第13話:禁忌起動
ギギギ、ガシャンッ!
耳障りな駆動音と共に、古代の殺戮者が覚醒した。
瓦礫を突き破り、鈍い銀色に輝く巨体が立ち上がる。
6本の脚を持つ多脚戦車のような下半身。
上半身には、無数のレンズが埋め込まれた異形の頭部と、処刑人の断頭台を思わせる巨大な大剣を装備した2本の腕。
全長8メートル。
アイス・ゴレムなど比較にならない、純粋な殺意の塊だ。
『侵入者検知。排除モード、起動』
無機質な機械音声がドーム内に響く。
頭部のレンズ群が一斉に赤く発光し、セレスティアとクロトを捕捉した。
「来るぞッ!」
クロトの警告が間に合うかどうか、という刹那だった。
巨体が消失した。
いや、速すぎるのだ。
あの鋼鉄の塊が、質量を無視したかのような爆発的な加速で間合いを詰めてくる。
「チッ、速い!」
セレスティアが即座に反応し、レイピアで迎撃体勢を取る。
彼女の動体視力は人外の域にある。敵の動きは見えている。
だが、物理的な質量差はどうしようもない。
振り下ろされた鋼鉄の大剣は、風圧だけで人を圧死させるほどの運動エネルギーを纏っていた。
細剣で受け止められるものではない。
ガギィィィンッ!
金属音が炸裂し、セレスティアの体が砲弾のように吹き飛ばされた。
受け流そうとしたレイピアが限界まで湾曲し、衝撃が彼女の腕を、肩を、全身を貫く。
「ぐ、ぅぅ……ッ! 重い、な……!」
セレスティアが壁に激突し、苦悶の声を漏らして崩れ落ちる。
口の端から鮮血が流れる。
一撃。
たった一撃で、この国の最強戦力である彼女が行動不能に追い込まれた。
「殿下!」
クロトが駆け寄ろうとするが、古代兵器の演算回路は冷徹だった。
脅威度の高いセレスティアを無力化した今、標的は残る「雑魚」へと移行する。
赤いレンズがクロトを捉える。
『対象、非戦闘員と推定。排除開始』
古代兵器が旋回する。
その動作に予備動作はない。
無造作に、虫を払うような動作で裏拳を放ってきた。
だが、その裏拳ですら、直撃すれば人体など赤い霧になって消し飛ぶ威力だ。
(……見える!)
クロトの脳内で、死のカウントダウンが始まる。
軌道は水平。速度は秒速40メートル。
回避ルート、前方スライディングのみ。
クロトは身を低くし、鋼鉄の腕の下を滑り込んだ。
頭上数センチを死の突風が通り過ぎていく。
髪の毛が数本、風圧で引きちぎられた。
回避成功。
だが、それは死を数秒先延ばしにしたに過ぎない。
手持ちのショートソードでは、あの装甲に傷一つつかない。
手元にある爆裂薬も、この密閉空間で使えば自分たちが爆発に巻き込まれて死ぬ。
詰んでいる。
物理法則の上では、どうあがいても勝てない。
『対象、生存。再攻撃』
古代兵器は感情を持たない。
即座に追撃が来る。
6本の脚が床を踏み砕き、クロトを壁際へと追い詰める。
逃げ場はない。
目の前で、鋼鉄の大剣が高々と振り上げられた。
「クロトッ! 避けろぉッ!」
セレスティアが叫び、瓦礫を蹴って飛び出す。
間に合わない。
彼女の速度でも、物理的に到達できない距離だ。
終わった。
スローモーションのように流れる時間の中で、クロトは振り下ろされる刃を見上げていた。
勝てない。
この世界の「現実」では、弱者は強者に蹂躙されるのが理だ。
レベル5の荷物持ちが、古代兵器に勝つ道理などどこにもない。
――ならば。
理そのものを、書き換えるしかない。
クロトは、脳内の奥底に封印していた「スイッチ」に手をかけた。
それは、カイルたちと決別した日に捨てたはずの力。
そして、今はもうタダでは使えない力。
自身の経験値、生命力、未来への可能性。
それら全てを燃料として燃やし尽くす、禁断のシステム。
(……代償は払う。3000匹分の経験値、全部くれてやる)
クロトは虚空を睨みつけた。
赤い瞳のシステムウィンドウが、脳裏に展開される。
『警告:固有スキル【チュートリアル管理】の再起動を検知』
『コスト算出中……承認』
『対象を選択してください』
クロトは叫んだ。
喉が裂けんばかりの咆哮。
「対象、自分! およびセレスティア! モード・起動!」
――ピィィィンッ!
世界の色が変わった。
クロトの視界に、緑色のグリッドラインが走る。
振り下ろされる大剣の軌道が、赤い予測線として表示される。
『適用:痛覚遮断、重量軽減、即死回避』
『追加適用:フレンドリーファイア(同士討ち)無効化』
ズドォォォンッ!!
大剣がクロトを直撃した。
凄まじい衝撃が床を砕き、土煙が舞い上がる。
古代兵器のセンサーは、確実な命中と対象の圧殺を確認したはずだった。
だが。
土煙の中から、影が飛び出した。
「……なッ!?」
セレスティアが目を見開く。
直撃を受けたはずのクロトが、五体満足で、あろうことか古代兵器の懐へと疾走していたのだ。
【即死回避】。
HPが1でも残っていれば、どんな致死ダメージも無効化し、1で耐えるチート機能。
今のクロトのHPは、間違いなく「1」だ。
全身の骨がきしむ音がする。筋肉が断裂しているかもしれない。
だが、【痛覚遮断】が脳への信号をカットし、無理やりに体を動かしている。
「こいつを喰らいな!」
クロトは、懐にあった全ての爆裂薬――スライム討伐の残りと、要塞から持ち出した予備、合わせて20本を束ねたものを、古代兵器の胸部装甲の隙間へねじ込んだ。
そこには、青白く光る動力コアが露出している。
ゼロ距離。
この距離で起爆すれば、クロト自身も木っ端微塵になる。
完全な自殺行為だ。
だが、クロトは笑っていた。
獰猛に。不敵に。
「セレスティア! 伏せるな! 突っ込んで来い!」
常軌を逸した指示。
だが、セレスティアは迷わなかった。
彼女は本能的に悟ったのだ。この男が作る「道」に、死はないと。
彼女は痛む体を引きずり、爆心地へ向かって疾走する。
「消し飛べェェッ!」
クロトが、起爆用の信管をショートソードの柄で叩いた。
カッッッ!!!
ドーム内を白く染め上げる閃光。
閉鎖空間を揺るがす爆音と衝撃波。
20本分の爆薬が一点で炸裂し、古代兵器の胸部装甲を内側から食い破る。
銀色の破片と炎が、全方位に撒き散らされる。
本来なら、その中心にいたクロトの上半身も蒸発しているはずだった。
しかし。
炎は、クロトの体を優しく撫でるように透過していた。
爆風は、駆け込んできたセレスティアの髪を揺らすそよ風へと変わっていた。
『ログ:術者による攻撃判定を認識。対象へのダメージを【無効化】します』
【フレンドリーファイア無効】。
本来は、魔法使いが味方を巻き込まないようにするための安全装置。
それをクロトは、自分自身の攻撃判定から身を守る「絶対無敵の盾」として転用したのだ。
一方、システム管理外である古代兵器には、物理法則通りの破壊が襲いかかる。
行き場を失った爆発エネルギーが内部構造をズタズタに引き裂き、動力炉を融解させる。
バヂヂヂヂッ!
火花が散り、巨体が大きく傾く。
赤いレンズの光が、明滅し、そして消えていく。
ドォォォォン……。
地響きと共に、古代の殺戮者が沈黙した。
舞い上がる粉塵の中、二つの人影だけが立っていた。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
クロトの膝が折れる。
ガクン、と崩れ落ちそうになった体を、駆け寄ったセレスティアが抱き留めた。
「クロト! おい、しっかりしろ!」
「……へへ、勝ちましたね」
クロトは力なく笑った。
システムが強制終了していく。
遮断されていた痛みが戻ってくるわけではない。
もっと根源的な、魂が削られたような虚脱感。
脳内のステータス画面が、残酷な通知を告げる。
『コスト精算完了』
『獲得経験値を全消費しました』
『レベルダウン:Level 5 → Level 1』
スタンピード防衛戦で積み上げた膨大な経験値が、たった一瞬の「奇跡」の対価として消え去っていた。
再びのレベル1。
最弱への回帰。
だが、クロトの顔に後悔はなかった。
「貴様、今のは……なんだ? 爆発の中で、無傷だと……?」
「……ただの、とっておきの隠し芸ですよ。……今はもう、空っぽですが」
クロトは血の混じった唾を吐き捨てた。
セレスティアは、クロトの痩せた体を強く抱きしめる。
彼女は理解したのだ。
この男が、今の不可解な現象を引き起こすために、自身の身を削ったことを。
肌から伝わる異常な熱と、枯渇した魔力の残滓がそれを物語っていた。
「馬鹿な男だ。……だが、見事だった」
遺跡の静寂の中、二人は寄り添うように座り込んだ。
目の前には、破壊された古代兵器の残骸。
そして、その奥にあるクリスタルタワー。
守護者が倒されたことで、タワーの障壁が解除され、静かな駆動音と共にガラス面がスライドし始めた。
プシュウゥゥ……。
白い冷気が漏れ出し、中から青白い光が溢れる。
その光の中から、一人の少女がゆっくりと目を開けた。
透き通るような銀髪に、この世の物とは思えない青い瞳。
彼女は、焦点の合わない目でクロトを見つめ、小さな唇を動かした。
「……再起動、完了」
「……え?」
「生体認証、確認。……おかえりなさいませ、マスター」
その言葉は、クロトに向けられたものだった。
レベル1に戻った最弱の冒険者と、古代の眠り姫。
二人の視線が交差した瞬間、遺跡全体が呼応するように激しく明滅を始めた。
それは、世界を巻き込む新たな運命の歯車が、軋みを上げて回り始めた音だった。




