第12話:奈落への招待状
北方の防衛戦から一夜明けた、国境要塞『狼の牙』。
兵士たちが勝利の美酒に酔いしれ、傷を癒やす喧騒から離れた地下執務室で、クロトは一人、机に向かっていた。
部屋を照らすのは、暖炉の炎と、机の上に置かれた不気味な光源――アイス・ゴレムの残骸から回収した「青い結晶体」だ。
「……やはり、ただの魔石じゃない」
クロトはピンセットで結晶をつまみ上げ、光にかざした。
通常、魔石は魔力の塊であり、不規則な波長を放つものだ。
だが、この結晶は違った。
一定のリズムで明滅している。
トン、ツー、トン、ツー。
まるで、どこかへ信号を送っているかのような、人工的な規則性。
「通信機、あるいは誘導装置か」
この結晶が放つ特殊な周波数が、周囲の魔物を興奮状態にさせ、スタンピードを引き起こしたのだ。
問題は、誰がこれを埋め込み、そして「どこへ」信号を送っているのかだ。
コンコン。
控えめなノックの後、重厚な扉が開かれた。
入ってきたのは、軍服姿のセレスティアだ。
昨日の戦闘の疲れも見せず、凛とした足取りで部屋に入ってくる。
「精が出るな、軍師殿。勝利の宴には参加しないのか? ガルドがお前を探して酒瓶を抱えていたぞ」
「遠慮します。あの将軍の酒に付き合ったら、肝臓がいくつあっても足りない」
「賢明な判断だ。あやつの酒癖は国一番の災害だからな」
セレスティアは苦笑し、クロトの机の前に立った。
その視線が、青い結晶に吸い寄せられる。
「で、何かわかったか? その不気味な石ころについて」
「ええ。これは発信機です。魔物を狂わせるノイズを撒き散らしながら、同時に『ある一点』に向けてデータを送信しています」
「ある一点?」
クロトは机の上に広げた要塞の設計図を指差した。
そして、ペン先を要塞の真下――地下深くに突き立てる。
「ここです。真下。……それも、数百メートルの深部」
「馬鹿な。この要塞の地下は岩盤だぞ。食料貯蔵庫と古牢があるだけで、その下はただの土塊のはずだ」
「いいえ。信号は確実に岩盤を突き抜けている。……殿下、この要塞がいつ建てられたかご存知ですか?」
セレスティアは少し考え込み、記憶を手繰り寄せた。
「建国前……いや、もっと古い。神話の時代、『鋼鉄の巨人が大地を歩いた』とされる古戦場跡に作られたと聞いているが」
「鋼鉄の巨人、ですか」
クロトの目が鋭く光った。
その伝承と、この人工的な結晶。
パズルのピースが噛み合う音がした。
「殿下、案内してください。要塞の最下層、古牢へ」
「……本気か? あそこは数十年使われていない、ネズミの巣窟だぞ」
「ネズミではなく、もっと厄介な『飼い主』がいるかもしれません。……この信号を放置すれば、第二、第三のスタンピードが起きる。元を断つ必要があります」
クロトの真剣な眼差しに、セレスティアは息を呑んだ。
レベル5の荷物持ち。
だが、その瞳に宿る知性は、この国の誰よりも深く、未来を見通しているように見えた。
「わかった。貴様の勘には、賭ける価値がある」
セレスティアは腰のレイピアを確認し、頷いた。
「行くぞ。我が国の足元に何が埋まっているのか、暴いてやろう」
◇
要塞最下層。
そこは、地上の寒さとは質の違う、湿り気を帯びた冷気が支配する場所だった。
石造りの床は苔むし、歩くたびにジャリジャリと不快な音が響く。
カビ臭い空気。
松明の光が届かない闇の奥から、何かの気配が漂ってくる。
「行き止まりだぞ、クロト」
セレスティアが足を止めた。
目の前には、巨大な岩盤が剥き出しになった壁。
どこにも通路などない。
「いいえ、あります。……風が流れている」
クロトは壁に手を当て、目を閉じた。
五感を研ぎ澄ます。
視覚に頼らず、肌で感じる微細な気流と、魔力の流れ。
青い結晶が、懐の中で熱を帯びて脈動している。
まるで、同胞を呼んでいるかのように。
「ここだ」
クロトは壁の一箇所、他と変わらないように見える石の継ぎ目を指先で押した。
ズズズ……。
重苦しい地響きと共に、岩盤の一部が沈み込み、スライドした。
現れたのは、漆黒の口を開けた階段。
その階段は、石ではなく、見たこともない滑らかな金属で作られていた。
「……なんという事だ。要塞の地下に、こんな隠し通路があったとは」
「やはり、古代文明の遺跡ですね。この金属、魔力を通す性質がある。現代の技術じゃない」
二人は顔を見合わせ、頷き合った。
ここから先は、未知の領域。
要塞の守備範囲外。
「ランタンの光量を上げます。殿下、足元に気をつけて」
「誰に言っている。私の背中についてこい」
セレスティアが先頭に立ち、闇の中へと足を踏み入れる。
階段を下るにつれ、空気の質が変わっていく。
カビ臭さが消え、代わりに鼻をつくようなオゾンの臭いと、焦げた鉄の臭いが漂い始めた。
静寂の中に、ブゥン……ブゥン……という低い駆動音が響いている。
それはまるで、巨大な生物の寝息のようだった。
「……クロト。貴様の『眼』には、何が見えている?」
「膨大な魔力だまりです。地上のスタンピードなど比較にならないエネルギーが、この先に渦巻いている」
クロトは懐のショートソードを握りしめた。
レベル5の肉体が、本能的な恐怖で警鐘を鳴らしている。
だが、知的好奇心と、危機を未然に防ぐ使命感が、足を前へと進ませた。
長い階段を降りきった先。
巨大な対の扉を、二人がかりで押し開ける。
ギギギ……ガアァンッ!
扉が開かれた瞬間、青白い光が二人を包み込んだ。
広がるドーム状の空間。
壁面を走る幾何学模様の回路。
そして、中央に鎮座するクリスタルタワー。
「……信じられんな。我が国の足元に、このような文明が埋まっていたとは」
そこは、歴史から消された古代の実験場。
あるいは、封印されたパンドラの箱。
クロトたちが足を踏み入れた瞬間、ドーム内の光が赤く変色した。
『侵入者検知。防衛システム、スタンバイ』
無機質な機械音声が響き渡る。
瓦礫の山が崩れ、銀色の巨体が身を起こす。
六本足の多脚戦車。
古代の殺戮兵器が、数千年の眠りから覚め、赤く光るレンズで二人を捕捉した。
「来るぞッ!」
それは、レベル差も、剣技も通じない、理不尽な暴力の顕現。
クロトが自身の「代償」を支払うことになる、運命の戦いの幕開けだった。




