淘汰の間 ― 血の審判
赤子は泣かなかった。
泣く力も、悲しむ力も、まだない。
だが、産室の空気は重かった。
生まれた瞬間から、生死の境界線が敷かれている。
ここでは、呼吸や脈拍ではなく、血の濃度と骨格の精密さが命を決める。
私は記録係の立場で、そのすべてを目撃していた。
白木の台の上に置かれた赤子は、微かな震えを見せる。
筆を持つ手が、自然と止まった。
「……左腕に奇形あり」
産婆の声は淡々としていたが、響きは重い。
「右脚短縮、呼吸に乱れあり」
「頭蓋縫合異常、脳圧正常範囲内」
それらは、合格・不合格のためのデータに過ぎない。
社会が「障害」と呼ぶものは、ここでは淘汰の基準だ。
奥の扉が開き、当主・御影一二六代が入室した。
その身体は奇形の象徴であり、玉座そのものだった。
背中の湾曲、脚の長短、浮き出た血管――
全てが血の支配の証左だ。
御影は赤子を見下ろし、静かに指を伸ばした。
触れるだけで血の流れを感じ取るような、そんな手つきだった。
「弱いか。恐怖に屈するか」
声は低く、しかし産室の隅々にまで届いた。
赤子は答えられない。
答えるのは身体だけだ。
当主は、赤子の胸に手を置き、鼓動のリズムを確かめる。
速すぎず、遅すぎず――
だが手首を少し押すと、脈は乱れた。
「……淘汰」
その一言で、産室は死の静寂に包まれる。
記録係も産婆も、息を殺す。
言葉ではない。視線と血の波動で判定される儀式だからだ。
赤子は抱き上げられ、奥の小部屋に運ばれる。
そこは、白木の台に囲まれた「淘汰の間」――
生かすか、消すか、決定が下される場所。
産婆は、赤子の手足を軽く伸ばし、筋肉の弾力を確かめる。
頭蓋を軽く押し、脳の圧迫を測る。
目の光、皮膚の血管の濃さ、骨格の左右差――
全てが、命の判定材料だ。
御影は赤子の身体を撫でる。
その触れ方は慈悲ではない。
試すための手つきだ。
「生き残る者よ、血を濃くせよ」と、無言で命令する。
最後に、御影は口元を微かに歪めた。
「残すか、消すかは、血が決める。
肉体は思想よりも深く、命を裁く」
その瞬間、赤子の体に血の審判が下った。
合格の赤子は、すぐに番号を与えられ、次代候補として登録される。
不合格の赤子は、消え去る。
その存在は、記録の中でも“白紙”にされる。
私は筆を走らせる。
しかし心の奥底では、理解できなかった。
これは、人間のすることなのか。
いや、人間の血の本質なのかもしれない――
産室を出ると、外の世界は平穏そのものだ。
だが赤子たちの運命は、ここで決まった。
表の世界が何を言おうと、血だけが秩序を決める。




