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【原神】友を祝う美酒④

 景色がゆったりと流れていく。


 スメールシティを少し離れると、そこはもう豊かな自然のただ中だ。頭上では風で証悟(しょうご)の葉が擦れ合い、耳を傾ければ小川のせせらぎが優しく意識に触れる。


「それで、張偉さん。そろそろ詳しく伺いたいのですが」


 しかし自然が豊かとはすなわち、危険も多いということだ。道沿いの草むらからヒルチャールだったり、リシュボラン虎などの野生動物だったりが不意に現れることも珍しくない。カーヴェのような神の目を持つ者ならともかく、一般人には命に関わる。


 わざわざこんなところへ出向かずとも、カーヴェとしてはあのまま酒場の席で打ち合わせをしたかったのだが、張偉の強い主張──「建設予定地となる、自分が買った土地を直接見てほしい」──に根負けして、駄獣までレンタルすることになってしまった。


 だというのに、駄獣が牽引する荷台の上から周囲を警戒しているカーヴェの気も知らず、隣の座席で張偉はランバド酒場名物のフィッシュロールを呑気にパクついている。尋ねる声がやや恨みがましいものになっても致し方ない。


「アランナラのテーマパークとおっしゃってましたが、どういったものなんですか?」


「ええ。カーヴェさんはもちろん、アランナラをご存知ですよね?」


 指に付いたフィッシュロールのソースを懐紙で拭う張偉に、カーヴェは頷いた。


 アランナラはスメールで誰もが知る、おとぎ話の登場キャラクターだ。


 草木の精霊、または草神クラクサナリデビの眷属であるとも言われる彼らは、不思議な力で子どもたちを楽しい冒険に誘ってくれる愛らしい存在である。


「子どもから大人まで幅広い世代に愛されるキャラクター。それがアランナラ。それを聞いて私はピンと来たのですよ。アランナラをモチーフにした体験型の施設があれば、童話よりも濃密な喜びを得られるんじゃないかとね」


「それはなかなか、大掛かりな構想ですね」


 体験型の施設となると、デザインも一筋縄ではいかなさそうだ。訪問者に対する視覚効果や、行動心理も考慮する必要がある。


「ええ、はい。私も初めて行う類の事業ですので、不安は伴いますが……。成功すれば収益は大きいでしょう」


 前方を見つめたまま張偉が頷く。その眼差しは遠い未来を見据えているようでもあった。


「それに子どもたちには新たな遊びを提供できて、大人たちには童心に返って楽しんでもらえる。そんな夢のような空間を提供できると思うのです」


「──素晴らしい。素晴らしいですよ、張偉さん!」


 思わず拍手しながら、カーヴェは惜しみない賛辞を口にした。


 デザイン設計が困難を極めるのは必至だが、カーヴェの胸に湧いてくるのは忌避ではなく高揚だった。カーヴェ自身、スメールで生まれ育った者として、アランナラには愛着がある。


 もしも父を早くに亡くしていなければ、自分だって他の家庭の子どもたちのように、アランナラに夢中になっていたかもしれない──そんなふうに思ったところで、カーヴェはやくたいのない感慨を振り払った。自身の境遇など関係ない。これほど夢のあるプロジェクト、たとえ難しくともやりがいがある。


「僕も全力で協力しましょう。それにしても、どうしてこのことを昨日言ってくださらなかったんですか? そうしたら、僕だってそれに合わせた提案ができたのに」


「あのときは……そう、この計画を口にする決意が固まってなかったのですよ」


 どこか言葉を探すように張偉は目を逸らした。座席に深く座り直す。


「なにせ壮大な話ですからね。まだ迷うところがあったのですよ。そのせいでカーヴェさんにはご迷惑をおかけしましたが……おお、着きましたよ。カーヴェさん、ここです」


「着いたって……ここですか?」


 カーヴェは座席から腰を浮かせると、停止した駄獣の荷台から柔らかな地面へと降り立った。


「いかがですかな、カーヴェさん」


 木々に囲まれながらも開けたその土地は、ちょっとした屋敷程度の床面積なら確保できそうだった。広さだけ見れば、体験型施設を構えるには申し分ないだろう。張偉の声にも誇らしげな響きがある。


「ほど良く自然に恵まれた、アランナラのテーマパークとして相応しい立地でしょう。この場所を活かしたデザインを考えていただきたい」


「いいえ──」


 しかしカーヴェは顎先に指を添えたまま、頭を振った。依頼人の気を損ねることを承知の上で、毅然と言葉を続ける。


「張偉さん。申し上げにくいのですが、やはりこのままではダメです。お引き受けすることはできません」


「……なぜでしょうか? この土地を見て、なんだってそんなことを言うのです?」


 荷台から降り立った張偉の声には硬い響きがあった。


「私があなたをここまで案内したのは、実際に見ていただくことで、より良いデザインを考案していただくためです。それをどんな了見で断ろうと言うのですか?」


「理由は、昨日お話ししたものと同じですよ。覚えてらっしゃいますか?」


 昨日の商談では実地検証はせず、地図上で判断を下した。地図で見ただけでも自明なことだったからだ。その結果、張偉と揉めることになったのだが……あのときの判断は正しかったと確信しながら、カーヴェは続けた。


「ほど良く、ではありません。ここは自然のまっただ中です。野生生物の危険が大きいこんな場所に家屋を、ましてやテーマパークなんて建てるわけにはいきません」


「はあ。この穏やかな環境を目の当たりにされても、昨日と同じ主張をされるわけですか」


 呆れ半分、苛立ち半分といった具合に、張偉は腕を広げた。もっとよく見ろと、言外に語っている。


 だがカーヴェは毅然とした態度を崩さなかった。


「僕は仕事柄、スメールの土地をよく知っています。そしてそれを見誤ったときにどれほど取り返しがつかないことが起きるのかも、身をもって知っています」


 かつてスメールに死域が蔓延していた頃を思い返しながら、カーヴェは依頼人の説得にかかった。


 商談の目的は相手を言い負かすことではない。双方により良い着地点を模索しなければ、昨日と同じ結末となってしまう。


「一見、ここは穏やかですが、環境から考えて野生生物の通り道になっているのは間違いありません。まずはその危険性をどうにかする必要があります」


「ではレンジャーを雇って、ここいらの獣を一掃しろとでも?」


「それができれば話は早いですが、範囲や環境保全を考えると、現実的ではないでしょう。それよりはエルマイト旅団を長期で雇って、工事中と開園後の警備をしてもらう方が良いかと思います」


「いや、カーヴェさん。建築依頼費以外に長期の雇用などしては、予算を超えてしまう。私に破産しろと言うんですか⁉︎」


 まずい流れだ、とカーヴェは頭の中で囁いた。昨日も予算の話題が挙がってから、工事費を安くしろだのと無茶を言われたのだ。


(落ち着け……自分を保つんだ。僕まで熱くなっちゃいけない)


 ここでケンカ腰になっては終わりだ。


 冷静に、自制心を保たねばならない。


 せっかくの機会を向こうだって棒に振りたくはないはず。安全の確保とそのための費用、これらを解決する手を捻り出さなければ──


 張偉のため息が大きく聞こえた。


「要するに、あなたはこうおっしゃってるのですね? この場が安全にならなければ依頼を断る、と」


 憤慨したかと思ったら妙に落ち着いた様子で、張偉が訊ねてきた。


 できれば断りたくはないのだが、不承不承頷く。


「え、ええ。まあ……そうせざるを得ない、という話ではありますけど」


「では契約に従って、百万モラを支払っていただきましょう」


 いったい何を言われたのか、カーヴェはすぐにはわからなかった。


 ようやくカーヴェが相手の発言内容を理解したのは、真剣な目つきでこちらを睨む張偉が契約書を──酒場で書いたあの紙を──ちらつかせてからだ。


「百万モラ? 何の冗談ですか、張偉さん。そんな約束はしていません」


「とぼけるつもりですか? ここにしっかり、あなたは署名しているじゃないですか」

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