パークライフ 自粛と狂騒の狭間
晩秋の昼下がり、俺は神谷公園のベンチに憂鬱な気分で座り込んでいた。仕事中だ。それも休日出勤。休日にわざわざスーツを着て、ここのベンチに座るのが俺の仕事なんだ。噴水から少し離れた場所に位置するこのベンチに座りながら、くすの木広場に組まれた特設ステージを遠目で眺める。ステージ上では見たことも聞いたこともないアイドルが懸命に踊り、それを囲うようにオタクたちが熱狂的な奇声をあげていた。俺はアイドルなんて知らないし興味も何も無い。苦痛。苦痛だ。だがあと数時間はここにいなければならない。それが仕事だから。
酒を飲んで酔っ払ったオタクが街路灯の柱に登り始めた。公園の警備員がそれを止めに入る。揉めている。やがて警察が到着し、どこかへ行ってしまった。メモを取る手を止め、再びステージの方を見る。ものすごい人だかりだ。今は新型コロナウイルス真っ盛りなので人数制限して感染症対策を徹底するというタテマエになっている。だが、この半狂乱のバーサーカー達を止めることは不可能だ。それを止める役割は誰なのかといえば、最終的には俺になるのであろう。でも俺はそんなことはしない。あの渦の中に入ったらそれこそ俺もゾンビになってしまうだろう。
何時間ベンチに座り続けただろうか。辺りは薄暗くなってきた。携帯の時計を見る。もう夕方5時近くなっていた。不快な音を浴び続けた上、固いベンチに座り続けた結果、体中バキバキになっていた。骨が軋む感覚に嫌気がさした。噴水の周りの即席テーブルは大盛況で酒を飲み、大声で叫び、皆楽しそうにしている。テーブルには申し訳程度に「一席ずつ感覚をあけてください」「ソーシャルディスタンス」などのテプラが貼ってあるが誰も気にしてなんかいない。俺は比較的マシなテーブルの写真を撮った。
夜も深まってきた。いきなり大きな歓声が噴水前から上がった。人が殺到する。もみくちゃ状態。アナウンスが流れた。どうも某有名歌手のシークレットライブが始まるらしい。「あちゃー」俺は頭を抱えた。こんなプログラムは聞いてない。明日は大目玉だ。「俺は悪くない俺は悪くない」とつぶやきながら写真を撮った。
帰り際、主催者に一言文句を言ってやろうと主催者テントに向かった。一応、指導したという実績を作るためだ。が、主催者の斉藤はいなかった。別の会場に行っているようだ。そこにいた現場責任者は本当に名ばかり責任者で、ただのバイト。何を言っても暖簾に腕押し。疲れ果てた俺はそのまま日比谷線に乗って帰路についた。
翌日9時に出勤すると課長の古谷が鬼の形相で俺を睨みつけた。
「お前、知事の意向をちゃんと主催者に伝えていたのかよ!ちゃんと指導していたのかよ!」
俺は適当に当たり障りのない報告書を書いて提出しようと考えていたのであるが、SNSがそれを許さなかった。
オタクが電柱に登っていたこと、すし詰め状態の会場、シークレットライブ・・それらは全てツイッターの動画付きて拡散されていた。課のメールアドレスも苦情でパンパンだ。なんでこんなイベントを公園でやってんだ!この戦時下にアイドルとは何事だ!コロナ感染拡大は神谷公園のせいだ!この人殺しが!
とりあえず報告書を書いて、主催者から顛末書と再発防止の徹底を至急依頼する。すぐに釈明に来るよう言明する。本庁からもヒステリックな、何を言っているのかわからない電話が矢継ぎ早にかかってくる。本庁内で、知事に忖度した局長に忖度した部長に忖度した課長に忖度した係長が壊れたくるみ割り人形みたいになっているのだろう。古谷は主催者のバックについてる議員先生様とLINE交換して仲良くしているくせに、何もしない。
俺はソラナックス二錠を服用し、心を殺しながらとりあえず目の前にあることだけを処理すると決めた。
そもそも公の施設である公園でこんな狂ったイベントがなんでできるんだ、という苦情は特によく来る。そりゃそうだ。コロナ禍で、ましてや知事自身が騒ぐな路上飲みするなと言ってるのに、公営の公園でこんなことができるのは頭が狂ってるとしか思えない。だがそこにはカラクリというか、制度を突いた構造的欠陥がある。大前提として公園はみんなのもの、公共の空間なのだから、公共的イベントしか許可がされない。だが公共的イベントの定義が難しい。そこで、国又は地方公共団体の後援がある場合、かつ収入ー経費が0であるイベントは公共目的である、としている。まず、収益ー経費が0というのは正直言って主催者が持ってきた収支計画書を見るしかない。我々は税務署でもないのだから実際の金の動きなど把握できるはずがない。だから適当に作った収支計画書でも収益0とみなさざるを得ないのだ。次に、これが最大の構造的問題であるのだが、後援の取得である。役所にうちのイベントの後援になってくれ、というとハードルが高いと思われるがそれが全然高くない。なぜか。政治家を使えば一発だからだ。それっぽい企画書作って議員を同席させれば木端役人は平身低頭で後援を出す。しかもどんな田舎の小さな役所でも良い。収益0、役所の後援もついている。そうなってくると許可権者の俺も許可を出さないわけには行かない。それが形式主義の行政手続法の手続きというわけだ。
公共施設だから都心の一等地にも関わらず土地の使用料もバカ安である。近くのライブハウスが一日100万で場所貸しているのにその何倍もの面積を使って週末連続開催で30万もいかない。また使用に関して管理者がうるさいことを言ってきたら議員使って脅しをかければよい。顧問になった議員先生様も主催者から潤沢なキックバックを受けることができる。
話は戻って狂ったイベントである。現在進行形で知事がご立腹である(と忖度されている)。しかしイベントの方はイベントの方で議員先生様がバックについている。議員先生様に苦言を言えるやつはどんなに上に行ってもいない。知事と議員先生様どっちを取るか、と言われればそれは最終上司である知事になるが、議員先生様は議員先生で圧力をかけてくるし、下にだけにしか強くない管理職連中は戦えない。古谷なんかは典型的だ。議員先生へーこら仲良しゴマを擦って、プライベートの付き合いもあるという噂だ。現場には矛盾が溜まりに溜まって爆発寸前である。
俺は、小西行長のごとく、現場で勝手にまとめることにした。バレたら秀吉に怒られることが目に見えているが、嘘の報告をした。すなわち、イベンターが持ってきた顛末書をうまく改竄した。次回は許可しない、議員先生様もご理解済み、として上奏した。形式主義の行政手続法において許可しないなんてことはあり得ないのであるが、アホな忖度マン達は馬鹿なのでそのまま溜飲を下げていった。
イベンターは儲かってwin、議員先生も儲かってwin、忖度マン達は忖度できてwin、知事も勝ったと思いこんでwin
定額使い放題のサブスク職員の俺だけがlose
はぁ今週が終わった。また次の週末が恐ろしい足音を立てながらやってくる。
死にたいよ。




