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結婚が許されるのは男女ともに十八だし、性別は自分で選べるものじゃない。魔導士だって性別が変えられるなんて話は聞いた事がない……いくらロファーが説明してもジゼルは納得できないようだ。
途中、死者をも蘇らせるジゼルならひょっとして、と思わなくもなかったが、その考えはロファーにとっては受け入れたくないものだった。
「ふん、常人のロファーをまともに相手したわたしが馬鹿でした」
捨て台詞を吐いて、ジゼルはこの件を終わらせた。
それでも、あー美味しいと言いながら珈琲を飲み干せば機嫌も直り、夕飯は作っておくから、長老に報告書を届けたらさっさと帰ってきて、と頼んでくる。
「サッフォにドアの前に来るよう言うから」
と口元で親指と人差し指を付けたり離したりした。すると、確かに蹄の音が近づいて来る。昼間あちこち赴いたロファーだ。へとへとで、行きたくないのが本音だったが、ジゼルを怒らせたくもない。渋々出かけて行った。
用事を済ませて魔導士の住処に戻ると、ドアの前でジゼルが待っていた。
「おかえり」
指をひょいっと振ってジゼルが馬小屋を差すと、ヒヒンと一鳴きして、サッフォは自分で馬小屋に向かった。
「長老はなんて?」
「報告書を出せなんて言っていないが、だそうですよ」
それでも受け取って、『明日、読む』と言っていた。
「上々、上々……早く中に入って。お腹ぺこぺこ」
にんまりジゼルが笑う。待ち遠しいのは俺じゃなくって飯か、ロファーがニヤッとした。
夕飯はタマネギのスープ、魚のフライとポテトフライ、ニンジンのグラッセとレタスが添えられている。小さめに丸めて焼いたライ麦パンもある。いつも通りポットにはたっぷりのミルクティーだ。魚は夕方、川で釣ったとブランの父親が持ってきた。ブランは釣り好きの父の真似をしようとして川に落ち、ジゼルに助けてもらった事がある。
その時ジゼルは報酬を受け取らず、ブランの父親はそれ以来こうして時おり差し入れを持ってくるようになった。
「そうか……まだ十六なんだ」
しみじみとロファーが言うと
「五千年生きているって信じてたでしょ?」
ジゼルがまた笑う。
「まさか! 流石に冗談だと思っていたさ」
それよりも、とロファーが言う。
「この街に来た時はまだ十三だったってことだよね。料理が全くできなくて一から俺が教えたっけなぁ」
「茹で卵とベーコンを焼くことぐらい出来たよ。お茶だって淹れられた」
ジゼルが剥れる。
「茹で卵を料理と言うか」
思わず笑うロファーに
「今はいろいろできるようになった。パンも焼けるようになったし」
ジゼルが拗ねる。
「そうだね、大したものだと思うよ」
ロファーの瞳は優しい。
「俺が一人暮らしになったのが十三、おまえがここに住み始めたのも十三、なんか不思議な偶然だな、と思って」
「そんな瞳で見てはだめ。なんか苦しくなるから……偶然ではなく必然ってこともあるよ」
「苦しいような心持はおまえが俺を好いているって証拠だよ。耐えるしかない……必然、なんてあるのか?」
「そうだね、『偶然』のほうが『必然』より少ないかもしれないよね……なぜあなたを好きだと苦しくなる?」
「それは……おまえを見るとき俺も同じだから、としか言えないな」
「あなたはいつも笑っていて、苦しんでいるようには見えないけれど?」
「世の中は必然だらけか。確かに原因があって結果がある。ほとんどのことが、その繰り返しかもしれない」
ジゼルのカップにお茶を注ぎ足しながらロファーが言う。
「十三のおまえはどうして一人で旅をしていたんだ?」
スープを口元に運んでいたジゼルの手が止まった。
「十三なら魔導士の資格もないはずだ。いや、今さらそのことを街に報告したりはしない」
ロファーは真っ直ぐジゼルを見ている。ジゼルもロファーを真っ直ぐに見た。二人の顔から笑みが消える。
「なぜ、十三では魔導士の資格がないと知っている?」
「なぜ? うん、なぜだろう。普通は知らないのか?」
ロファーに嘯いている様子はない。
「魔導士しか知らないことだ……魔導士になりそこなったものは修行中の記憶を消され、書き換えられる。魔導士が秘密を洩らせば誓約が発効され、その魔導士は命を落とす」
「ふむ……」
パンを千切って口元に運ぶ。ゆっくりと何度か咀嚼してからロファーが言った。
「以前から、他人が知らないことを知っていることがあった。その大半は『夢でも見たのか』と、そんな話は聞いたことがないぞ、と笑い飛ばされ否定された」
カップのお茶でパンを胃に流し込んだ。
「今、必然だ、と言われ、ひょっとしたらおまえは何か意図があって俺と出会ったのかもしれないと、ふと思った」
疑うわけではないけれど、そうならその理由が知りたいと思っただけだ。
「俺は自分の出自を知らない。どこで、誰から生まれたのか。おまえが知っているような気がしたのだよ」
「ロファー……」
ジゼルがそっと瞳を閉じた。
「ロファー、わたしはあなたが好きだ。今、しみじみとそう思った」
深いため息をつく。
「常人のロファーに、わたしは知っていても言えないことがたくさんある。さっきも言ったが誓約でわたしは束縛されている。それを破れば命を落とし、場合によっては存在さえ消される」
「無理に聞き出そうなんて思っちゃいない」
ロファーが笑った。
「おまえが命を落とすようなことになれば俺だって生きていけない。判っているだろう?」
「秘密を持つわたしをロファーは許してくれるのか?」
「許すも許さないも……ミステリアスなおまえが好きだよ」
ロファーは、いつもの優しい瞳に戻っている。ジゼルは少し迷ったが、微笑みを返した。
食事の後、少しカードを見てみると言って、ジゼルは暖炉の前に敷いたラグの上に座り、低いテーブルを出した。ロファーはやることもないので傍らに座り、ジゼルがカードを繰るのを眺めていた。
「やはり……『宝石』のカードが出た」
ジゼルがぽつりと言った。
「宝石のカード?」
「犯人は目を刳り貫くために殺人を犯している。そしてその目を持ち帰るか、少なくとも持ち主の許には残していない」
「まぁ、そうだな」
「生き物の目は体の中で『宝石』の役目を果たす。特に眼球だ。水晶と名がついた部分がある」
言いながら、カードを再びばらばらとかき混ぜ、それをひとまとめにし、もう一度テーブルに展開する。
「そして『首長』『思い出』『誇り』のカード」
「どんな意味が?」
真剣な顔で覗きこむロファーに
「いや、わたしにも判らない」
ジゼルが笑った。
「所詮カードは遊びの域を出ない。読み方ひとつで表すものが変わってしまう。参考にする程度だよ」
カードをまとめながらジゼルが言う。
「ただ、この『首長』のカードが気になるかな。正しくは、過去の座にこのカードが出たことが気になる……ロファー、この街に街長はいるか?」
「名ばかりだけどいるにはいるよ。たぶん二十年位前から変わってないと思う」
「ふぅん、いるんだ。何かあると長老がお出ましになるんで、いないかと思ってたよ。二十年とはずいぶん長い任期だね」
「これと言って決められた役目があるわけじゃないから、この街では長老みたいに仕切るのが好きな人物が発言権を握ってしまう。特別なセレモニーでもあれば出てくることもあるけど、今度みたいな事件だと、まず出てこない。山狩りにも街長のところからは一人も出なかったしね。世襲だし、何かしらの報酬があるわけでもないから、誰も成り代わろうなんて思わない。次の街長は今の街長の息子と決まっているけど、街長の年齢を考えるとそろそろかもしれないね」
そうか、と頷いてから
「山狩りや捜索は総出だったんじゃなかったの?」
カードを片付けながらジゼルが問う。
「街長のところ、っていうのは街長の家族? それとも街長の屋敷の使用人も含めてのどちらだろう?」
「そりゃあ、総出と言っても建前で、ジゼルだって出てないじゃないか。四日間に及ぶんだ、今日は無理とか、家族に病人がいて看病するとか、何かしら理由があって出てこれないところもあるよ」
「じゃあ、日にちごとに誰が出てないかリストにして」
「街長のところは執事とかってのが来ることが多い、使用人だね……リストにしてって、今から?」
悲鳴を上げそうなロファーの首に腕を絡め、ジゼルが笑う。
「ううん、今夜はもう寝ようよ」




