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無能として婚約破棄された結晶術師は、隣国の冷徹な氷帝に「君の数式が欲しかった」と終身契約を求められる

作者: 夜乃 凛
掲載日:2026/06/13

「エレナ・ロスタム。お前との婚約を破棄する」


きらびやかな王宮の晩餐会。その中心で、第一王子エドワードの声が鼓膜を震わせた。

彼の傍らには、可憐に怯える男爵令嬢が寄り添っている。


エレナは、手に持っていたシャンパングラスの揺らぎを、ただ物理的な現象として見つめていた。

感情を動かすのはエネルギーの無駄だ。彼女の脳内は常に、この国の結界を維持するための魔術数式で占められている。


「お前はいつも無表情で、地味な石ばかりをいじっている。我が王家に相応しいのは、彼女のように周囲を癒やす光の魔術師だ。お前のような『無能な石ころ』は、今すぐこの国から出ていくがいい」


「分かりました」


エレナの淡々とした返答に、周囲の貴族たちは呆気に取られた。泣き崩れることも、縋り付くこともしない。

彼女にとって、この婚約は王命という名の「最適化されたタスク」に過ぎなかったからだ。


「エレナ、後悔しても遅いからな!」


エドワードの勝ち誇った声を背に、エレナは夜会を後にした。

彼らは気づいていない。エレナが「いじっていた地味な石」とは、国境に張り巡らされた古代結界の負荷を分散するための『魔術結晶』であり、彼女が毎晩その配列(数式)を書き換えていたからこそ、この国は魔獣の襲撃から守られていたという事実に。


エレナがその管理権限アクセスキーを手放した瞬間、カウントダウンは始まった。


王都の外れ、冷たい雨の降る馬車乗り場で、エレナは一人の男と対峙していた。


漆黒の外套を纏い、夜の闇さえもひざまずかせるような圧倒的な存在感。

隣国であるガルダ帝国の皇帝、アルベルト・フォン・ガルダ。冷徹無比と恐れられ、戦場では氷の魔術で敵を塵に還す、生ける神話。


「見つけたよ、我が国の境界線を静かに書き換えていた、美しき魔術の支配者」


アルベルトの瞳は、森博嗣の小説に登場する天才のように、冷たく、そして全てを見透かすように澄んでいた。


「……私の結晶術に気づいていたのですか、ガルダの皇帝陛下」

「気づかないはずがない。君がロスタム王国側の結界の数式をミリ単位で微調整するたび、我が国の魔力伝導率までが完璧に調和していった。私はその美しさに、狂おしいほどの歓喜を覚えた。それを統べていたのが、こんなに華奢な少女だったとはね」


アルベルトはエレナの前に片膝を突き、ガラス細工を扱うように彼女の手を取った。


「あの愚かな王子は、君を『石ころ』と呼んだそうだ。だが、君の手は世界で最も高価値な演算機だ。エレナ、我が帝国へおいで。君に、国家予算の半分と、私の生涯を賭けた魔術研究の全てを委ねる。いや――」


彼の声音に、夜乃凛の描く勇者のような、狂気にも似た強い執着が混じる。


「君という存在そのものを、私の宮殿に永久に閉じ込めたい」


「私の数式は、コストがかかりますよ」

エレナが静かに告げると、氷の皇帝は初めて子供のように艶やかに笑った。


「望むところだ。君の紡ぐ論理になら、私の命さえも支払おう」


それからわずか三日後。

ロスタム王国は、文字通りの「崩壊」を迎えていた。


エレナという唯一のシステム管理者を失った古代結界は、エドワード王子の無計画な魔力注入によって許容量キャパシティを超え、大爆発を起こして消失した。

防壁を失った王都には魔獣が押し寄せ、無能を露呈したエドワードは王位継承権を剥奪され、鉱山へと送られた。彼が愛した「光の魔術師」の令嬢は、最初の魔力逆流の恐怖で真っ先に逃げ出したという。


一方、ガルダ帝国の最深部。

白銀の結晶で満たされた美しい回廊で、エレナはかつてないほどの最高効率で魔術式を組み立てていた。


「エレナ。少し休憩をしよう。君の脳細胞が加熱しすぎるのは、我が国にとって最大の損失だ」


背後から、アルベルトの逞しい腕がエレナの身体を抱きしめる。彼の低い声が耳元で囁かれ、その体温が、感情を忘れていたはずのエレナの肌をじわりと溶かしていく。


「アルベルト様、私はまだ計算の途中――」

「だめだ。これ以上の演算は、私の許可なくしては許さない」


彼はエレナの指先に口づけを落とし、その瞳に底なしの愛欲と独占欲を滲ませた。


「君のすべての数式は、今や私のものだ。そして、君のその冷たい唇を揺らす言葉も、すべて私だけのものだ。分かっているね?」


逃れられない氷の檻。けれど、それはエレナにとって、世界で最も優しく、最も安定した「絶対的な安住の地」だった。


「――はい。私のすべてを、あなたに委ねます」


不条理な世界を捨て去った天才結晶術師は、今、世界で最も冷徹で一途な男の腕の中で、永遠の溺愛という名の数式に囚われている。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

エレナの数式によるざまぁと、アルベルト陛下の執着溺愛を楽しんでいただけたでしょうか?

愚かな王子が自業自得で身を滅ぼすシンメトリーな因果応報は、書いていてとてもスッキリしました。


もし「エレナが報われて良かった!」「氷帝の独占欲が最高だった」「エドワードの自業自得ぶりにスカッとした!」と少しでも思っていただけましたら、ページ下部にある【広告の下の☆☆☆☆☆】を、★★★★★(5つ星)に染めて応援していただけると、執筆の大きな励みになります!


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