【原神】友を祝う美酒⑥
ランバド酒場のカウンターに新商品の酒瓶はもうなかった。
「まあ……そうだよな」
予想通りではあったが、それでも落胆はしてしまう。診療所からここまで走ってきた疲れもあり、カーヴェはしゃがみこんだ。
「僕は今日一日、何やってたんだろうな……」
酔い潰れて昼まで寝過ごし、旅人のお祝いをするんだと意気込んだくせに友人への連絡もせず、席の予約もできておらず、挙げ句に欲しい酒まで逃した。疲ればかり溜まって、本当に何の成果も得られてない──
「あれ、カーヴェじゃない」
柔らかな、聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。
「ずいぶん遅かったね。そんなとこにいないで、早く上がって来なよ」
「ティナリ⁉︎」
長いフェネックの耳が特徴的な若者の姿を、二階席の柵越しに見つけ、カーヴェは驚きの声をあげた。
アビディアの森でレンジャー長として従事しているはずのティナリが、どうしてここに?
「それに、遅かった、っていうのはいったい……あぁっ⁉︎」
「遅かったなカーヴェ。急な仕事でもあったのか?」
二階へ駆け上がったカーヴェにそう声をかけたのは、黒く日に焼けた肌の青年、大マハマトラのセノだ。卓上の湯気の立つ料理といい空いたままのグラスといい、まるで口を付けている様子はない。
ティナリもセノも、今日カーヴェが連絡を取ろうと思っていた友人たちだ。彼らがここにいるのも疑問だったが、カーヴェを真に驚愕させたのは二人のことではない。セノの隣の席で、本を片手に足を組んでいる長身の男に目玉が飛び出るほどの衝撃を覚えたのだ。
「ア、ア、アルハイゼン⁉︎ なんだって君がここにいるんだ⁉︎」
「ふむ? 俺がいてはいけない理由もないだろう? それより君はいつまで突っ立っているつもりだ?」
ちょうど読み終えたのか本を閉じると、アルハイゼンは空いている椅子を指し示した。
「料理が冷めるといけない。君が立ったままがいいのなら、止めはしないが」
「待ってくれ、誰か説明してくれ。どうしてみんなが集まっていて、それで僕を待っていた流れになってるんだ?」
「んー、じゃあ僕から説明するよ。ことの始まりは昨日なんだけど」
説明役を買って出たのはティナリだ。カーヴェとアルハイゼンを見比べてなんとなく事情を察した風でもあるレンジャー長が、筋道立てて解説する。
「昨日のスチームバード新聞に、旅人の活躍が載っていてね」
「ティナリ、僕の聞き間違いか? 昨日? 昨日って言ったのか? 旅人がフォンテーヌの危機を救ったっていうあの新聞は、今朝届いたものじゃないのか⁉︎」
「うん、あれは昨日の新聞だよ。セノ、今持ってるっけ?」
「もちろんだ」
セノから渡された新聞をカーヴェは血走った目で凝視した。
自宅で見たのと同じ、旅人のトップニュースが載った新聞だ。その日付はたしかに昨日のものだった。
「君が気付かなかったとは意外だな。言わなかったか? その新聞が届いたであろう時刻と、今がとっくに昼を過ぎている事実を、もっと結び付けて考えた方がいい、と」
「いや今朝のことだって思うだろ普通!」
「えっと、説明を続けるよ?」
絶叫するカーヴェに破り捨てられないよう、ティナリがそっと新聞を取り上げる。
「それで、それを祝して集まろうって、セノが提案してくれてね。アルハイゼンと僕にそう連絡をくれたんだ。ちょうど次の日、つまり今日が、みんな時間の都合がつくことがわかったからね」
「カーヴェにも伝えたかったんだが、どこにいるか掴めなくてな。すまない」
「いや、僕も仕事で出ていたから仕方ないよ。にしても、そうか」
白い髪を揺らして謝ろうとするセノを、カーヴェは押しとどめた。それからふと、アルハイゼンの言葉を思い出す。『必要なことは午前中にあらかた済ませ』──たしかそう言っていた。
「じゃあ店の予約なんかはアルハイゼンがやってくれてたってことか」
「いや、ランバドへの連絡も俺がさせてもらった。言い出した以上、みんなに手間はかけさせられないからな」
「なんだよ! じゃあ何を済ませたって言うんだよ!」
「こまごまとした家事に決まっているだろう」
「うーん、アルハイゼンにはカーヴェへの伝言をお願いしてたんだよね。でも……」
今にも食ってかかりそうなカーヴェをなだめながら、ティナリが不思議そうにアルハイゼンを見やる。
「なんだか伝わってなかったみたいだね?」
「俺は伝えたんだがな。明日ランバドに集まることになったが、君も来れるだろう、と」
そこまで言って、思い出したようにアルハイゼンは顎に手を添えた。
「そういえば、昨日の君は泥酔していたな」
「わかってて言ってるだろうアルハイゼン‼︎ それは伝えたって言わないんだよ‼︎ なんで昼のときに言わなかったんだよ‼︎」
「君が最後まで話を聞かなかっただけだろう」
「まあまあこうして集まれたんだからさ! 結果オーライだよ!」
怒号するカーヴェを押さえながら、ティナリが椅子を引いた。
「事情もわかったところで、そろそろ食べるとしよう。もうお腹もすいてるでしょ」
「そうだぞ、カーヴェ。旅人への乾杯もしたい。早く肩を並べて語らおう」
「セノ、ちょっと黙っててくれるかな」
ティナリがセノのダジャレを咎めるのを耳にしながら、カーヴェは席に着いた。
アルハイゼンへの腹立たしさはとりあえず横に置くとして、こみ上げる喜びがあった。旅人の活躍を知って、ともに祝いたい。その気持ちは同じく抱いているのだと知れて良かった。
──セノとティナリについては。
「何を睨んでいる、カーヴェ」
とぼけたことを尋ねるアルハイゼンの対面で、カーヴェは視線の棘を送り続ける。
まともに伝達もしない、旅人を祝うのに乗り気にも見えない。こいつはいったい何なんだ……
「ああ、さすが君は目ざといな。さっさと酒を注げということか」
何を深読みしたのか、一人で納得したようにアルハイゼンが傍らの酒瓶を持ち上げた。
「そ、その酒は……!」
「店主から話は聞いている。君が買いたがっていたそうだな」
限定ものの、二万モラの酒瓶を開けると、アルハイゼンはそれぞれのグラスに順に注いでいく。
「モンドの伝統手法を参考とした璃月の酒か。君のことだ。旅人を祝うのにぴったりだと思ったんだろう。それに関しては、俺も同意見だ」
「アルハイゼン……」
「ではみんな、グラスを掲げてくれ。俺たちの親愛なる友、旅人の活躍を祝して」
セノがとる音頭にグラスの触れ合う涼やかな音が重なった。
カーヴェが酒杯を傾ける。爽やかな潤いが喉に吹き抜けた。
「すまない、アルハイゼン」
グラスを置いて、カーヴェは視線の棘を詫びた。
アルハイゼンにも同じ気持ちがある。この酒を選んでくれたことで、それが充分わかった。
「何を謝っている。酒のことか? それなら君が買ったようなものなのだから、気にすることはない」
「アルハイゼン……」
この男にしては妙な謙遜をするなと思うカーヴェの前で、アルハイゼンが何やら懐を探り始めた。
「アルハイゼン……?」
「君が書斎に置き忘れたものだ。呼びかけたが、すでに君は出てしまってたからな」
そうテーブルに置かれたのは見覚えのある財布だった。膨らみがかなり失われているが、間違いなくカーヴェのものだ。
「事後報告となったが、君が買うつもりだったのだから問題ないだろう」
「あ、あ、あ……」
言いたいことが次から次へと湧き起こってくる。
カーヴェは自制心を捨てた。
「──アルハイゼン‼︎」
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