6 ガリガリやったで?
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階段を上がって、突き当たりのドアの前に立つ。
「放送室」と書かれたプレートは錆びていて、文字もところどころ剥げていた。
ドアにはガラスの小窓がついていて、そこから淡い光が漏れている。
そして──中から、妙な声が聞こえてきた。
「おっけーwww 今日もはっじまっるよ〜ん! ワイくんの人生オワタ\(^o^)/ラジオ〜!
イエーイ! 今日もぬるぽしてガッされる準備はできてるか〜いwww」
(……は?)
秋山は眉をひそめた。声の主は、間違いなくワイ君だった。
あの無口で陰気だったはずのワイ君が、テンション高く叫んでいる。
(こいつ、テンション上がることなんてあったんやな……)
「今回は特別ステージは特別だろ常考ぉwww 情強以外、即死案件に決まってんだろぉ! マジパネェからマジ卍(死語)www」
秋山はそっとドアの小窓から中を覗いた。
放送室の中では、ワイ君がひとりでマイクに向かってしゃべり倒していた。
「クマーが来るで〜! つんでれらも来るで〜! スレたてよろwww 来るぞ……来るぞ……
ちなみに今回の参加者、筋肉ムキムキのマッチョがおるってマ? ワイくん涙目不可避やんけ〜ww」
(……なに言うてんねん、こいつ)
10年以上前のネットスラングが、脈絡なく連発されている。
ノリだけは全盛期のVIPPER、でも内容は支離滅裂。
おもしろいはずなのに、背筋がうすら寒くなるような、妙な気持ち悪さがあった。
そのとき、スマホが震えた。
> 放送開始まで、あと5分です。
(……ってことは、放送が始まる前に中に入らなあかんってことか?)
秋山は、ワイ君の声を聞きながら無意識に拳を握っていた。
……勝てる気はした。
(だって……アイツ、ガリガリやったで?)
リュックを扉の横にそっと置きながら、心の中で呟く。
(──俺、筋トレ歴7年やぞ)
身長は170センチと平均的だが、体重は104キロ、体脂肪率18%。
分厚い大胸筋、広がった背中、握力は90キロ。
ベンチプレス130キロ、スクワットは200キロ。
(あんま思い出したくはないけど……タイマンは何回やったか分からんくらいあるしな)
(やるなら──いまや)
左手に靴下スラッパー、右手には投擲用の小さな分銅。
秋山は静かに、だが確実にドアノブに手をかけた。
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