シュウさんとの出会い
俺はハインツじいちゃんの所を出てから修行をかねて旅を続けていた。外見が変わらない俺たちは、一つ所に長くいられないのが時につらいんだよなー。そして、たどり着いたのがイギリス北部の片田舎。
そこの領主邸にシュウさんはいた。
俺ってばその頃、料理が面白くて面白くて。あ、今でもそうなんだけどね。で、腕がぐんぐん上がっていくもんだから、ちょっぴり天狗になってたんだよねー、はずかしい。
どんだけ馬鹿だったかっていうと、その土地で美味しいと言われる店や屋敷に行って、そこのシェフに対決みたいな事を申し込んでいたんだ。もちろん連戦連勝。
今回も領主が治めている街に滞在しながら、一番美味しい料理を出すヤツの名前を聞いてまわった。そしてほとんどの人の口から出て来るのが…
「一番腕の立つ料理人だって?そりゃー、領主様のところで今度二代目を引き継ぐ事になった、ほれ、なんて言う名前だっけ?」
「シュウだよ。シュウ・クラマ」
「あー、そうそう。初代が惚れ込んで、彼の他には候補すら立てなかったんだと」
シュウ・クラマ。
へえ~そんな奴がいるんだ。俺はほんっと何遍も言うようだけど、すっごくははずかしいことに、自分の腕に絶対の自信があったから、シュウ・クラマなんて奴も簡単に倒せると思ってたんだよね。
俺はしばらくその町に滞在して知り合いを増やしていき、領主邸に行ける機会をうかがっていたんだ。ほどなくして、その機会はおとずれた。
領主邸ではその日、あまり気取らないパーティが開かれるとのことだった。領主のお嬢さまの教育係を知っていると言う人に頼み込んで紹介状を書いてもらい、俺は勇んでお屋敷に出かけて行った。
パーティ会場の入り口でその紹介状を見せるとやって来たのが、
「ソルのお知り合いって言うのはあなた?あら」
なんと!依子さんだったんだよな。
俺たちはびっくりして顔を見合わせた。まさかこんなとこで千年人に巡り会うなんて!
しかもこっそり話を聞くと、シュウ・クラマって奴も千年人だと言う。俺は千年人だろうがなんだろうが負ける気がしなかったので、依子さんに頼んで会わせて貰うことにしたんだよね。
すると、依子さんはちょっと笑って、
「シュウがそんなばかげたことするかしら?」
とか言うんで、俺は絶対に対決させてやる!と思っていた。
依子さんの案内で厨房に行く。
「今はパーティ料理を作ってる最中だから、ちょっとここで待ってて」
そう言って依子さんは初代と思われる人の所へ行き、何やら話をしている。ふうん、と言う顔で俺を見ていた初代料理長はチョイチョイと俺を手招きした。
「?」
俺は訳がわからず初代の方へ行く。すると思いもよらないことを言われる。
「君は腕のいい料理人なんだって?だったらちょうど良かった、今日一人ケガで休んでる奴がいるんだ。代わりに料理してくれないか。すごく忙しいんだよ」
「へ?俺がですか?」
「ああ。あ、シュウ。ちょうど良かった。かわりの料理人が来てくれたんだ。ちょっと一緒にやってくれる?」
「はい」
え?シュウって、あいつがシュウ・クラマ?よーっし、ちょうど良かった!
それが俺とシュウさんの初めての出会いだったんだ。
俺を見たシュウ・クラマも依子さんとおなじく驚いた顔をしていたが、
「はじめまして、シュウといいます。初めての厨房なので勝手が違うかもしれないけど、よろしくお願いします」
あれ、ずいぶん礼儀正しい奴だな。俺はちょっと肩すかしをくらったけど、同じように礼儀正しく自己紹介した。
「はじめまして、ナツキといいます。あちこち渡り歩いてるんで、どんな厨房でも大丈夫ですよ~。よろしくお願いします」
するとシュウはふっと微笑んで、今日の料理の説明をはじめる。なーにが可笑しいんだよ。俺はぜってー負けねーぞと心の中で腕まくりして料理にとりかかろうとした…
のだが。
うわぁ…何なんだよこれ!。シュウの流れるような動きに、その手つきに、そして魔法のように完成していく料理に、俺はただただ見とれているだけだった。この俺がだぜ!
だってさ、言葉をかけるのもはばかられるほど、神々しいよ。この人。
今思えば、あの頃のシュウさんはほとんどが本気モードだったんだよね。そりゃあすごいはずだわ。
そして、そんな俺を不思議なものを見るようにしていたシュウだったが、
「あの、ナツキでしたよね。どうしたんですか?」
「あーいえ、なんか俺の出る幕なんてないような」
「そんなことはありませんよ。あ、ですが、私が全部作ってしまいそうですね。申し訳ありません」
「いえいえ…ハハハ」
笑うしかないよね、この場合。
「それならすみませんが、これを味見していただけますか?」
「はいー、あ、味見ね。はいはいわかりましたよ…!!」
その料理をひとくち口に入れたとたん、俺は何が何でもこの人に教えを請いたい!と思った。負けたというより、感動していた。世の中にはこんなすごい奴がいるんだ。
「シュウ、じゃなくてシュウさん!どうか俺をシュウさんの弟子にして下さい!」
そして俺は、見栄も外聞もなく最敬礼してお願いしていたのだった。
* *
「なんなのよそれー」
由利香さんは可笑しそうに吹き出して言う。
「だってだってホントだもん。ほんっとに感動したんすからー」
「その時の鞍馬くんの顔が見たかったわ」
「また由利香さんは。少しも面白いことなどありませんでしたよ」
「あら、誰も面白いなんて言ってないわよ?」
「へへっでもあのときのシュウさんの顔」
「夏樹」
「あ、やっぱりー」
* *
あとで聞いたところによると、依子さんが天狗になってる俺のことを見抜いて、なんとかしてやろうと初代に相談してくれたらしい。その頃のシュウさんの性格上、対決など絶対にしないだろうから、手伝いという名目でシュウさんの実力を目の当たりにさせた。
まさか俺が弟子にしてくれと言うなんて思ってもみなかっただろうけど。
あっけにとられていたシュウさんは「弟子なんてとんでもない!」と、断ったけど、じゃあ助手でも手伝いでも何でもいいから、とにかくそばに置いてくれと頼む俺に、ほとほと困ったみたいだった。それで初代が助け船を出して、お屋敷に雇ってくれることになったんだよねー。嬉しかったな。
その時から俺の最も尊敬する人のひとりなんだよ、シュウさんは…。
とにかく天狗の鼻をへし折られた俺は、親犬について歩く子犬のようにシュウさんのあとをついて回った。そのシュウさんは初代について料理を教わってるわけだから、間接的に俺も初代のことを知ることになる。
初代はもちろん千年人ではないけどすごい人だったな。
名前はアレン・エインズワース。
料理もさることながら、人間的にもね。豪放磊落なのに冷静沈着。まじめでおちゃめ。とにかく修行をいっぱい積んだと思われるカッコイイおじさんだった。
だから真面目すぎるシュウさんに、ことあるごとにちょっかい出してお茶目なキャラを引き出そうとするんだけど、シュウさんもあの頃はなかなか手強かったよね。
シュウさんのなかにもふざけたところはいっぱいあるんだけどなーホントは。由利香さんも知ってるよね?あ、なに睨んでるんですか、シュウさん?
まあ、俺がこんなに料理が上手くなったのも、こんなに良い性格になったのも、その頃があったからなんだぜ、なんちゃってね。
それからすぐシュウさんが二代目を引き継いで、三代目事件があるまでは、依子さんと三人で楽しいお屋敷生活を送ったというわけ。
「そう言えば、あの頃シュウさんが本気を出し始めると、初代が止めることが何度かありましたよね」
「ああ、夏樹が来る少し前に、冬里が言っていた争いになりかけたことが何度かあってね。一品、二品なら良いけどすべてに本気を出しては駄目だと言われていたんだよ。自分でセーブするようにとも。あの頃は気を抜いているとすぐに本気が出て来てしまって。初代のおかげでコントロールすることも覚えなくては、と、出来るようになったんだよ」
「へえー」
「へえーって、夏樹は知らなかったの?」
「だって知り合ったばっかりでしたもん。いくら俺だってそんなぶしつけに根掘り葉掘り聞けませんよぉ。尊敬する方だったしー。なんちゃって」
由利香さんはもう夏樹は、とかあきれたように言った。
「でも、自分の力をすべて出し切れないって言うのは悔しい…っていうのは貴方たちにはないのか、どうなの?その辺は」
「それは、本当は美味しいものを食べていただくのが一番の幸せですが…」
シュウさんはちょっと寂しそうな顔をしていたんだけど、
「今はしばらくこのままでいるしかありませんね」
と、苦笑しながら答えた。由利香さんは、
「ごめんなさい、変なこと聞いて。でもいつか、鞍馬くんがいつでも本気を出せる世の中になってくれればいいわね」
と言ってくれる。俺はそんなこと言う由利香さんに感激していたのに…。
そのあとが大変だった!
「ああっ、そう言えば夏樹!」
と、由利香さんはまたばしっと俺の頭をはたく。
「イッテー、由利香さん何するんすかー」
「どうして一泊するって言ってくれなかったのよ!私ったら着替えも何も…あ、持ってるわね。でも、変だと思ったのよー。びしょ濡れになるアトラクションがあるから、着替え一式と化粧品まで持って来た方が良いですよーって。調べてみたら、急流滑りみたいに水に落ちていくのはあったけど、それってそんなにビショビショになるかしらって」
「だってサプライズのプレゼントだったんですもん。許して下さいよー」
「一泊するって事は、明日も遊べるんでしょうが!明日のシミュレーション全然してないのよ!どうしてくれるのよ」
「いいじゃないすか。明日は今日乗って面白かったのに乗れば」
「ふーんだ」
「由利香さん、もうその辺で許してやって下さい。夏樹だって色々考え抜いた事ですから」
そのあとシュウさんが何とか取りなしてくれたので、ようやく由利香さんのご機嫌も直ったようだった。