第4話 寒い道中
すでに時刻は十九時をまわっており、喫茶店の外は冬のように寒い。桜も咲き始めているというのに、大通りを行き交う人々の多くは厚いコートを羽織っていた。
「ひ~、さむっ! ちょっ、潤くん助けて!」
そして、生足を晒して俺の隣を歩いているギャルは――案の定、寒さに悲鳴をあげている。しかも上着すら持っていないようで、両腕を抱えて身を震わせていた。
「天気予報、見なかったのか? 夜は冷えるって言ってたぞ」
「朝そんな時間ないし! 髪もセットしないとだし、あと……」
「まあ、本屋まで我慢するんだな」
「マジ寒い! 冬! 温泉入りたい!」
陽葵はぎゃあぎゃあと騒いでいた。おしゃれは我慢、とはよく言ったものだな。
「さむさむさむ……」
両手で口元を覆い、はあと息を吐く陽葵。しかし、こうして横並びで歩いてみると……意外と背が高いな。女子の平均よりは大きい気がする。
「ん、なに?」
「いや、別に。生足で寒そうだなって」
「ちょっ、見んなし!」
「ならスカート短くすんなよ。ジャージのズボンでも履いとけ」
「中学生じゃんそれ!?」
ついこの間まで中学生だっただろうが、なんて思ったりして。もっとも、背が高いのでどちらかといえば大人びている印象ではある。
「ひ~っ!」
強い風が吹き、陽葵はスカートを抑えつつ身を縮こまらせた。気の毒だとは思うが、あいにく貸し出せるような防寒具は持ち合わせていない。上着を着せてやるほどの関係値でもないしな――
「つめたっ!?」
「あはっ、良い反応するじゃん!」
首の後ろに冷たい感触があり、素っ頓狂な声をあげてしまった。右を向いてみると、陽葵が手を掲げていたずらっぽくニヒヒと笑っている。やっぱり中学生みたいだな……。
「なに、手?」
「そう! あたしマジ冷え性だから!」
「雪女かと思ったわ」
「なに? 色白で綺麗ってこと?」
「勝手に言ってろ」
ニヤニヤと腹立たしい表情を浮かべている陽葵をあしらい、再び前を向いて歩く。別にコイツを気遣う義理はないのだが、ここまで凍えている人間を放っておくのも気分が悪い。何か出来ないか……。
「ん」
その時、向こうの方から男女のカップルが歩いてくるのが見えた。二人ともしっかり上着を羽織っているうえに、親しげに手まで繋いでいる。
「……」
陽葵は黙ったまま、すれ違う二人組のことを意味ありげに眺めていた。妙なことを考えてるんじゃないだろうな。いくらコイツでも、流石に――
「えいっ!」
「!?」
次の瞬間、陽葵が両手で俺の右手を掴もうとしてきた。俺が慌てて避けると、陽葵はその勢いで前のめりになり……転びそうになっていた。
「ちょっ、なんで避けるの!」
「当たり前だろ。手なんか繋いでどうすんだよ」
「だって冷たいんだもん! いーじゃん、ちょっとくらい!」
「いいから、大人しく我慢しとけ」
「むー、ひっどー……」
ギャルという生き物が何を考えているのか、本当に分からなくなってきた。距離の詰め方が異常というか、何も気にしていないというか。コイツは何も思わないんだろうか?
「あ~、潤くんがひどいことするからマジで寒い!」
「俺のせいにするんじゃねえよ」
「もー、なんで駄目なの!?」
「逆に陽葵はなんでいいんだよ。普通は寒いからって手なんか繋がねえよ」
「えー? 友達ならいいじゃん!」
「友達になった記憶なんかねえって」
「呼び捨てしてくれるならもう友達っしょ!」
「総理大臣だって呼び捨てするだろ」
「じゃあ総理も友達!!」
どこまでポジティブの化身なんだ、この金髪ギャル。さっきはついついオッケーしてしまったけど、やっぱり一緒に本屋なんてやめておけばよかったな。さっきから受け答えが面倒で仕方が――
「隙ありっ!」
ない、などと思った瞬間だった。右手に柔らかな素肌が触れたかと思えば、あっという間に掴まれてしまう。
「お前っ、本当に――」
「冷たっ!?」
「……はっ?」
俺の手を掴んだ陽葵の顔は――驚きに満ちていた。目を丸くして立ち止まり、唖然として手を見つめている。
「ちょっ、潤くんの方こそ雪男じゃん! 何これ!? 氷入れてる!?」
「入れてねえよ。俺も冷え性なだけだ」
「えー、マジ……?」
「だから言ったろ。繋いだって仕方ねえんだよ」
「……」
陽葵はじっと俺の手を見つめて何かを考えていた。路上で立ち尽くす俺たちの間を、強い風が吹き抜けていく。
「おい、さっさと行くぞ」
「……潤くん、ちょっとポケット貸してっ」
「?」
言葉の意味を理解できないでいると、陽葵は手を掴んだまま……俺の上着のポケットに自分の手を突っ込んだ。それと同時に身体同士が密着するような恰好になり、陽葵の体温が直に伝わってくる。
「あ~、温かい!」
「ちょっ……何すんだよ!?」
「いーじゃん、潤くんも寒くないっしょ?」
ポケットの中で、陽葵は俺の右手を温めてくれた。両手で優しく包み込み、撫でるように。振り払おうとしたけれど、その心地よさに抗えず……俺は何も出来なかった。
「……なあ」
「なに?」
「お前、普段からこうなの?」
「こうって?」
「……いや、なんでもない」
この間まで中学生だった新入生に、ただされるがままの自分が情けない。ただ勉強を教えるだけだと思っていたのに……本当に面倒なギャルに絡まれたもんだな。
「ほら、行くぞ。放せよ」
「えー、せっかく温まってきたのに」
「このままじゃ歩けねえだろうが」
陽葵の手を優しく振りほどき、前に向かって歩きだす。ほんの少しだけ……いつもより指先に血が通っているような気がした。




