潜入 ― 闇の血脈
夜。雨が路面を濡らし、街灯の光が水面に乱反射する。
久世 恒一は、複数の捜査員と共に、廃工場に差し掛かっていた。
古文書の情報から、真統一族が現代でも産室や選別儀式を行っている可能性が高いとの報告があった。
「奴らが何をしているか、ようやく確認できるかもしれない……」
久世は拳を握る。息は白く、冷たい空気に溶けた。
工場の奥には、薄暗い階段があり、微かに人の気配がする。
その気配――御影一二六のものだ。
異形の身体は、闇に紛れることでかえって不自然な存在感を放っていた。
御影は、濡れた壁を指先で伝い、監視カメラの死角を巧みに移動する。
片脚の長短、背中の湾曲――
全てが戦術の一部だ。
「血の王座に相応しい身体は、闇の中でも支配力を持つ」と、彼は心の中で微笑む。
久世のチームは、赤外線カメラと音声探知器を用いて追跡する。
だが、御影の奇形は、公安の思考パターンを混乱させる。
不規則な歩行、予想外の影の動き、闇に隠された微細な振動――
全てが心理戦であり、血の秩序の現れだ。
「奴を捕まえろ!」
久世は叫ぶが、御影は先回りして扉を閉め、通路を塞ぐ。
公安はわずかに遅れる。
その瞬間、御影の目が暗闇で光った。
「血の秩序を乱す者は、誰も許さぬ」
低く、冷たい声。
言葉ではない。血が指示する命令のように響く。
久世は慎重に前進する。
だが階段の一段ごとに、御影の足音は予想外のリズムで響き、チームの位置感覚を狂わせる。
それはまるで、血の淘汰儀式を現代で再演しているかのようだ。
突如、御影は闇の中から現れ、公安の前に立ちはだかる。
背中の湾曲は不安定さではなく、威圧のための形状だ。
片脚を僅かに前に出すだけで、久世は無意識に後退する。
「ここは、我らの秩序の場だ」
御影は手を差し伸べるが、攻撃ではない。
心理を支配する一手だ。
赤子の選別儀式で見せた指先の確信と同じだ。
公安は混乱する。
御影の存在自体が、血の哲学を現実に体現している。
理論や法律は通用しない。
血と身体が秩序を決める世界。
久世は叫ぶ。
「止まれ! 名を名乗れ! 説明しろ!」
御影は微笑む。
「血の王座に値する者のみ、名を持つ」
その言葉の意味は、公安の理解を超えていた。
雨音と静寂の中、互いに睨み合う。
追跡も潜入も、もう手段ではなく、血の哲学に基づく心理戦となる。
そして御影は、一歩、二歩と動くたび、公安の世界秩序を脅かしていく。
夜は深く、雨は止まない。
血の王は、闇の中で動き、公安はその影に翻弄される。
そして読者は知る――
血の秩序と現代法、心理と肉体、全てが激突する戦いが始まったことを。




