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『はるぶすと』2 夏と冬  作者: 縁ゆうこ
第一章 夏~NATSUKI~ 
3/10

テーマパークへ行こうよ


 俺は、あの由利香さんがなーんにも聞いてこないので不思議に思ってたんだ。それがシュウさんに訳をきいて、ちょっと感動しちゃったんだよねー。

 以前にも由利香さんは俺とシュウさんのことを可愛い弟みたいだって言ってくれた。家族みたいだとも。だから、何か由利香さんの喜びそうなことでお礼がしたいなーと、常々思ってたんだよね。

 そして、俺が一人だった頃のことはともかく、お屋敷にいた頃のことは話しといた方がいいんじゃない?とか、最近思うんだよな。


「いらっしゃいませ」

 お、いけない。ランチ目当てに店がオープンするのを待っていたマダムやOLさんが何人か入って来た。今は仕事仕事。

「いらっしゃいませー。今日は何ランチにしますー?」

 俺はカウンターに座った常連OLさんに聞く。

「うーん、どうしようかなー。じゃあ洋風で」

「私も洋風にしようっと」

「はい、かしこまりました」

 ちょっとおどけて、右手を胸に当てるような慇懃な礼をする。OLさんは「きゃーまた朝倉さんったら」とか喜んでくれる。人が楽しそうに笑ってるのていいよなー。


 俺の原動力。

 俺のちょっとしたおふざけに楽しそうな反応を返してくれたり、シュウさんや俺の作る料理を食べて幸せそうな顔をしてくれると、こっちまでHappyになるもん。


 しばらくはランチタイムで大忙しだったけど、それが過ぎ去り、今はポッカリタイムと俺が勝手に名付けている、まったりした時間。

 今日はシュウさんがロイヤルミルクティーを入れてくれた。いつもながらすごく美味いって言うか、最近シュウさんは、俺たちにだけ時々本気を出してくれるようになった。実は今もそう。たかが飲み物とあなどる事なかれ。

「うわぁ…幸せ」

 紅茶をひとくち飲んだ由利香さんが思わず口に出す。由利香さんは本当に幸せそうだ。

 本気出したシュウさんの作るものは、あったかさが身体のすみずみにまで行き渡る。

 だから心がささくれてるようなお客さんなんか、シュウさんの料理を口に運ぶうち、「なんで美味しいのに泣けてくるんだろう…」って、おいおい泣き出す人もいたんだよね。今まで何人もそういう人を見てきた。


「鞍馬くん大丈夫なの?こんな時に本気出して」

「こんな時でなければ、どんなときに本気を出しましょう?」

 あ、またまた始まったよ。シュウさんと由利香さんのイヤミジョーク合戦。でも、なんだかこれもホンワカして好きなんだよな。で、いつもは俺が余計なこと言って由利香さんにはたかれる羽目になるんだけど。

 今日は言わないぞって決めてあるし、ちょっと計画してあったこともあるし。


「それはそうと、シュウさん。由利香さん。今度の土曜日の夜って開いてますか?」

「?開いてるけど、何?」

「私も開いてるよ?」

 良かった~、二人とも開いてるんだ。

「あのですね、あのですね。去年新しく出来た、テーマパーク知ってます?」

「あの、埋め立て地工場跡の?なんだっけ…フェアリーワールド!」

「そうですよー。それでね、そこのナイトパレードがすっごくキレイなんだそうです。そ・し・て、ジャジャーン!チケットあるんです。行きましょうよー」

 俺は手品よろしく、何もないところから、パッとチケットを三枚とりだして見せた。すると、ものすごい勢いで由利香さんが答える。

「絶対行く!みんなが駄目なら、わたし一人でも行く!」

 由利香さん。目がハートになってます。

 へへっ、でも由利香さんを取り込めば、もう行く事に決まったようなもんだね。俺は心の中でガッツポーズした。そして満面の笑みでシュウさんの方を見る。

「…わかったよ。その日は店を早く閉めようか」

 いつもの通りシュウさんはため息ついて、それでも賛成してくれた。俺はまた由利香さんと大はしゃぎ。イェーイ!とハイタッチなどしてみせる。

「あなたたちは、本当にまったく…」


 その時カランと扉が開いてお客さんが入って来た。俺はあわててチケットをしまい、

「いらっしゃいませー」

 上機嫌でお出迎えしたのだった。


 そして待ちに待った土曜日。由利香さんは俺がテーマパーク行きを提案した日から、とっても楽しみにしてくれて、ずっと計画を練っていたみたいだ。朝から部屋に押しかけてきて?パンフレットを広げてみせる。


「ナイトパレードはね、九時からなの。その前にファンタジスタって言うショーがあるのよ!でもね、それまでにアトラクションを攻略しなきゃならないから、すごく大変!」

「由利香さん…お店は休みませんよ」

「わかってるって。そのチケットって夕方五時からのでしょ?ショーまでに効率よくまわるやり方をいっぱいシミュレートしたから、どんと来い!よ」

 シュウさんはもう何を言ってもムダだと思ったのだろう。その後しばらくは話を聞いていたが、料理の仕込みがあるからと店へ下りていった。俺も行かなきゃならないので、とりあえず由利香さんに返事をしておいた。

「了解しましたー。パーク内ではひたすら由利香さんについていきます!」

「うむ、よろしい」


 その日は早めに店じまいして、シュウさんが運転する車でパークへ向かう。ドライブも久しぶりだな。最初、遠慮して俺が後部座席に乗るって言うと、由利香さんが、

「私って方向音痴だから、いくらナビがあるって言っても助手席はやめといた方がいいと思うの」

と、俺に助手席に座るように言ってくれた。

 テーマパークは隣の市にあるので高速道路を使う。湾岸を走る道路はちょっと日が傾いて、海に続く景色に灯りがぽつぽつともりだして、とても綺麗だ。由利香さんは「この時間、大好き…」と、外を飽きずに眺めている。へえー意外にロマンチスト、とか言うと、また怒られそうなので黙っておいた。

 土曜日にしては道がすいていて、パークまでは思ったよりも早く到着できた。


「さあ!アトラクション攻略するわよ!」

 そう言って腕まくりする由利香さん、力はいりすぎです。でも言ったそばから、

「キャー!可愛いー!」

 と入り口を入ったところでお出迎えしてくれたキャラクターの着ぐるみに駆け寄って、

「夏樹、写真撮って、写真!」

 などと言っている。ほんとにもう。女の人はこれだから…。

 でも、さすがにシミュレーションしまくっただけのことはある。次はこれ!次はこれ!と、ものすごく効率的にアトラクションをまわっていく。俺たちは、目がまわりそうになりながらも何とか由利香さんにくっついて行った。


 シュウさんはどんなに怖そうなアトラクションでも全然平気で顔色一つ変えない。俺もじつは平気なんだけど、けっこう「ヒェー!」とか「うわー!」とか言って楽しんでるので、夏樹うるさすぎーと由利香さんに怒られたりしてた。

 でもさ、でもさ!由利香さんがいちばんうるさいんだぜ?笑ってるのか泣いてるのかわからないような声で「ギャー!」だの、「モウイヤダー!」だの。横に乗ってる俺たちの身にもなってよ、とはおそろしくて言えないけど。

 それにしてもこういう時の女の子?ってのは、バイタリティあるよなー。いつもならすぐにお腹すいたー、と言う由利香さんが、ワゴンで売ってたポップコーンだけで大丈夫なんだもん。


 そのうちにショーの時間が迫ってきた。由利香さんはこれもシミュレーションしてあったんだろう、よく見えそうな場所に行こうとした。へへー、ここからが俺の出番です。

「由利香さーん。ちょっと待って」

「え、なに?早く行かないといい場所がなくなっちゃうのよ」

「実はね、特等席をご用意してあるんです」

「?」

 シュウさんにはこっそり言っておいたんだけど、実はこのチケットは、パークの中にあるフェアリーホテル宿泊付きなのだ。そこでディナー予約すると、特等席からショーとパレードが見られるらしい。そう説明すると、由利香さんは本当にびっくりした様子だった。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

 ホテルの三階にあるフレンチレストラン。けっこうしゃれた造りになっている。

「すてき…」

 席に案内された由利香さんが思わずそうつぶやいた。そこは半分個室のようになっていて、バルコニーの方を向いたテーブル越しに、ベストポジションでショーが見られるようになっている。もちろん、パレードもこの前を通るらしい。

 ここへきて由利香さんはようやく空腹だったことに気づいたようだ。

「なんだかほっとしたら、お腹すいちゃった。エヘヘ」

「すぐにご用意いたしますね」

 ウェイターの人が心得たように言う。たぶんこんなお客さんが多いんだろうな。


 ここから見るショーとパレードは本当に素晴らしかった。由利香さんは珍しく?口数少なくうっとりしながらそれらに見入っていた。

 そして、ここのフレンチ。テーマパークのレストランにしてはなかなか本格的だ。

 他人が作るコース料理を食べるのは久しぶりなので、俺は由利香さんがショーやパレードに見とれているのをいいことに、シュウさんとたっぷり料理談義をさせてもらう。

 由利香さんは空腹も手伝ったのだろう。いつもなら残してしまいそうな量だったのに、今日はペロッと平らげてしまった。

「美味しかったー。ショーもパレードも素敵だったし…。夏樹、本当にありがとう」

「へへっ」

 最後の珈琲をゆっくり味わって、そう言えばお土産ショップに行ってなかったからと、外へ出たとたん…。


ドドーーーン!!

 パークの上空に花火があがりはじめた。

「え?!なんて素敵なタイミング…」

 そう言って由利香さんはまたうっとりと夜空を見上げる。シュウさんも「花火なんて久しぶりだね」といいながら微笑んで空を見上げている。ふたりの横顔を見ながら、俺はなんだかすっごく嬉しかったんだ…。


 チェックインしたホテルの部屋はファミリーコンドミニアムと言って、ベッドルームがふたつにリビングが付いた、すごく広い部屋だった。由利香さんは部屋に入るなり窓の所まで行って、閉まっていたカーテンを開けて外を見る。

「うわー!すごく広ーい。それに見て見て、夜景が!きれーい」

 部屋はパークが見える方ではなかったが、湾の向こうに広がる夜景がすごく綺麗だ。

 俺は今日のためにとシュウさんと選んだワインをおもむろに持ち出して、由利香さんに見せた。すると、

「えー夏樹どうしたの?なんだかサービス精神旺盛すぎ。私に頼み事でもあるの?」

 などと、ちょっとへこむようなこと言うんだもん。

「ひどいっすよ、由利香さん」

 ぷーっとふくれていると、シュウさんがすかさずフォローしてくれる。

「夏樹は、私たちが千年人だとカミングアウトしたあとも、変わらずに接してくれる由利香さんに、なにかお礼がしたかったんだそうですよ」

「そうなんです!シュウさんや俺のことを弟みたいだ、家族みたいだって言ってくれて、俺たちは俺たちで、それが一番大事だって言ってくれたから」

「あ」

「どうかずっと家族でいて下さい。今日はその記念日、のつもり」

 由利香さんは本当に意外だったのだろう。ちょっと目がウルウルしてきてる。

 あ、いっけねえー、また泣かしちゃった?俺はアワアワしそうになる。が、

「ありがとう…」

と、すんと鼻をすすって由利香さんは言った。

「泣くとまた夏樹がどうしていいかわからなくなるから、泣かないね」

「すんません…」

 俺はそう言って頭をさげたあと、

「それでね、せっかくだからシュウさんと俺がお屋敷で暮らしてた頃の話なんてしようかなーって思ってるんすよ」

「へえー、それは聞いてみたい」

 由利香さんにお許しをいただいたので、俺はワインのあてにとおもむろにあの頃の事を話し出したのだった。




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