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宝石は語らない  作者: 寄賀あける


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7/22

 パチパチと木が()ぜる音が耳に飛び込んできて、ロファーが目を覚ます。隣に眠るはずのジゼルがいない。見ると火が(おこ)された暖炉の前でジゼルが髪を乾かしている。あいつ、また湯を沸かすのを面倒がって水浴びをしたんだなと、半分眠りの中のロファーが思う。


 それで寒くなって暖炉に火を入れた。体を冷やしてはいけないと教えたのに、世話の焼ける……


 このまま眠りに戻るか、起きてジゼルに小言を言おうか、ロファーが迷っているうちに髪は乾いてしまったようだ。


 すっと立ち上がったジゼルの足元に、体を包んでいたキルトがはらりと落ちる。薄闇に浮かび上がった裸身は暖炉の炎に照らされ、命の香しさを漂わせて輝いている。が、後姿には、性別を見分けられるほどの特徴は見られない。あぁ、やはりまだ幼いのだ、ぼんやりとした意識の中でロファーは思う。


 はらりと散らされた髪が黄金色に輝く。細い腕を伸ばして傍らに掛けてあったローブを取り身に(まと)う。そんな服だと本当に魔導士みたいだ……


 深い眠りが微睡(まどろ)むロファーをさらっていった。


 今日は出かけるから供を頼む――ポテトサラダを突きながらジゼルが言う。今朝もロファーが食事を用意した。たっぷりのバターで作ったスクランブルエッグにほうれん草のソテー、そしてジゼルが苦手なグリーンピース入りのポテトサラダ。もちろんお決まりのミルクティーもたっぷり、パンは昨夜焼いたものが充分残っていた。


「ポテトに人参、レタスにきゅうりにタマネギ、それだけで具材たっぷりなのに、なんでグリーンピースを入れるかな……って、きゅうり、やっと実ったんだね」


「歩いていくのか? シンザンと同行するのは気が引ける。昨日言われたリストは寝室のテーブルに置いたよ――子どもじゃないんだから、好き嫌いするな。なんでも食べないと育たないぞ。きゅうりはね、収穫できたのは三本だけ、あとはまだ小さい」

「じゃあ、きゅうりにグリーンピース、食べさせよう。早く大きくなるかも……わたしが乗っていればシンザンは暴れないし、サッフォがあなたを守るから心配ないよ」


「俺はグリーンピース、好きだがな。珈琲豆の隣に置いてあったからついでに買ってきたんだ。(いろどり)が良くなって、サラダがさらに美味しそうに見える。出かけるならさっさと食べて支度しよう」

きゅうりが豆を食べるのかい? 笑いながらロファーが言った。


 やっとのことでジゼルが食事を平らげたころ、バスを使ったロファーが着替えて戻ってきた。


「そうそうおまえ、バスを使うなら必ず湯を沸かせ。体を冷やすなと言っただろ」

「あぁあ、朝から小言ばかりだ。いつからロファーはわたしの教育係になったんだろう?……急いで支度する必要があった。ギルド長から呼び出されたのでね」

「ギルド長? だからあのローブか。どうりで魔導士らしいはずだ」


「まさか見ていた? 今、バスを見て、昨夜わたしが使ったと察したのではなくて?」

ジゼルが顔色を変えた。


「血相を変えてどうした?――あのローブが正装なのか? 着替えているのは見たけれど、すぐにまた眠ったよ。夜中に出かけているとは気が付かなかった」

その言葉にジゼルが安堵する。


「なるほど……あなたが見たのはローブを着たところまで。良かったよ、そこで眠ってくれて」

あのあと暖炉を通じて魔導士ギルドの長がこの部屋に来たとジゼルが言った。


「母があなたのことをギルド長に伝えたんだと思う」

「おまえの母上が? なぜ?」

「わたしをあなたの傍らにいさせていいものか迷った」

「ふん、やっぱりおまえは相当『いい家』の生まれなんだな。で、いさせていただいてよろしいのでしょうか?」


「そんな言い方しないで」

ジゼルは少し怒ったようだ。

「悲しくなる」


「うーーん……だって、言いたくなるじゃないか、そばにいることさえ、親やギルド長の了解が必要だなんて」

ロファーがジゼルから顔をそむける。ジゼル以上にロファーは気分を害しているようだ。


「おまえの周囲が俺を認めるとは思えない。ただの人間の代書屋ごときを認めるとは思えない。おまえは俺を置いて何処(どこ)かに行っちまうんだろうね」

「こっちを向いて、ロハンデルト。あなたがわたしの傍にいるんじゃなくて、わたしがあなたの傍にいるんだよ。傍にいたいんだよ」

「でも……」

「それに誰もあなたを認めないなんて言ってない。父はあなたを大切にしろ、と言って帰った」

「母上の次は父上の登場か。で、帰ったって、いつ来たんだ」

と言いながら、ロファーが慌ててジゼルに向き直る。


「ひょっとして、昨夜?」

「母だって最初は激怒したけど、今の暮らしぶりを知ったら安心して帰った。二人は心配なだけだと思う」

ロファーの疑問に答えずジゼルが続ける。


「わたしは二親と言葉を交わした記憶が今までない。物心つくころには魔導士学校にいて、そこで育てられた。周囲から『あれが父親と母親だ』と教えられて、そうかと思っていただけだ」

「……」

「挨拶する以外、わたしが二人に話しかけたことはない。その挨拶にさえ、向こうが答えたことはない。育ての親が『愛して育ててくれた』とロファーから聞いたとき、ロファーもまたその二人を愛していたと判った。羨ましい、とはきっと、その時わたしに芽生えた感情を言うのだろう」


「もういい、やめろ」

ロファーがジゼルの言葉を遮り、そっとジゼルを抱き締める。


「もういい、おまえがどんな生まれだろうとそんなことはどれ程のこともない」

「ロファー?」

「俺はただおまえを失いたくないだけだ。おまえがいつか何処かへ行ってしまうんじゃないかと不安になっただけだ」


「わたしがあなたの傍を離れるようなことがあるとすれば、『去れ』とロハンデルトが言った時だけだ」

「本当に?」

「本当に」

強くそう言ってジゼルが微笑む。

「ロファーのおかげで初めて両親と向き合って話すことができた。二人がわたし構わなかったのは、興味がなかったからではないと知れた。感謝しているよ」


 久しぶりにジゼルと出かけられてシンザンはご機嫌だった。ロファーを見て少しだけ威嚇してきたが、ジゼルが(てのひら)で制してからはロファーに見向きもしていない。


 出かける間際、昼にはまだあるが出かけていいのか? ロファーが投げかけた疑問に、

「わたしまで引きこもっていたら、誰が犯人を見つけるんだ」

と答えるジゼルに、ロファーは肩を(すく)めた。コイツ、嫌がってたくせに、是が非でも犯人を見つけ出す気だ……


 まずはロファーが作ったリストの不参加者の家を巡り、様子を見るとジゼルは言った。様子を見ると言っても家の前で馬を止めて、遠くを見るような目で家をジッと見る。それだけで『次ぎ』と呟いては、また馬を歩かせる。


 リストにない場所でジゼルが馬を止めた。

「ここは?」

大きな門の前だ。

「ここは街一番の金持ちの家」

ロファーが答えると

「街長ではなくて? 家族は何人? 使用人はいる?」

門の奥を見詰めて、ジゼルが問う。


「街長ではないよ、親戚ではあるがね――夫婦とその息子が一人、執事、メイドが五人、下僕が二人に庭師が二人、その中で住込は執事とメイド二人」

「なるほど。お金持ちだね。庭に墓地さえある。生業(なりわい)は何?」


「地主でいいと思う。土地を貸して地代を取っている。この街の借地の大半はここの主人(あるじ)の持ち物だ。そう言えばマグの炭焼き小屋の土地を貸しているのはここだ。ミーナが見つかった水車小屋もここの持ち物だ」


 ふうん、と言いながら、ジゼルはまだ門の奥を見つめている。

「で、やはり息子が後を継ぐ?」

「本来ならそうなるのだろうけれど……メイドが言うには一人息子は病気で寝たきりだってさ」


「なるほど。で、話をしてくれたメイドはまだ若くて、ロファーとワケあり」

「な、な、なにを言う!?」

慌てるロファーに、ジゼルが笑う。


「今、二人のメイドが中で噂話をしてる、犯人は誰だろうってね」

「それで、なんで俺とメリッサがワケありになるんだ?」

「メリッサという名か。昔、あなたに振られたと、そのメリッサとやらが言ったのさ」

いや、あれは、もう五年は前の話で……


 ロファーの言い訳に貸す耳も持たず馬を進めるジゼルを、慌ててロファーが追いかけた。


 ロファーが馬を並べると

「息子は病気だそうだが、年齢は? 看病はメイドがしているの?」

と訊いてくる。

「最近はどうだか知らないが、息子のこと一切を母親がしているらしい。息子の顔を見たことがないと言っていたね。俺と同じ年齢だったはずだ」


「あぁ、顔を見たことがないと言ったのはメリッサだね、俺なんかよりお屋敷のお坊ちゃんにしたら、ってロファーが言ったからだ」

「いい加減にしないと怒るぞ」

ロファーの言葉にジゼルが声をたてて笑った。


 ロファーの家の前を通るとき、『ちゃんとポピーを差したんだね、偉い偉い』とジゼルが笑った。

「なんだかさ、すごく馬鹿にされてる気分だが?」

ロファーが苦情を言う。


「そう言えば伝令屋はこの近く?」

「いや、もっと長老の家の近くだ」

「長老の家には最後に行くから、その前に寄ってみるといい。あなたを心配しているかもしれないから」

ジゼルが言った。


 一通りリストを回り終わると時刻も昼を過ぎて、人々が家を出て各々の作業を始める。魔導士とその助手が道を行くのを見て、ある者は挨拶をよこし、またある者は見ていないふりをして家に引っ込んだ。家に引き込んだ者たちはジゼルが犯人だと、きっと思っているのだろう。


 最後に長老の家に行く予定で街を巡ってきた。長老の家はすぐそこだ。


「ここが伝令屋だよ」

ロファーが馬を止めた。


「親爺さん、いるかな……もちろんジゼルも一緒に来るよね?」

そう言いながらロファーが馬を降りようとすると、急にサッフォが足踏みを始めた。まるでロファーを降ろすまいとしているようだ。するとジゼルが顔色を変え、

「ごめんロファー、伝令屋さんはまたにしよう。長老の家に行くよ」

さっさと速歩で行ってしまう。おいおい、と後を追うしかないロファーだ。


 しばらく馬に速歩をさせていたが、またも大きな屋敷の前でジゼルは馬を止めた。

「街長の家だ」

ロファーの説明に

「長老の家の隣だな」

とジゼルが言う。


「あの二人、隣同士に大きな屋敷を構えていて、とても仲が悪い」

「へえ、長老と街長は犬猿の仲……なんでそんな二人がわざわざ隣に住んでいるんだか」

「昔から仲が悪いってわけじゃないのかもね。当代は仲が悪いってだけで」


 そこでもジゼルは遠い目をして屋敷を見つめていた。きっと中を覗いているんだろう……少し怖いような心持ちでそれを眺めながら、ロファーはジゼルを待っていた。

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