第2話 ギャップに萌える初デート
土曜日の早朝。札幌駅の東改札口前。
平日の通勤ラッシュが嘘のように、ガラっと人がいなくなったこの場所で、俺は彼女を待っていた。
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『プニキュアの映画ですか?』
『うん。沢田さん、プニクローバーのストラップ付けてるから。もしかしてプニキュア好きなのかなって』
『大好きです! 初代プニキュアから全作追ってます!』
『全部!? 俺より歴長いじゃん』
『えへへ。でも今年の映画はまだ観てないのでぜひ行きたいです!』
『よかった。じゃあちょっと時間が早いけど、明日の8時に札駅の改札前で良いかな?』
『お願いします!!!』
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こうして、俺の人生初映画デートが決まったのである。
ちなみにプニキュアとは、中学生の女の子たちが可愛らしいヒロインに変身し、強大な敵に立ち向かう、毎週日曜放送の子供向けアニメだ。その真っすぐで魅力的なキャラクターは、大人からも多くの支持を得ており、俺も感想ブログを毎週更新するほどには、このアニメにハマっている。
ラブレターについてはいろいろと思うことがあるけれど。男一人でプニキュアの映画を観るのはハードルが高かったから、沢田さんが一緒に来てくれるのは正直かなりありがたい。
『おはようございます鷲尾さん! いま改札を出ました!!!』
ぼんやりスマホを眺めていると、LINEのメッセージが表示された。沢田さんは朝から元気だなぁ。
だが改札付近に沢田さんらしき人影は見当たらない。もしかして逆側の改札にいるのかな。
『おはよう沢田さん。そっちって白いモニュメント見えたりする?』
『見えます!!! なんか真ん中に穴が開いたおもしろい形の彫刻が』
『じゃあ西口の改札だね。そっち行くから待ってて』
札幌駅には改札口が2つあり、先の白いモニュメント、”妙無”があるのは東側だ。地下鉄から地上に上がる階段に近いこともあり、札幌市民御用達の待ち合わせスポットだったりする。
そんなわけで俺は、営業前の店が並ぶ連絡通路をそそくさと横切り、東側の改札前に移動した。えっと、沢田さんは……いた。
「おはよう、沢田さ──!」
思わず言葉を失った。
だって、妙無の前で縮こまる沢田さんは、学校での彼女とは別人で──あまりに可愛かったから。
「……おはよう……ございます」
涼し気な白いブラウスとピンクのミニスカートを身に付け、髪を2つに結んだ沢田さん。長い前髪をバッサリと切り、眼鏡も外したことで、これまで隠れていた瞳も露になっている。
沢田さん、こんな雰囲気変わるんだ……。
「えっと……あの……」
「あ、ごめんね。話すのが大変だったらLINEでも大丈夫だよ」
困り顔の沢田さんにフォローを入れると、彼女は申し訳なさげにコクリと頷き、スマホで文字を打ち始める。俺もLINEを開くと、程なくしてメッセージが届いた。
『口下手でほんとごめんなさい! せっかく時間を作ってもらったのに鷲尾さんをこちら側まで歩かせたあげく挨拶もろくにできないなんて人として終わってるので腹を切らせていただきます」
『うん、切らなくていいよ』
やっぱりLINEだと勢いがすごいな。流れるように腹を切るし。ここ戦国時代じゃないんだけどな。
『沢田さん。私服似合ってるね』
『ほんとですか! ありがとうございます! 感激です!』
沢田さんは依然として無表情だけど、少し口元が緩んだようにも見える。
『そのツインテールってもしかして、プニクローバー意識してる?』
『そうなんです! 実は妹に映画のことを話したら、お洋服とか髪の毛とかいろいろ協力してくれて』
『へぇ。素敵な妹さんだね』
『自慢の妹です! 私より可愛いし、頭も良いし、友だち多いし……お姉ちゃんとしてはちょっと複雑だったり』
『そうかな? 俺は沢田さんも可愛いと思うけど』
しまった、つい柄にもないことを。
若干の後悔をしていると、小さな美声が直接耳に触れた。
「……うぅ……ずるいです……鷲尾さん」
恐る恐る顔を上げると、沢田さんは潤んだ瞳をこちらに向けていた。
……その表情こそずるいだろ。
※
札幌駅直結の店は基本的に10:00オープンだが、一部の施設はそれ以前から営業しており、7階にある映画館もその一つだ。普段はエスカレーターで上がることが多いんだけど、この時間はまだ使えないので、今日はエレベーターで7階まで移動する。
「プニクローバーだ……!」
エレベーターを出た直後、沢田さんはそう呟くと、テテっと駆け出して行った。見るとチケットカウンターの隣に、プニクローバーを含む歴代プニキュアの立て看板が並んでいる。
俺も早足で追いつくと、沢田さんは手を震わせながら、スマホでプニクローバーを撮影していた。
「等身大の……クローバー……感慨深いです」
プニキュアに憧れる一人の少女として、沢田さんはその純真な瞳をキラキラと輝かせている。
「沢田さんも一緒に写真撮る? せっかくプニクローバーと髪型合わせてきたんだし」
「そ……そんな……恐れ多い……です……」
「あ、ごめん。無理はしないで」
「うぅ……じゃあ……鷲尾さんも一緒に……入りませんか……?」
「お、俺? いいけど」
と、了承はしたものの。もちろん俺は自撮りなんてしたことはない。
えぇっと、とりあえず設定を内カメにして。それから角度を調整して。2人とクローバーの顔が入るよう、腕を目いっぱい伸ばして。最後にカメラボタンを押せば──
「ちょっ……沢田さん!?」
ボタンに触れる直前。
俺の腰に腕が回された。柔らかな身体が俺と触れ合い、胸の鼓動が急激早まって……。
動揺した俺の顔は、半目の酷いものだった。沢田さんとクローバーはよく撮れてるのに。
すると、スマホにピコンとメッセージが届く。
『ふふっ。鷲尾さん、とっても可愛いですね』
隣を見ると、沢田さんは少し悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
『それはどうも。沢田さんの方が断然可愛いけどね』
『もう……だからずるいです、鷲尾さんは』
俺も沢田さんも恥ずかしさで顔が真っ赤になり、互いに目を背けてしまう。
でも──そんなカップルのような幸せな時間に、俺は少しずつ愛おしさを覚えていた。
次話は明日の19:10に更新予定です!