第4話 夏鈴の思惑とラブレターの秘密
週明けの月曜日。
いつものように、始業一時間前の教室に入ると、夏鈴が沢田さんの頬を両手でムニムニしていた。
「くみちゃん! ほんとによかったね~」
「……うん……夏鈴ちゃんの……おかげ……ありがと」
「も~、くみちゃんは可愛いな~」
「か……夏鈴ちゃん……恥ずかしいから……やめて」
俺の存在には構わず、イチャイチャが続けられている。目の保養ではあるんだけど……夏鈴が座ってるの、俺の席なんだよな。
この重すぎる鞄は早く置きたい。でもこの百合を終わらせるのも惜しい。うーん。
しばらく葛藤していると、ようやく2人が俺に気が付いた。
「あっ! ちぃくんおはよ~」
「……鷲尾さん……おはよう……ございます」
「お、おはよー」
夏鈴はいつも通りハイテンションに手を振るが、沢田さんは少し照れくさげに俯いている。でも教室で初めて挨拶されたのは進展かも。
それに、眼鏡を外した沢田さんの制服姿はまた新鮮で……可愛いかった。
「いや~、ちぃくんおめでと~。念願の初彼女だねっ! しかもちぃくんにはもったいないほど可愛い~」
「うるさい。そこ俺の席だから早くどけてくれ」
「え~。ぶう」
夏鈴は不満げに唇を尖らせる。不貞腐れた顔も奇麗なのが鼻につくんだよな……そもそも教室に3人しかいないのに、なぜ俺たちは1つの席を取り合っているんだ?
「てかちぃくんってさ。いつもこんなに早く学校来てるの? 早すぎない?」
「朝の学校は勉強が捗るから好きなんだよ。というかそっちこそ来るの早くない?」
「私が……鷲尾さんより先に……登校したくて……そしたら夏鈴ちゃんも……来てくれたんです」
「あぁ、なるほど」
俺と沢田さんは家が反対方向だもんな。朝の時間を少しでも一緒に作るため、沢田さんは気を遣ってくれたのだろう。申し訳ない。
……でも。夏鈴がいるのは好都合だ。
「いや~、それにしても良かったよ~。2人で映画も行ったんでしょ?」
「ま、まあな」
「……夏鈴ちゃんも……ありがとう……相談乗ってくれて」
「いいんだよ~。私はくみちゃんが大好きなんだから~。ちぃくんも、もしもくみちゃんを泣かせたりしたら、絶対許さないんだからね」
そう言って、夏鈴は沢田さんの腕に絡みついた。
それは一見、女の子の仲睦まじい交わりだったけど……自らの感情に蓋をするような、ある種の不自然さを、俺はそこに感じていた。
「あのさ夏鈴。一つ聞いてもいいか」
すると彼女は沢田さんから手を外し、怪訝な顔を俺に向けた。
「何よ、改まって」
「──あのラブレター書いたの、お前だよな」
沢田さんがはっとした表情で口を覆う。
だが夏鈴の顔はピクリともせず、睨むように俺を見ていた。
「なんのこと?」
「沢田さんのラブレター。夏鈴の筆跡と同じなんだよ」
「……!?」
「あのラブレターって、本当は夏鈴が書いたんじゃないか?」
仮にラブレターを沢田さんが書いていないとしたら。一番が可能性が高いのは夏鈴だろう。
そう考え、俺はあの日のデート後、中学の卒アルを引っ張り出した。そして彼女の寄せ書きを確認すると、案の定、その筆跡はラブレターと一致していたのだ。
「鷲尾さん、ごめんなさ──」
「まってくみちゃん!」
沢田さんの言葉を夏鈴が遮る。
そしてニコリと、作ったような笑顔を見せた。
「そんなの、誰でも良くない?」
「いや誰でもって……」
「だってさ。くみちゃんはちぃくんが好きなんだよ? その気持ちに、ちぃくんは応えた。それで話はおしまいじゃない?」
「そうだけど……なら別に隠すことないだろ」
夏鈴がラブレターを書くことが、沢田さんも望んだことなら、たしかに俺が咎める理由はない。沢田さんの気持ちが偽りだとも思わない。
だけど──
「女の子には、秘密の1つや2つあるものだよ?」
しーっという風に、夏鈴は唇にわざとらしく指をあて、またも作ったように微笑む。
「くみちゃんはね、私の一番の親友なの。だから、ちぃくんのことは信頼してるし……期待してる。2人で幸せになって欲しいんだ」
違う。
俺が聞きたいのは、それじゃない。
「……あの……夏鈴ちゃん」
「ということで! 私は学食で飲み物を買ってきま~す。後は若いお2人で楽しんでね~」
「夏鈴待てって!」
俺と沢田さんを置いたまま、夏鈴は嵐のように去ってしまった。
「何を考えてるんだよ……」
夏鈴は他人にお節介を焼くタイプじゃない。だからラブレターの代筆も、単に沢田さんの背中を押す以外に、何か目的があるのだと思う。
だけど……あの苦し気な笑顔の奥に、彼女が何を隠しているのか。俺にはまるで見当もつかないのだ。
「……鷲尾さん……あの」
「何? 沢田さん」
「放課後……少し付き合ってもらっても……良いですか」
彼女の瞳は、まるで何かを決意するように。
力強く輝いていた。