第1話〜釈然としないラブレター
北海道には梅雨がないとはいえ、じめっとした暑さが続く6月の朝。始業一時間前の学校に、俺は既に到着し、靴を脱ぎ始めていた。
こうやって朝一番に登校し、静かな教室で勉強に勤しむのが、俺のマイブームだ。家で勉強するより集中できるし、何より朝を有効に使えるので、ちょっと得した気分になれるのが嬉しい。
そんな小さな充実感に包まれながら、いつものように下駄箱を開けると、足元に何かがはらりと落ちた。
「これは……手紙?」
~~~
鷲尾智衣くんへ
突然のお手紙で、驚かせてしまっていたらすみません。
鷲尾くんのことがずっと前から好きでした。
よかったら私とお付き合いしてもらえませんか?
お返事待ってます!
沢田くみより
PS 人と話すのが得意じゃないので、返事はLINE(ID ○○○○)でもらえると嬉しいです。
~~~
まじかよ、おい。ラブレターじゃん……!
中学時代は甘々な青春ラブコメに夢中になり、彼女とのイチャラブな日々に憧れて高校に入学した鷲尾智衣。だがもちろん、現実は陰キャに都合の良い世界ではなく、キラキラした青春とは無縁のまま、俺は受験生になっていた。彼女なんて完全に諦めていたのに、まさかこんな日が来るなんて。
でも……なんで沢田さんが?
俺と彼女は、夏鈴という共通の友人がいる以外、接点は何も見つからない。というか、目すら合ったことないのに、『ずっと前から好きでした』などあり得るのだろうか。むしろ嫌われてると思ってたのに。
そもそもなぜ、隣の男子に告白するために、ラブレターなどという遠回りな手段を取るんだろう。しかも返事はLINEでとか言ってるし。本当に交際する気あるのかな……?
「まぁ、考えても仕方ないか」
下駄箱に手紙があるのなら、きっと沢田さんは教室にいるはずだ。悩むより、直接本人に確認しよう。返事はそれから考えればいい。
俺はラブレターが折れないよう、きれいにクリアファイルに入れ、教室へと向かった。
※
静寂に包まれた人気のない廊下を進み、教室の扉を開けると案の定。朝焼けに彩られた窓際の席で、沢田さんは一人スマホを見ていた。こちらを気にする素振りもなく、いつもと変わらず無言のまま。
……俺、本当に告白されたんだよね?
「おはよう、沢田さん」
「……」
少しだけ首が動いたが、やはり返ってくる言葉はない。夏鈴とは多少喋ってるのに、俺には反応してくれないんだよな。
うーん、とりあえずLINEしてみるか。たしか手紙にIDが書いてあったはず。
『おはよう。沢田さん』
『あわわわ。鷲尾さんおはようございます』
あわわわ?
『あのさ。朝の手紙のことで、聞きたいことがあるんだけど』
『そうですよね迷惑ですよね私みたいな人間の手紙なんていりませんよねほんとにごめんなさい私ごと燃やしてください』
『いや燃やさないよ!?』
さすがに謝罪が命がけすぎるだろ。俺、まだ告白の『こ』の字も出してないのに。
ちらっと横目で沢田さんの様子を確認すると、申し訳なさそうに俯いているので、LINEの相手は本人で間違いないらしい。
『えっと。あの手紙は沢田さんが自分で書いたんだよね?』
『自分で……一応、はい。そうですね』
『一応?』
なんかはっきりしないな。
『いえ、こっちの話です! 鷲尾さんのことが好きすぎて、お付き合いしたい気持ちが抑えられなくて、つい”私が”、ラブレターを書いてしまいました!!!』
『そうなんだ』
『でもでも! ほんっとに忘れてください。私だって馬鹿じゃありません。身の程は弁えていますから。腹を切り、責任を取る覚悟です』
『だから切らないで……』
この人はもっと命を大切にして欲しい。しかもいわゆる”メンヘラ”じゃなくて”武士”のマインドなんだよな。
『あのさ。俺のどこが好きとか、聞いても良いかな?」
『もちろんです!!! 100個は余裕で言えますよ』
『そんなに!?』
『まずですねー、頭が良くて博識ですよね。授業中は何を聞かれてもスラスラと答えちゃうし、模試は上位の常連! だけど陰ではすっごく努力していて。朝は早く来て教室で勉強、放課後も図書室で遅くまで勉強……尊敬しかないです。なのに謙虚なんですよー。全然偉そうにしないし、ほんとかっこよすぎますって。それにまつ毛長いし、お口小さいし、唇フニッとしてるし、ビジュ良すぎでしょ!? ……あっ、ごめんなさい。また喋りすぎたので消えますね」
『消えなくて良いけど嬉しいよ。ありがとう』
沢田さんの武士道?精神はともかく。普段こんなに褒められることがないから、嬉しさと気恥ずかしさで顔が熱い。
隣を見ると沢田さんも、無表情ながら、頬が紅色に染まっていた。
どうしよう……沢田さんの気持ちはすごく嬉しい。だって人生で初めてもらった告白だもん。嬉しいに決まってる。
だけど──やっぱり拭えない疑念もあって。まずは彼女の気持ちを、ちゃんとたしかめたい。
『ねえ、沢田さん』
『はいっ』
『明日一緒に、映画行かない?』
『映画、ですか?』
『うん。プニキュアの映画、観に行きたいんだよね』
はたして、彼女は本当に俺が好きなのか。俺は彼女を好きになれるのか。そして……あのラブレターは、誰が書いたのか。