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第4話:Sランク失格の烙印

 王都アルカディア。

 その中心街にある冒険者ギルド『金獅子のたてがみ』本部は、いつものように活気に満ち溢れていた。


 昼下がりの酒場スペースでは、クエストを終えた冒険者たちがエールを掲げ、受付カウンターでは職員たちが羊皮紙の山と格闘している。

 天井の高いホールには、無数の喧騒と、焼けた肉の匂い、そして安い酒の香りが充満し、一種独特の熱気を形成していた。


 そんな日常が、突如として破られた。


 バンッ!!


 入り口の重厚な両開き扉が、乱暴に押し開けられる。

 蝶番が悲鳴を上げ、その音に驚いた冒険者たちが一斉に視線を向けた。


 そこに立っていたのは、二つの人影だった。

 いや、立っていると言うのも憚られるような、ボロボロの物体がそこにあった。


「ひぃ、はぁ……ッ、誰か、手を……貸して……!」


 悲痛な叫び声を上げたのは、杖を松葉杖代わりにした魔法使いの少女だった。

 かつて愛らしいと評判だった金髪は、煤と泥で固まり、高級なシルクのローブはあちこちが焦げ落ちて、肌が露わになっている。


 そして、彼女の肩にのしかかるように引きずられている大男。

 黄金のフルプレートアーマーは見る影もなく黒ずみ、右足は不自然な方向に曲がっている。

 顔面は鼻水と涙、そして乾いた血でコーティングされ、口からは泡を吹いていた。


「い、医者……ポーション……痛い、痛いんだよぉ……ッ!」


 Sランクパーティ『暁の光』のリーダー、勇者カイル。

 そして、魔法使いのリナ。

 王都でも指折りの実力者と謳われた二人の、あまりに無残な帰還だった。


 ギルド内が、水を打ったように静まり返る。

 誰もが言葉を失い、その異様な光景に釘付けになった。

 だが、その沈黙を破ったのは、心配の声ではなかった。


「おい……あれ、カイルだよな?」

「マジかよ。ドラゴンと戦ってああなったのか?」

「いや、見ろよあの足。……あれ、打撲痕だぞ。それも、刃物じゃなくて鈍器だ」

「鎧の焦げ跡も変だぞ。背中から爆発を受けてる。……まさか、同士討ちか?」


 歴戦の冒険者たちの目は誤魔化せない。

 彼らの傷が、誇り高い激戦の勲章ではなく、未熟さと不注意による自滅の結果であることを、瞬時に見抜いていたのだ。


 ざわめきが、嘲笑の色を帯びて広がり始める。


「Sランクが、まさか雑魚相手にヘマしたのか?」

「カイルの奴、いつも『俺は無敵だ』ってイキってたのにな」

「見ろよ、あのみっともない泣き顔。ママにおっぱいでもねだる赤ん坊みたいだぜ」


 ヒソヒソという囁き声が、カイルの耳にも届いたのだろう。

 彼は虚ろな目で周囲を睨みつけようとしたが、激痛に顔を歪めるだけで、威圧感など欠片もなかった。


「う、うるせえ……ッ! 俺たちは、ドラゴンを倒したんだ……! これは、その時の……!」

「はいはい、わかったから。とにかく受付に行きなよ。臭いんだよ、焦げ臭さがさ」


 中堅の剣士が、鼻をつまみながら冷たく言い放つ。

 カイルは屈辱に唇を噛み切りそうになりながら、リナに支えられてカウンターへと足を引きずった。


          ◇


 一方、その喧騒から少し離れた「素材買取カウンター」。

 そこには、周囲の騒ぎなど我関せずといった様子で、淡々と手続きを進める青年の姿があった。


「――以上、マッド・ゴブリンの魔石が一つ。それと、討伐部位としての右耳です」


 クロトは、血を拭き取った綺麗な魔石と、切断された耳をトレイに置いた。

 対面する受付嬢、ミリアが鑑定用のモノクルを覗き込む。


「はい、確認いたしますね。……あら?」


 ミリアが感嘆の声を上げた。


「これ、すごいですね。魔石に傷ひとつありません。急所を一撃で、それも魔力回路を避けて絶命させています。マッド・ゴブリンは動きが不規則で、熟練者でも魔石を傷つけずに倒すのは難しいんですが」


「運が良かっただけですよ。相手が油断していたので」


 クロトは謙遜して見せるが、ミリアの目はプロフェッショナルへの敬意に変わっていた。

 レベル1の荷物持ち。

 ギルド内では「カイルの腰巾着」と陰口を叩かれていた青年が、ソロで、しかもこれほど美しい仕事をしてのけたのだ。


「部位破壊ボーナスを含めて、銀貨五枚になります。……クロトさん、もしかして今まで、実力を隠していらっしゃいました?」

「まさか。生き残るのに必死なだけです」


 クロトは静かに笑い、硬貨を受け取った。

 銀貨五枚。

 カイルたちと山分けしていた時の報酬に比べれば、微々たる額だ。

 だが、その重みは違った。

 自分の力で稼ぎ、誰にも搾取されない、純粋な対価。


 チャリン、とポケットに硬貨をしまった時だった。


「お、おい……! そこにいるのは、クロトか……!?」


 背後から、怨嗟のこもったしゃがれ声が聞こえた。

 振り返るまでもない。

 腐臭と、焦げたタンパク質の臭いが漂ってくる。


 クロトはゆっくりと振り返る。

 そこには、受付カウンターに縋り付くようにしてこちらを睨む、カイルとリナの姿があった。


「奇遇だな。随分と派手な格好だが、新しいファッションか?」


 クロトの皮肉に、カイルの顔が赤黒く染まる。

 

「ふ、ふざけんな……ッ! お前、俺たちに何をしやがった!?」

「何のことだ?」

「とぼけんじゃねえ! お前がいなくなってから、何もかもがおかしいんだよ! 剣は重いし、魔法は暴発するし、ゴブリンごときに……ッ!」


 カイルが大声で喚き散らす。

 その言葉を聞いて、周囲の冒険者たちが顔を見合わせた。


「おい聞いたか? ゴブリンにやられたってよ」

「Sランクがゴブリンに? マジで?」

「剣が重いってなんだよ。筋力低下のデバフでも食らったのか?」


 嘲笑の輪が広がる中、クロトは表情一つ変えずにカイルを見据えた。


「カイル。君は勘違いをしている」

「ああん!?」

「僕が何かをしたんじゃない。僕が『何もしなくなった』だけだ」


 クロトは一歩、彼らに近づく。

 ボロボロの勇者と、質素だが背筋の伸びた荷物持ち。

 その対比はあまりに残酷だった。


「君たちが感じている重さも、痛みも、恐怖も。それは呪いでもデバフでもない。この世界の、当たり前の『物理法則』だ」

「ぶ、物理……法則……?」

「そうだ。今までは僕が、君たちの代わりにその負荷を背負っていた。君たちが気持ちよく剣を振り、魔法を撃てるように、僕が泥を被っていたんだ」


 クロトは冷ややかな目で、リナを見た。

 彼女はクロトと目が合った瞬間、ひっ、と息を呑んで視線を逸らした。


「リナ。君は魔法を撃つ時、前衛の位置を確認したことがあるか? 射線管理をしたことがあるか?」

「そ、それは……だって、当たらなかったし……」

「当たらなかったんじゃない。僕が軌道を曲げていたんだ。……カイル、君はどうだ? 自分の剣の重量を把握して振っていたか? 足場の悪さを計算に入れていたか?」

「う、うるせえ! 俺は勇者だぞ! そんな細かいこと、知ったことか!」


 カイルの反論は、あまりに幼稚で、そして周囲の失笑を買うには十分だった。

 ここにいる冒険者たちは皆、自分の命を賭けてダンジョンに潜っている。

 重さを知り、痛みを知り、それでも足掻いているプロたちだ。

 カイルの言葉は、彼らへの侮辱に等しかった。


「……底が見えたな」


 誰かが呟いた。

 それは、Sランクパーティ『暁の光』への死刑宣告だった。


「クロトさん、どうぞ。次の方の迷惑になりますので」


 受付嬢のミリアが、冷ややかな声でカイルたちを制し、クロトに道を促した。

 ギルド職員として中立を保ってはいるが、その目にはカイルたちへの軽蔑がありありと浮かんでいる。


「待て! 待てよクロト! 俺が悪かった、金ならやる! だから戻ってこいよ!」

「そうだよクロト! 私たちがいないと、あなただって困るでしょ!?」


 背後から、恥も外聞もない懇願が聞こえる。

 だが、クロトは足を止めなかった。


「断る。僕は今、レベル2になったばかりでね。君たちの介護をしている暇はないんだ」


 ギルドの扉を開ける。

 外の光が眩しい。

 背後で、カイルが崩れ落ちる音と、リナの泣き叫ぶ声が聞こえたが、それはギルドの喧騒にかき消されていった。


 クロトは空を見上げる。

 王都の空は青く、どこまでも高かった。


「……さて、次は装備を整えないとな」


 懐の銀貨を握りしめる。

 たった五枚。

 だが、これは未来への切符だ。

 クロトは雑踏の中へと消えていく。

 その背中は、以前よりも一回り大きく、そして力強く見えた。


 一方、ギルドに残されたカイルたちの前には、冷酷な顔をした受付嬢が書類を突きつけていた。


「カイル様。今回のクエスト失敗に伴う違約金と、救助要請費用、それと……ギルド設備の汚損清掃費。締めて金貨三十枚になります」

「は……? さ、三十……?」

「お支払いが確認できない場合、装備品の差し押さえ、ならびにランク降格処分となりますので、あしからず」


 絶望は、まだ始まったばかりだった。


一旦ここまでが、短編でざっくり書いた内容になります!

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