第6話 今日はお別れ
「じゃあこれ、貸すから。読み終わったら返してくれ」
「うん! マジでありがとう!」
レジで会計を終えた俺たちは、本屋のあるビルを出て駅に向かって歩いている。例の漫画本を手渡してやると、陽葵は大事そうに鞄にしまっていた。
「俺は地下鉄で帰るけど、そっちは?」
「あたしは電車!」
「そうか」
地下鉄だって電車だろ、とツッコミたくなるのは理系の悪い癖だな。要するにJR線で帰ると言いたいのだろう。
「ねえねえっ」
「なんだ?」
「潤くんって、いつもあの喫茶店にいるのっ?」
横からのぞき込むようにして、陽葵が尋ねてきた。一昨日から三日も続けてコイツと遭遇したわけだが、別に示し合わせたわけじゃないからな。俺がいつ店にいるのか知りたいのだろう。
「放課後はほとんど毎日行ってるかな。たまに部活に顔出してるから、そういう日はいないけど」
「えっ、何部なの!?」
「囲碁部だよ。籍だけ置いてる感じ」
「へー、なんかイメージ通りかも!」
「い、イメージ通り?」
誉め言葉なのか悪口なのか微妙なラインだな……。賢いと思われているのか、じじくさいとでも思われているのか。別にそんなことはどうでもいいが。
「じゃあじゃあっ、とりあえずあの店に行けば会えるって感じ?」
「まあな。言っておくけど、毎回教えるとは限らねえからな」
「いやっ、マジで教えてくれるだけで感謝だから! 本当に!」
陽葵はペコペコと頭を下げていた。店にいるスケジュールまで聞きだしてくるんだから、本気で俺に教わるつもりなんだな。なんだか責任重大な気がしてきた。
「ん」
ふと前を向くと、地下鉄駅の入り口が近づいてきていた。コイツとはこのあたりでお別れだな。
「じゃあ俺、地下鉄だから。またな」
俺は軽く手を振って、入り口の方へと足を向けた。そのまま階段を降りようとしたところ――
「潤くん待って!!」
「ぐえええっ!?」
首根っこを掴まれた!! なんだこのギャル!? どんな力してんだ!?
「きゅ、急に何すんだよ!?」
「スマホ!!」
「はっ?」
「連絡先! あたしと交換してくれないっ?」
「れ、連絡先……?」
陽葵はスマホを掲げ、俺に向かって突き付けている。
「別にいらないだろ、店で会えばいいんだから」
「そーいうことじゃないし! さっき言ってくれたじゃん!」
「なんの話だよ」
首を傾げていると、陽葵は不満そうにふくれっ面を見せた。そして大きく息を吸って、口を開く。
「友達でしょ! あたしと潤くん!」
「!」
その言葉にハッとさせられる。陽葵にとって、既に俺は大切な友人というわけなんだな。だから連絡先を交換するのも当たり前だ……と、言いたいわけか。
「悪かった。そうだな」
「そうだよ! えっと……何のアプリやってる?」
「電話だけ」
「嘘!?」
「嘘だよ」
「マジ顔で言わないでよ!」
などと言いつつも、陽葵は自分のスマホをてきぱきと操作していた。変なキラキラSNSだったらまずいなと思ったけど、どうやら標準的なメッセージアプリでいいらしい。助かった。
「じゃあさ、あたしのQR読み取ってくれない?」
「ああ」
言われるがまま、俺はカメラアプリを起動する。しかし、表示されたQRコードを読み取ろうとした瞬間――陽葵がスマホを取り下げた。
「あっ、ごめんちょっと待って!! ちょっと、ちょ~~っと待ってくんない?」
「えっ? ああ、いいけど」
「ごめんっ、すぐ終わるから……」
陽葵は素早くスマホの画面をタップしている。何か見られたらまずいものでもあったんだろうか? 別に、ただ連絡先を交換するだけならそんなに問題はないと思うのだが……。
「お待たせ」
「はいよ」
今度こそQRを読み取ると、スマホの画面にパッとプロフィールが表示された。アカウント名は「岩泉陽葵」……本名か。アイコン画像もどこかの風景写真だし、金髪ギャルらしからぬ佇まいだな。
「陽葵の方は?」
「えっと……この『神宮寺潤』ってアカウントだよね?」
「ああ」
「ありがと。登録しておくね」
そう言うが早いか、さっそく陽葵がスタンプを送ってきた。デフォルトで付属しているやつだな、これ。コイツ、意外とスマホ関係には興味が薄いのかもしれないな。
「もういいだろ。俺は帰るからな」
「あっ……」
「ん?」
今度こそ帰ろうとしたのだが、陽葵の声に呼び止められてしまった。乱暴に引き止めてきたさっきとは違い、何か言いよどむように口をもごもごと動かしている。ちょっと様子が変だな。
「……どうした?」
「あのさ。潤くんが話してた、北上って子のことなんだけど」
「えっ?」
あまりに唐突な話題変換に、素っ頓狂な声をあげてしまう。なんだ急に? どうして今そんなことを聞いてきたんだ?
「北上がどうかしたのか?」
「その子って……潤くんにとってどんな人なの?」
「どんな人って……」
いつもの明るさが消え、陽葵は俯くようにして言葉を紡いでいる。きのう北上の話題を出したときも、こんな感じの妙な態度だったような。……何か知っているのか?
「北上のことを知っているのか?」
「答えて。どんな人なの?」
「……陽葵?」
ただならぬ雰囲気に、こちらが気圧されてしまいそうになる。だけど……コイツにするような話じゃないしな。
「じょ、情報を知りたいだけなんだ。それ以上は特にないよ」
「ふ~ん、そっか……。ごめん、引き止めちゃって」
「いや、別にいいけど……。じゃあな、帰るよ」
「うん、気をつけてね」
俺が駅に向かって歩き始めると、陽葵は微かに笑みを浮かべて小さく手を振ってくれた。少し引っかかるけど……アイツは岩泉陽葵であって、北上の娘じゃないし。たぶん何かの勘違いだろう。
スマホをポケットにしまいながら、地下への階段を降りていったのだった。




