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宝石は語らない  作者: 寄賀あける


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20/22

20

 身支度を整えて一階の店舗に降り、客の訪れに備えて店のドアを全開にする。小鳥の(さえず)りは今日も明るく、晴れた空は澄み渡っている。一日の始まりだ。


 たまりにたまっていた依頼もようやく終わりに近づいて、新たに舞い込んだ仕事の見通しもついている。ロファーの商売は相変わらず順調だ。


 頭を悩ませていた訴状の案件はきちんと期日前に終わらせ、クライアントの満足を得た。マーシャに頼まれた恋文は、相手がロムだと聞いて、内心恋文は必要ないなと思いながらマーシャの気の済むような文面を仕立てた。以前、ロムがマーシャへの恋心に悩んで泣き言を漏らすのをグレインの店で見かけたことがあったのだ。


 恋文を仕上げて数日後、マーシャが大喜びでうまくいったと知らせに来たが、ロファーは『よかったね』と笑むだけで、グレインの店で聞いた話は黙っておいた。マーシャにとって、自分の思いをロムが受け止めてくれた事実だけが肝心だ。


 魔導士ジゼルの評判も一気に上がり、夜、人目を避けて訪れていた客たちが、昼間も堂々と顔を見せるようになった。相変わらず長老は夜に訪れていたが、それは彼が魔導士の客だと知られることよりも、何を買っているかを知られるのを恐れていたからだ。


 ロファーの店を訪れるのは客ばかりではない。予測した通り、友人たちがちらほらと訪れ、時にロファーの心配をし、時にロファーを揶揄(からか)っていった。


 店を再開した翌日には閉店後に大挙して訪れ、半ば強引にロファーをグレインの店に連れて行き、話を聞きたがった。ロファーとしては噂話以上の事は言えず、噂話は真実だと、告げるしかなかった。


 魔導士の助手が裏付ける噂は真実となり、ジゼルの思惑通り、ホミンと、あの屋敷の者たちを守ることとなった。


 ロファーを悩ませたのは事件に関する噂ではなく、付随して広まった噂をどう処理するかだ。基本的には放っておくしかないのだが……


 ジゼルの瞳は紫色なんだって? と問われても、そうだとは言えない。普段のジゼルは緑色の瞳で、時により瞳の色が変わるなんて、魔導士だってそんな話を聞いた事がないのに、言えたものではない。


 もっとも、瞳の色に関しては、事件のたびにいろいろ噂され、そのつど違う色なので、いつも通り、

「魔導士様の瞳の色は深い緑だ」

とだけ答えた。見間違いか思い違い、それで済ませた。


 レオンが言いだした『お化けごっこ』には辟易した。そんなの知らないと、いくらロファーが言ってもしつこく聞きたがる。『なんだ、それは』とグレインまで話に割り込み、ああじゃないか、こうじゃないかと勝手に妄想を繰り広げる。


 そしてロファーに同意を求め、知らないと答えると、『わたしのロファー』が知らないはずがない、と揶揄(からか)われる。拗ねたロファーが帰ると言っても、まぁまぁ、と別の誰かが引き留める。


 ロファーとて、本気で帰る気になっているわけでもなく、『まったく……どうしてこうも五月蝿(うるさ)いんだ?』と苦情を言いつつ、笑顔で仲間を見渡して、静かに杯を傾ける。


 その日、グレインの店にロファーが来ていることは人伝(ひとづて)に広まり、ロファー目当ての客で、まるで大晦日のように大盛況となった。


 あちこちで乾杯の声が上がり、歌声が響き、果たしてグレインはちゃんと店を把握しきっているのだろうかとロファーが心配し始める頃には、グレインの女房が客を怒鳴りつける声まで聞こえるようになっていた。


 おやおや、とグレインの居所を探せば喧騒に隠れて、店の隅でどこかの女と笑い転げている。ロファーの視線を追ったレオンが、『これで今夜は夫婦喧嘩決定だ。グレインは明日、顔に傷ができていい男になってるぞ』と笑った。


 やがて誰が言いだしたのか、魔導士様が男か女か、投票で決めようと、店中で盛り上がり始めた。


 投票で決めるものなのか? 当惑するロファーに、おまえがいつまでも付き止められないからだ、と皆で責めてくる。


 まったく、酔っぱらいの相手はしきれないと、思いながら、自分も充分酔っぱらっているなと苦笑する。


 向こうの席でゴグが「女性に一票!」と叫んでいる。野イチゴを摘みに出て、被害にあったミーナの兄だ。さっき、ロファーのところに来て、妹の仇を取ってくれた礼を涙ながらに告げていった。魔導士様によろしく、と言って離れて行ったが、今はかなり酔っぱらってグデグデ状態に見える。


 まだ傷は癒えていないだろう。酒が進むのも早ければ、酔いが回るのも早いのだろうな、とロファーがぼんやり見ていると、店のあちらこちらから次々と『女性に一票!』と声が上がる。中には『女性であってくれ』と願う声さえ聞こえてきた。


 なんだ、あれは? と隣に座るレオンにロファーが尋ねると、

「こないだ久々に魔導士様、街に顔を見せただろう?」

とニヤニヤ笑う。

「あれで魔導士様に一目惚れした男どもが続出だ。まぁ、男に限らないけどね」 


 裏付けるように、女性客の一団から悲鳴のように

「絶対、絶対、男性に一票!」

と歓声が上がる。


「あの凛々しいかたが男性でないはずない」

とキャキャア声を上げている。


「ふーーーん、ジゼルは凛々しいのか?」

不思議そうなロファーに

「誰でもみんな、自分の都合のいいように考えたがるものさ」

いつの間に戻ったのかグレインが笑う。

「年頃のヤツらが騒ぐのも判るよ。すっかり大人びて、あれが女なら上玉だ。俺だって手を出してみたい」

レオンの言葉に

「まったくだ……この街に来た時はまるで子どもだったのにな」

ロファーを挟んでグレインが、怒りだしそうなロファーを押さえてそう言った。


 この街のどの女とも、どの男ともジゼルは違っている。魔導士様だからか『品』ってものが漂っている。それに魅了されるんだろう、とグレインが言う。


「だからこそ、この街には魔導士様に釣り合う相手はいないだろうね」

「そうそう、『わたしのロファー』なんて言われて勘違いしちゃダメだぞ」

ロファーの肩に腕を回してレオンが笑う。


「魔導士様にとっておまえは、使い勝手のいい助手に過ぎないんだからな」

判っているさ、と苦笑するしかないロファーだった。


 夜が更けてもグレインの店は大賑わいだったが、女将(おかみ)

「看板だよ、とっとと勘定済ませて帰っとくれ」

と大声で触れ回れば、笑い転げながら、みな帰っていく。中には何があったのか、号泣している者もいる。言わずと知れた酔いどれの集団だ。


「やあ、ロファー、久しぶり」

女将がロファーのところにも来た。

「ご苦労だったね。魔導士様にも伝えておくれ」


「ミヤコ、久しぶり。相変わらず豪快だね」

亭主が頼りないからね。あたしがしっかりなきゃさ、店が潰れるよ……とミヤコが笑う。横でグレインが肩をすくめた。ミヤコと一緒になる前、あんな肝っ玉の据わった女はいないと、ぞっこんだったのはグレインのほうだ。


 酒場の酌婦だったが、散々通い詰め口説き落とし、やっとものにした。なのにグレインは、しょっちゅう別の女を口説こうとする。だから、夫婦喧嘩が絶えることがない。


 グレインが言うには『口説こうとしている』だけで、冗談だと相手もちゃんと承知している。それは女房も判っていて、俺らにとってはホンのレクリエーション、夫婦円満の秘訣――なんだそうだ。


 最後にグレインの店を出たのはロファーたち一行だったが、店のドアが閉まった途端、中から女房の『あんた! さっきの女はなんだい!』と叫ぶ声が聞こえ、みなで笑った。


 それじゃあまたな、と一人ずつパラパラと減っていき、家のすぐそばでレオンと別れれば、ロファーもとうとう一人になる。店のドアから建屋に入り、すぐ二階に上った。


 ロファーの家は、一階の半分が店舗で、入ると客の相談を受ける部屋があり、その奥に事務所を設え、事務所から二階に上がれるようになっている。


 事務所の奥にはキッチンもあり、さらに使っていない部屋がもう一つあり、一階だけでもロファー一人なら充分だったが、子どものころから使っていた二階の寝室を、今もロファーは使っていた。


 寝室に入るとすぐベッドに横になる。心地よい酔いが残っていて、このまま眠ってしまおうかと思う。


「ご機嫌だな、ロファー」

「!」

聞き覚えのある声に驚いて傍らを見ると、伝令屋のシスが立っている。慌ててベッドから起き上がり、伝令屋に椅子を勧める。


「親爺さん、どうしてここに?」

店のドアには鍵がかかっていた。さっき、確かにそれを開けた覚えがある。


「ふむ……わたしが魔導士だと、ジゼェーラ様に聞いているだろう?」

勧められた椅子に腰かけながら、伝令屋が笑む。

「知らないふりをしろとでも言われたか?」


 話があってきた、まぁ、座れ、と言われれば、ロファーも椅子を出して腰かけない訳にはいかない。

「わたしは魔導士ブランシス、ロハンデルト様を陰ながらお守りする役目についております」

「ロハンデルト様、って、おい、親爺さん?」


「ロハンデルトと言うのがあなたの真実の名。気が付いておられるのでしょう?」

とにかく黙って最後までお聞きください。


 もう、夏至の日もすぐそこ、時が充ちればわたしはロハンデルト様に何もして差し上げられなくなるのです……


 二十二年前の夏至の日、あなたが生を()けたその日、わたしと妻は、あなたの父君にあなたを守る使命を承けた。


 あなたは隠されねばならず、時を待たねばならなかったからだ。


 魔導士ギルドの誓約がある限り、わたしたち夫婦が手元にあなたを置くのは良策と思えず、わたしたちは里親を探した。そして一組の旅の夫婦に白羽の矢を当て、代書屋だったその夫婦と近づきになるため、わたしたちは伝令屋となった。


 そうして、いつでもあなたの様子を知れる立場を手に入れたわたしたちは代書屋の住処に密かに結界を張り、あなたの成長を見守った。


 謝らなくてはならないと思っていることがある。


 あなたの十三の誕生日、あなたを目覚めさせるチャンスを帯びたあの日、代書屋が襲われることをわたしは事前に察知していた。だから、伝令屋にあなたを呼び寄せ、引き留め、あなたを守ることを優先した。あの暴漢たちが狙っていたのはあなたとあなたの剣だ。


 剣はわたしが隠していたが、あなたの存在を知られるわけにいかないわたしは、あなたを手元に呼び寄せ、代書屋からあなたの気配を消し去った。


 代書屋ではあなたの気配すら読み取れなかった暴漢どもは、必要もないのにあなたの育ての親を殺めた。それはあなたの父君とあなた、そしてそれを守ろうとするギルドへの挑戦だった。


 そしてヤツらは、あなたは別の場所にいると考え、剣もそこにあるだろうと、今でもあなたを探している。

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