3 お前がしとったんかい!
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無音の通知バイブがポケットの中で虫のように蠢いた。
秋山は、理科室のロッカーの中で息を殺しながら、震える手でスマホを取り出す。
「次の“放送”は30分後。放送室を確保せよ。」
頭の中が真っ白になった。
放送室……? また移動せなあかんのか?
この状態で? 無理やわな。
理科室の外では、何かがうろついている。
いや──ちゃう、ワイ君に決まってるがな。
足音。ぺた、ぺた。
奇妙に足を引きずるような歩き方。
……なんで裸足なん?
そして、聞こえてきたのは──
「……おっ、これは……スレ民の臭いがしますねぇ~www」
ワイ君だった。
ワイ君はニチャニチャと意味不明なネットスラングを垂れ流しながら歩きまわっている。
ずーっと笑ってる。
(いつまで草生やしとんねん……)
息を殺す。喉が渇く。
汗が首筋を伝うのがわかる。重力を感じるほどの、冷たい汗。
扉が軋んだ音がした。
ワイ君が理科室に入ってきたんや。
「ま~たスレの立て逃げですかぁ? 管理人さん怒っちゃいますよぉwww」
「隠れれてるつもりですかぁ? それってあなたの感想ですよねwww」
笑いながら、机を蹴る音。
(お前がしとったんかい!教室散らかすなや……)
ガラスの瓶が床に転がり、カランと小さく鳴った。
「どこや~……おんJの民? どこやぁ……あっ! 理科のロッカーwww お前やろ!! おるんやろ!!(^ν^)」
ロッカーのひとつが乱暴に開けられる音がした。
隣のロッカーだった。
秋山は、息を止めた。
スマホを見る。残り時間は28分。
(急がな……)
でもこのまま出たら死ぬ。
「彡(゜)(゜)『やめてクレメンス!』って言うてみろやぁ~~~www」
「ドコォ!?ここォ!?(^ω^)」
「イッチどこ? イッチどこ? イッチどこぉ!?!?」
ぐちゃぐちゃに混ざったスラング。悪ふざけのようなトーン。
だが──殺意は確かにそこにあった。
なんかゲームしてるみたいな軽さで、ものを壊しながら歩き回る。
でも、音が鳴るたびに心臓が跳ねる。思ったより怖いでこれ。
秋山は冷静にワイ君を観察する。
思ったよりガリガリやなあいつ。
(なんか弱そうに見えてきたで)
いやいや……それでもわりと恐いな。
──放送までの時間どんなもんや?
このままやったら間に合わんで。
焦りと恐怖が喉を掴む。
時間の砂が指の間から、無慈悲に零れ落ちていく。
だが、まだワイ君はここにおる。
秋山は、動けない。
ロッカーの奥で、ひたすら時間が過ぎていくのを感じる。
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