは、お褒めにあずかって光栄です」
「いえ、本当のことですから。ところで、一つお聞きしたいことがあるのですが」
「はい、なんでしょう?」
「今ネームプレートを見て気づいたのですが、シェフのラストネームはエインズワースとおっしゃるんですね?もしかしてイギリス北部にご縁はおありですか」
「ええ、ええ。私の先祖はその昔、イギリス北部の領主邸でシェフをしていたと父に聞きました。私の父も料理人です。そして祖父も。先祖代々料理人の家系のようですね」
「そのご先祖のファーストネームはわかりますか」
「もちろん!私は彼の名前を貰ったのですから。アレンです。アレン・エインズワースですよ」
「ええー!?」
俺は思わず叫んでいた。
びっくりして俺を見るシェフと由利香さん。
「し・シュウさん、シュウさん…。なんで?」
俺がシュウさんに問いかけると、シェフはびっくりしたようにシュウさんの顔をまじまじと見たが、テンパッてる俺がそんなことに気づくはずもない。
「シュウさん、なんで前もって言っておいてくれないのー?!俺にだって心の準備がいるんだよぉー」
「ごめんね、夏樹。確信がなかったんで夏樹にぬか喜びさせたくなかったんだけど、どうもそうらしい」
シュウさんは本当に申し訳なさそうに言ってくれる。いや、そんな顔されると。
「何の話です?」
すると初代、いや、エインズワースさんが不思議そうに問いかけた。でも本当のことは言えないよな、どうするんだろう。
「失礼しました。実は私の先祖も同じ頃、同じ領主邸で料理人をしていたと聞きましたので。その上、貴方のご先祖のアレンさんに料理を教えていただいていたそうです」
「Oh My God ! You are ・・You are・・」
初代、いやいや、また間違えた。今度はエインズワースさんが叫んだ。
「Is your ancestor the シュウ・クラマ? 」
「はい」
「今、彼がシュウと呼んでいた。もしかして君も?」
「はい、私もシュウ・クラマです」
エインズワースさんはそれを聞くと、満面の笑顔でシュウさんに握手を求めた。
「そうか、君も先祖の名前を貰ったんだね。そして同じ料理人なんだね。なんてことだ、今日はなんて素晴らしい日だ!」
そして、こんなことを話し出した。
彼の先祖の方のアレン・エインズワースは特に優秀な料理人だったらしい
(はいはい、知っていますよ)
そして、彼が子孫に語り継ぐように遺言したのが、その頃に料理を伝授していたシュウ・クラマという男だ
(はいはい、それも知っています)
見た目ジャパニーズのこの男の料理が、ものすごかったのだそうだ。あまりにも美味しすぎて戦になりかけたとか、他の国の領主が無理矢理連れて帰ろうとしたとか、作り話のような逸話がたくさん残っている
(いえいえ、それはすべて本当のことです)
しかし彼はある日突然、領主邸から煙のように消えてしまったらしい。アレンはそれを非常に悲しみ、あらゆる手を使ってイギリス中を探し回ったがとうとう見つからなかった。
出来れば彼を、それが駄目なら彼の子孫を捜して欲しいとアレンは遺言として残していた。見た目から察すると彼はジャパニーズだから、日本にいる確率が高いのでは、と言うことだった。
それで、アレンという名前を受け継いだ彼は、運命のようなものを感じて日本で店を始めたというわけだ。
「最初は雲をつかむような話だと思っていたが、日本で成功して名前が売れるようになれば、会えるような気がしてね」
「本当に会えましたね、でも、何故そこまでして遺言を守るのですか?」
「ああ、それは代々受け継いできたものがあって、もしもシュウの子孫に会えたら渡すようにと。残念ながら今は家においてあるので、あとで貴方に送らせてもらいたいんだが、よろしいですかな?」
とエインズワースさんは、シュウさんに住所を聞いた。どうやらその品物を送ってくれるらしい。
「でも良いのですか?私が本当にクラマの子孫かどうかわからないのに」
そうシュウさんが言うと、エインズワースさんはいたずらっぽくウィンクして、
「No problem. 今思い出したから」
「?」
「まあ楽しみにしていてくれ」
そう言ってからエインズワースさんは、もう一度シュウさんとがっちり握手して仕事に戻って行ったのだった。
それから何日かして、一通の封書が送られてきた。エインズワースさんからだった。
開けてみるとそこに入っていたのは…写真と黄色く変色した紙。
「あら、写真ね。え!でもこれって」
「!シュウさん、これ!」
そこに写っていたのはシュウさんとエインズワースさん?いや、初代アレン・エインズワースだった。
「はい、私が二代目を受け継ぐ時に写したものです。なくされたと聞いていたので、私もはじめて見るものです」
そして変色した紙切れには新しい料理のレシピとその日付。それは俺たちがお屋敷を出て行った前日のものだった。
そして現代のエインズワースさんからの手紙が入っていた。
―エインズワース家が受け継いできたものはこれだよ。私も先祖のアレンによく似ていると言われるが、君はシュウに生き写しだね。これを見れば君が間違いなく彼の子孫だとわかるじゃないか。うちの店を見つけてくれてありがとう。きっと先祖のアレンも喜んでいるだろう。日本に来たかいがあった―
写真の裏には
(我が人生において最高の弟子、最高の料理人、そして最高の友、シュウに送る。)
と書かれていたのだが、その横に小さく走り書きのようなメッセージも入っていた。
(シュウのばかやろうめ!せっかく新しい料理を思いついたのに勝手にいなくなりやがって。おまえが出て行ってすぐこれが見つかったよ。俺はどんなことをしてもおまえを探し出して、このレシピを伝授してやる。おぼえてやがれ!)
そうして本当にその通りになったんだ。
その日の夜中、なぜかふと目がさめた俺はリビングの方に人の気配を感じて覗きに行く。あれ?シュウさんまだ起きてるのかな。ドアから声をかけようとした俺の手が止まる。
写真を手に持っているシュウさんは、反対側の手で目のあたりを押さえている。その下から頬に涙が落ちていくのが見えた。幾筋も幾筋も。シュウさんは静かに泣いていた。
俺はシュウさんがあんなに泣いているところを見るのは、初めてだった。
こらえきれずその場にしゃがみ込んでしまう。そうだよ、弟子の弟子の俺ですらこんなに嬉しくて、そして、哀しいのに。窓辺に座っているシュウさんと同じように、俺も、あとからあとから思い出と涙があふれてくるのを止められずにいた。
窓の向こうには、まるくて、美しい月がのぼっていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
とりあえず夏樹サイドの物語はこれでおしまいです。
次は冬里サイドのストーリーが始まります。
本編とはちょっとおもむきが違うかと思いますが、楽しんでいただければ幸いです。