10 やっぱあるやん
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金工室を抜け出した秋山は、職員室を目指して歩き出した。
(たしか一階やったな。中庭抜けて行くのが早いか)
ふと、二階の割れた窓から、何かが転がる音と机を蹴るような衝撃音が聞こえた。
(アホや……誰もおれへんとこ探しとるで)
中庭に出て、音を立てぬよう足元に注意しながら進んでいく。
そのとき、存在を忘れかけていたスマホが震えた。
> 残り時間:58時間20分
※ワイ君との距離:37m
ヒント:職員室に鍵がある。
(知っとるわ。それを探しに来とんねん)
職員室も、まるで時間が止まったようだった。
掲示物は黄ばみ、床にはうっすら埃が積もっている。
だが、机の配置も、棚の中身も──すべて、あの頃のままだった。
(懐かしい……というより、気まずいな)
ふと、昔タバコを見つかった時のことを思い出す。
「お前みたいなんが将来どうなるかわかるか!」
教頭の口癖、説教の無駄な長さ、どよんと重い職員室の空気……全部が、嫌でも蘇ってくる。
(あのときの教頭、今どこおんねやろ……)
首を振って記憶を振り払い、秋山は教員机の引き出しを次々と開けていった。
──ガラガラ……カタン。
(……やっぱ、あるやん)
養護教諭の机の下。昔と同じ場所に、没収品の引き出しはあった。
中には、雑多なものが乱雑に放り込まれている。
タバコの箱、使いかけのライター、小瓶のウイスキー、そして──エアガン。
(当時は俺のも入れられたなぁ……)
迷いなく、秋山はそれらを鞄に詰めた。
ライターは火種に、ウイスキーは消毒に使える。エアガンは──撃てればラッキー。
タバコは……まぁ、落ち着きたい時の相棒や。
ようやく鍵の束も見つけた。
錆びた無骨な鍵が何本も連なった中に、「屋上」と刻まれたプレートがぶら下がっている。
そのときだった。
中庭の向こうから、どこか間の抜けた歌声が響いてきた。
「♪マイアヒ~ マイアフ~ マイアホ~ マイアハッハ~www」
……ワイ君だ。
あの独特の声と、抑揚のないリズム。
中庭で踊っているのか、ただ歩いているのか──姿は見えない。
だが、その歌声だけが不気味に響き、空気の温度が変わったような錯覚に陥る。
(あいつ……選曲もテンションも、ほんま古いねんなぁ……)
秋山は息を潜め、ゆっくりと職員室を抜け出す。
そして、手に入れた鍵を握りしめたまま、階段へと向かう。
──目指すは屋上。
見晴らしがよく、罠を張るにも戦うにも最適の場所。
一段、一段。
秋山は音を立てぬよう、静かに階段を登っていった。
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