回避
俺はバスを乗り継ぎ、目的地に向かった。
隣の席にハゲ男性と美女のカップルがいた。
俺はその男と目があった。
その男は俺のおでこを見てこう言った。
「いいか。兄ちゃん。
男はな……。
ハゲてるからモテないわけじゃない。
ハゲだからチャンスがないわけじゃない。
どこまでも相手のことを愛せるかで……、
そのひたむきさ……、
本当に相手のことを見れるかで……
差がでるんだ。
これだけはおぼえておけ……、
逆にハードルが高ければ高いほど、
それを乗り越えた時、男っぷりもあがるんだ。
兄ちゃんお前はきっとモテるようになるぜ」
少し前の俺なら、こいつ何言ってんだ。
と思っただろう。
でも今はわかる。
その気持ちが痛いほどわかる。
「がんばります」
と俺が言ったら、
「おう。これ使いな」
と男は500円玉を渡してくれた。
「こんなのいいんですか?」
と俺が言うと、
「神頼みする時は500円くらい出さなきゃダメだぞ」
と男は言った。
何かが見えているのだろうか。
俺はそう思った。
数字の場所は、少し小高い丘の上にあった。
粗末な木の看板があり『縁切りの木』はこちらと書かれてあった。
時間は15:02。次のバスが16:02でギリギリ家に帰れる。
どうやら間に合いそうだ。
石でできた階段を上がると、風景が一変した。
そこには真っ赤な彼岸花が一面に咲き乱れていた。
人が来てはいけないところ。
ここは人の住む世界じゃない。
本能的にそう感じた。
目の前に大きな木がそそりたつ。
中央に道があり、木へまっすぐ続く。
一歩一歩進むたびに、人間の世界から遠く離れていく気配がする。
耳元で
「とうりゃんせ。とうりゃんせ」
と子供の声が聞こえる。
「とうりゃんせ。とうりゃんせ」
と若者の声が聞こえる。
「とうりゃんせ。とうりゃんせ」
と老婆の声が聞こえる。
木の前に立つと、そこには無数の錆びたハサミが突き刺さっていた。
そして木はそのハサミを取り込もうとするかのように、傷口が盛り上がっていた。
近くの賽銭箱には、皮手袋がぶら下がっていた。
俺は賽銭箱に500円を入れ、皮手袋を借り、
良さそうな場所を見つける。
「お願いします。弥生ちゃんの悪しき縁をお切りください」
そう願い、俺は木に弥生ちゃんのハサミを突き刺す。
するとグニャリと風景が変わった。
オレンジ色の薄暗い光のなか、木のシルエットだけがボーっと浮かぶ。
これはヤバイやつか。
「これは希に見るやっかいな縁切りじゃな。仕方ないお前の好物を一つ貰う。これは代償だ」
そう耳元で声が聞こえた。
気が付くと、俺はバス停にいた。
時間は15:55。もう少しでバスがつく。
あれは現実だったのか。
ハサミはない。
500円玉も消えていた。
これで縁は切れたのか。
家についたのは、19時を回っていた。
家に着くと、父さんと母さんから質問攻めだった。
詳しい事は明後日説明するからと、話を流した。
準備はできたけど、不安で仕方がない。
俺は晩御飯を食って、あの弁当屋まで行った。
弥生ちゃんは驚いていたけど、
「もう慣れちゃったよ」
と言っていた。
俺は、とりあえず自分の事を知ってもらおうと、いろいろ話をした。
弥生ちゃんは興味深そうに聞いてくれた。
俺は弥生ちゃんの家にあがらせてもらった。
風呂ナシ、6畳一間のトイレが共同の古いアパートだった。
弥生ちゃんは店の残り物の弁当を妹と弟と一緒に食べていた。
「こういうの、まかないって言うんだって、従業員が食べる用のご飯ね。店長が良い人で、まかない多めにくれるんだ。頑張れよって」
と弥生ちゃんは言った。
「この人。お姉ちゃんの彼氏なの?」
と妹は言った。
「そうだよ。彼、忍くんって言ってお姉ちゃん。プロポーズされたんだ」
と弥生ちゃんは笑顔で答えた。
「じゃあお兄ちゃんは、私のお兄ちゃんになるの?」
と妹が俺に尋ねた。
俺は言い方がわからなくって、弥生ちゃんに聞いた。
「そういう言い方になるの?俺わかんなくって」
「そうだよ。忍君は私の旦那様で。妹のお兄ちゃんになるんだよ」
と言った。
なんか鼻血が出そうなほど、うれしい気持ちになった。
あとは、明日がどうなるかだけだ。
俺はそこから1時間ほど、弥生ちゃんの家にいて、それから家に戻った。
そして、翌朝。
とんでもないことが起きてしまう。
俺は、毎朝納豆にマヨネーズを入れかき混ぜ、
これを焼き立てのトーストの上に乗っけて食べるのが習慣だった。
しかし、それがどう考えても気持ち悪くて、受け付けないのだ。
”お前の好物を一つ貰う。これは代償だ”
こういう事だったのか。
俺は今回の縁切りの恐ろしさと、厄介さをあらためて理解した。
……
あとは、あの時間を回避できるかだ。
代償を払ったことが目に見えて分かったことで、安心感はあった。
しかし、回避はしておいたほうが良いだろう。
今回俺は、
「今日バイト?」
と確認して、
「ちょっと早めに入ってって言われてるんだ」
と言われたので、
「1回確認してからのほうがいいよ」
といい。
「もし時間があるなら、学校でしばらくお話しよう」
と誘った。
恋人という関係性なら、遠慮はいらない。
実にスムーズだった。
そして予定通り、通常通りのシフトで良いことがわかった。
そして、今回は40分学校でおしゃべりをして、彼女をバイト先まで送る。
そして、帰りの時間まで外で待ち、彼女を家まで送った。
途中お腹が空いたので、彼女の弁当屋でから揚げ弁当を注文した。
母さんには、彼女の弁当屋さんで今日は食べると言っておいた。
今日だけは彼女を一人にしたくないんだと。
そして結局、なんも起きなかった。
たぶん。回避できたんだろうと思う。




