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『はるぶすと』2 夏と冬  作者: 縁ゆうこ
第二章 冬~TOURI~
10/10

『はるぶすと』見学ツアー その2

 でねー。

 『はるぶすと』に行くんだと言う話をすると、なぜか九条まで一緒に行きたいと言い出したんだ。

「なんで?みんななんでそんなに『はるぶすと』に行きたいわけ?おかしくない」

「いいえ、少しも。鞍馬さまといい、朝倉さまといい、非常にお人柄の良い方なので、どのようなお料理を出されているのか、大変興味深うございます。それに…」

 なんだろう?九条がすごく嬉しそうな顔をする。

「伊織さまの生涯のご伴侶に、あとのことをお願いしなくてはなりませんので」

「生涯の伴侶?」

「はい。秋さまとご結婚の約束をなされているのですよね?伊織さまは」

 ええー?!

 僕はまた執務室の椅子から転げ落ちそうになりながら九条に言った。

「なんでそんな話になるの?そりゃあ由利香のことは気に入ってるけど、彼女は僕にとっては家族みたいなもんだよ」

「ええ、ですから」

「あー家族って、夫婦だから家族って意味じゃなくて。なんて言うのかな…あ、そうそう、姉弟・きょうだい! 僕にとってお姉ちゃんみたいなもんなんだよ。由利香は」

「……」

「なんだか不服そうだね」


 九条はこんどは、ちょっとがっかりした表情で僕のことを見る。

「はい。わたくしの目の黒いうちに、伊織さまが腰を落ち着けてくださる。これでようやく本当に私の役目を終えられると、喜んでおりましたのに」

「…」

「お見受けしたところ、秋さまは伊織さまの扱いがとてもお上手で」

 扱いって、取扱説明書じゃあるまいし。僕は電化製品じゃないよ。

「前回行かれたときに、秋さまのご両親にもお会いされて、そのあとこちらにもご招待されて。ああこれは、と、てっきりそう思っておりました」

「ああ、そんな事もあったっけ。でもあれもほんとに偶然。たまたま由利香の両親が連絡も入れずにいきなり帰ってきただけだもん。ちゃんと言わなかったから誤解させちゃったね。それに、僕は誰とも結婚なんてする気はないよ。生涯ね。九条はそんなこと考えてくれてたんだ。でもそれなら、僕よりも総一郎の心配をしてあげて」

「もちろん考えております。でも、伊織さまにも…」

 そう言って淋しそうに目を伏せる九条。


 百年人にとっては、結婚して子孫を残し、自分たちの情報を次の代に受け継いでもらうことが重要なんだもんね。けど僕はそれをする必要がない、だいいち出来ない。

 どうしようかなー。九条に本当の事は言えないし。仕事ばっかりで浮いた話のひとつもない僕をずいぶん心配してたんだろうな。

 そこへ由利香の登場だ。

 そう言えば由利香を僕のマンションへ泊めるって言ったとき、なんだか妙に興奮気味だったもんね。でも次の日の朝早くに家へ来てくれって言ったら、すごくびっくりして「それはあまりにも無粋では?」とか言うから、なんでかなーと思ってたんだ。その上由利香をゲストルームに泊めたと聞いて驚いてたし。


 そうかあ、そういう勘違いをしてたんだ。

 でも、九条も九条だよね。ゲストルームに泊めた段階で気づきそうなんだけど。僕はちょっとおかしくなって「ふふっ」と笑う。

「何がおかしいのですか?」

 九条はちょっとふくれて言う。

「あ、ごめんごめん。でもいつもの九条なら、由利香がゲストルームに泊まったんだよーってところで冷静に判断できたはずだと思ったからさ」

「それは…」

と、ちょっと口ごもりながら、

「正式に入籍されるまでは、あまりおおっぴらにしたくなかったのかと。伊織さまにしては奥ゆかしいと不思議ではありましたが、それよりも嬉しいという気持ちの方が勝ってしまいまして」


 僕にしては奥ゆかしいって…九条とはつきあい長いけど、いったい僕をどんなふうに思ってるの。ちょっと苦笑いして何も言わずにいると、九条ははぁーと盛大にため息をついた。

 あれ?珍しいな。こんなに感情をあらわにする九条は初めて見た。

「うちには子どもが三人おりますが、すべて女でして。ずっと息子がほしいと思っておりましたところに、伊織さまが十二代目を受け継がれて。ああっと、ですが…」

 ちょっと言葉を切って何度か躊躇したあと、とても言いづらそうに言った。

「はじめてお会いしたときに、うちの娘よりも娘らしいお顔立ちでしたので、私はてっきり伊織さまは女性だと思っておりました」

「ハハ…」

「そのあと自己紹介をされて男性だとわかったときは、たいそう嬉しくなったのを覚えております。しかも、そこいらの軟弱な男子などとは比べようもないほど男らしい方で」

「そうなの?自分では男らしいなんて一度も思ったことないよ?」

「いえいえ」

 九条は大げさに手を振って、否定しながら話を続ける。

「どんな事態にもどっしりと構えて対応なさる伊織さまには、毎回ほれぼれしております」

「へーえ」

 僕はニヤニヤと笑いながら九条の顔をのぞき込む。

「またそのように。茶化されては困ります。ですが、そうですか。私の早とちりでしたか」

 うんうん、早とちり。由利香とはずっと一緒にいたいけど、それだって夫婦とか恋人とかじゃなくて、可愛い弟として。とはいえ、僕の方がずーっと年上なんだけど。

 そんな話があったから、九条は『はるぶすと』行きを取りやめることにした。

 でも出発する当日まで「お気が変わって秋さまを連れ帰られても、少しも驚きませんので」などと言っていた。

 もう仕方ないから、由利香を連れて帰ってこようかなー、ふふふ。


 それから二週間ほどすぎたある日。

 いつもとおなじく、新幹線は定刻通りしずかに発車した。最初、中大路は総一郎と僕だけグリーン車に座らせて、自分は隣の普通車に乗るつもりだったみたい。けど、総一郎が怒って説得して、仕方なく中大路も通路をはさんだ向こう側の席に座っている。

「ほんまに、あんまり手間とらせんといてくれる?」

「もうしわけありません」

 珍しいな、総一郎がなんだかずいぶん怒ってる。

「ぼくはね、中大路。きみをただの使用人だなんて思った事は、いっぺんもあらへんで。あんたは、ぼくのパートナーであり、先生であり、大事な親友なんや」

 ああ、そうか。さっき中大路が、使用人はグリーンになど乗れませんと言ったんで、それを怒ってるんだね。中大路も誰かさんと同じく謙遜しすぎちゃったんだ。

「でもさー、今まででも仕事で遠出することいっぱいあったのに、なんでこんな行き違いが生まれるの?」

「ぼくは先代みたいにホイホイとグリーン車に乗ったりしませんので」

「うわっ嫌味ー」

「ていうか、まだちゃんと十三代目を継いでないので、そんな贅沢してたら、なに言われるかわかりませんやん。譲り受けたあとは、店の風格をおとさへんようにしますけど」

「わかったよ。さすがだね」

 僕は苦笑いしながら納得した。


 総一郎は今回の旅を本当に楽しみにしていたらしく、シュウと、あろうことか由利香の電話番号までちゃっかりと九条に聞いて、それぞれに連絡入れたんだって。ふたりとも、ものすごくびっくりしてたって、あたりまえだよ。でも、サプライズは僕の専売特許なのに。なんかすごーくやられたって感じ。

「ああ、でも秋さんって…ええっと、ぼくも由利香さんって呼んでええですか?」

「だーめ」

「ええー?先代あいかわらず意地悪やなあ。でも、えっへっへー。本人に了解とりましたから呼ばせて頂きますね~。由利香さんて、ほんまに感じのええお人ですなあ。先代のお眼鏡にかなうはずや」

「ふん、本人に聞いたら良いって言うに決まってるよ、ずるいぞー総一郎。でも由利香のこと気に入ってるはのあたりまえでしょ。僕は由利香に右ストレート食らわされそうになったくらいの仲なんだから」

「ええ?なんか変な仲」

「僕と由利香だからいいの」

 とても京都老舗の旦那どうしとは思えないような、子どもっぽいやり取りをする総一郎と僕を、やれやれって言う顔で中大路が見守る。

 これもいつものこと。そればかりじゃなく、中大路はタイミング良く熱い珈琲を買って来たり、ちょっとしたおやつを用意してくれたりする。だから道中は、ものすごく快適だった。


「今日はふたり分の世話だから、大変だったよね。ありがとう、中大路」

 新幹線から『はるぶすと』に向かう路線に行く途中で、僕は中大路にだけ聞こえるように、こっそりお礼を言った。中大路はそんなふうに言われると思っていなかったらしく「当然のことですから」とか言って目を伏せる。

 そのあと電車に乗って、しばらくは楽しそうに景色を眺めていた総一郎が、ふと思いついたように言った。

「でも、先代が電車で移動するなんて意外やなあ。てっきりハイヤーでビューンかと思ってました」

「この距離をタクシー使うの?いくら僕でも、そこまで贅沢しないよ。それに、駅からの景色がね、とーってもいいんだよ」

「へえー、それは楽しみですね」


 今日はさすがに駅にはお迎えもなく、僕はふたりを伴って並木道を歩いていく。まだ二回目だけど、さっき総一郎にも説明したとおり、この道って風が心地よくて気持ちいいんだよね。

 程なく『はるぶすと』が見えてきた。

 なんだかなつかしいな。

「着いたよ。さあー入って入って」

 僕はカランと扉を開けて、先に店へ入って行った。

「いらっしゃ…冬里!早かったのね!」

 由利香がそう言って嬉しそうにやってくる。そして、僕の後ろにいる総一郎に気づくと、

「あ…総一郎さん?ですよね?」

と、ファーストネームで呼ぶ。ええっ?ファーストネーム?でもご丁寧にさん付け。ふふん、まだまだ他人行儀だね。


「思ったより時間がかからなかったんだね、冬里。総一郎くんも遠いところ疲れたでしょう。どうぞそちらへ」

 そう言ってカウンターの椅子を勧めるシュウ。

「いらっしゃい!ふたりとも、って、え?ふたりだけ?」

 夏樹が言うので、総一郎と僕ははじめて中大路がいないのに気が付いた。すると、それを見計らったように扉が開く。

「あ、申し訳ありません。あんまり素敵な外観だったもので見とれてしまって。」

 ちょっと夢見心地の中大路が入って来る。すると、由利香と夏樹が申し合わせたように声を上げた。

「「ええー?」」

 中大路はそんなふたりに少し驚きはしたものの、静かに自己紹介した。

「はじめまして、中大路なかおおじ りんと申します」


「「中大路さんって、女の人だったのー?!」」






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

で!……このお話はこれで完結です。

ええーっ!?と思われますよね~、でも語り手が冬里なので、このくらいのサプライズはありかと(笑)

…本人曰く

「中大路が女の子だってわかったから、もう良いでしょ?」

とのことです。


続きは、責任感の強い鞍馬くんか、面倒見の良い樫村さんがそのうち語ってくれるかもしれません。どうかごゆっくりお待ちを。



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