選ばれる肉体
産声は、祝福ではなかった。
それは合否を告げる合図にすぎない。
土間に近い産室は、湿った土と鉄の匂いが混じっていた。
消毒薬の匂いではない。ここでは、清潔さよりも血の濃度が尊ばれる。
女は声を上げなかった。
上げることを許されていなかった。
彼女の腹から引きずり出されるように現れた肉体を、
産婆は一瞬だけ宙に掲げ、
泣き声の質、肺の強さ、声帯の震えを聞き分ける。
「……息は、通っている」
その言葉に、誰も安堵しない。
ここからが始まりだからだ。
赤子は、すぐに白木の台へ置かれた。
布はかけられない。
隠す理由がない。
皮膚の色。
骨格の歪み。
左右の非対称。
四肢の長さ。
指の数。
記録係の男が、墨を含ませた筆を走らせる。
「鎖骨、左右差あり」
「右足短縮、約一寸」
「耳介形成不全、軽度」
それらは欠陥ではない。
**“反応”**だ。
血が、どれほど濃くなったか。
外の世界をどれほど拒絶したか。
その結果が、肉体に刻まれている。
産婆は、赤子の脚を静かに開いた。
性別を確認するためではない。
骨盤の形、関節の可動域、
将来「儀式に耐えられるか」を測るためだ。
泣き声が一段高くなる。
「……弱くはない」
それは、合格でも称賛でもない。
ただの暫定評価だった。
奥から、杖の音が響く。
石を削った床を、ゆっくりと進むその音に、
室内の全員が視線を伏せた。
来た。
当主――
真統一二六代。
その身体は、明らかに不完全だった。
背骨は湾曲し、
片脚は引きずるように床を擦る。
皮膚は薄く、血管が地図のように浮いている。
だが、その目だけは異様に澄んでいた。
当主は、赤子を見下ろす。
「……よく、混じらなかったな」
誰ともなく、息を呑む音がした。
当主は続ける。
「この歪みは、外の血ではない。
我ら自身が、我らを深く掘り下げた証だ」
そう言って、細い指で赤子の胸に触れる。
心臓の鼓動を、確かめるように。
「速い。
恐怖ではない。
……生存本能だ」
当主は、かすかに笑った。
「残す」
その一言で、運命が決まった。
女は、その言葉を聞いても泣かなかった。
喜びでも、悲しみでもない。
任務が完了しただけだからだ。
赤子は、白木の台から下ろされ、
次代候補として、番号を与えられる。
名は、まだ与えられない。
名は、
完全に“選ばれた”身体だけが持つものだった。
その夜、記録庫に一行が追記される。
――
本日、一二六代系譜に連なる新生体を確認。
外部混血反応なし。
歪曲は許容範囲。
生存観察対象として保留。
血は、なお続く。
――
地上では、誰も知らない。
この国のどこかで、
「象徴となる資格」を、
制度ではなく肉体で測る儀式が、
今も静かに続いていることを。




