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【原神】友を祝う美酒②

「ほんとに何なんだよ、あいつは!」


 家を出てからこちら、冒険者協会の向かいの坂道を下り終えるところまでずっと、カーヴェの苛立ちが収まることはなかった。アルハイゼンへの不満が延々と呪詛のように、薄く開いた口から漏れ出ている。


 酒、酒、酒。ただ旅人を祝いたいだけで、どうしてああも言われなくてはならない? いや、泥酔して帰った事実を突きつけられたら反論は厳しいが、それにしたってあいつの口は悪すぎる。


 それに酒のこと以上に、アルハイゼンが旅人を祝うことに乗り気じゃないのが心外だった。かつてスメールの危機では、アルハイゼンは自分以上に旅人と協力関係を築いていたというのに。それがあんな些事みたいな反応をとるだなんて……


「……しまったな。先に教令院に寄っておけば良かった」


 道端の子どもたちからすれ違うたびに怯えた目を向けられていることに気づかぬまま、カーヴェは舌打ちした。


 大マハマトラのセノは任務中でなければ、たいてい教令院に詰めている。彼を誘うならまずそちらへ顔を出すべきだったが、イラつきのあまり無計画にここまで歩いて来てしまった。今から教令院へ向かうとなると、来た道をそのまま引き返さなくてはならない。


「はぁ、なんて時間と体力の無駄遣いだ。けど仕方ないか……おや?」


 観念して踵を返そうとしたカーヴェの視界に、見慣れないものがよぎった。


 気になったカーヴェが足を止める。視線の先の建物はランバド酒場だ。昨夜、カーヴェが酔い潰れるまで飲んでいた店である。その軒先に停まる荷車にカーヴェの目は留まっていた。正確には、その荷台から店内へと運び込まれる、酒瓶の箱に。


「外観からして璃月(リーユエ)の箱かな。さては店主(マスター)、新しい取引先ができたな?」


 地元酒の扱いが多いランバド酒場で、輸入物は珍しい。店内に運び入れ終えた商人たちと入れ違うように、カーヴェは興味の向くまま入店した。


 こんな寄り道をしてる場合ではないと、頭の中では理性が囁いていたが、どうせここを飲みの会場にするのだから今のうちに席の予約を入れてしまおうという考えが、新たに湧いて出て来た。そうすればここまで歩いて来てしまったのも、無駄にならないというものだ。


 自分を納得させられる大義名分を得たカーヴェが、カウンターに歩み寄る。折よくそこには、先ほど入荷したばかりであろう外国酒が、まだ値札も付いてない状態で置かれていた。


「やっぱり璃月産だったか。にしたって見たことのないラベルだな。どこの酒だ?」


「よう、カーヴェ。そいつは仕入れたばかりの新商品だぜ」


 しげしげと酒瓶を眺めるカーヴェに、カウンターの内側から太い声がかかった。酒場の主人(マスター)ランバドはとっておきを告げるようににやりと口の端を上げた。


蒲公英(ダンディライオン)酒ってのがモンドにあるだろ? その製法を参考に、璃月の老舗が独自に作ったもんだ。もっとも、まだ試作段階なんだがな。こいつはその数少ない一本を特別に取り寄せた物だ」


「へぇ。じゃあ限定ものってことか」


 深く頷きながら、カーヴェは瓶のガラス越しに中身を透かし見た。当然、味などわかろうはずもないが、澄んだ液体は口当たりの良さを想像させる。知らず、カーヴェの喉がぐびりと鳴った。


 そういえば、旅人は最初に訪れた国がモンドで、次に璃月を旅したと聞いたことがある。その二国に由縁のあるこの酒は祝いの酒としてうってつけじゃないか?


「よし、こいつを売ってくれ!」


 立ち寄って正解だった。収穫に顔面をほころばせて、注文を続ける。


「包まなくていい。あとで店に飲みに来るから、棚にキープしといてくれ」


「あいよ。お代は二万モラだ」


「はぁ⁉︎ いくらだって⁉︎」


 一転してカーヴェの両目が驚愕に見開かれた。


 聞き間違いか? 二万モラもあれば、普段この店で飲んでるボトルが十本は買えてしまう。


「いや店主(マスター)、落ち着いてくれ。いくら僕でもそんなに飲むつもりはない。買うのはこの一本だけだ」


「お前さんこそ落ち着けよ、カーヴェ。こいつは限定品だぞ。これ一本で二万モラだ」


 すがる想いで店主の勘違いの可能性に賭けたが、あっさり払いのけられてしまった。ダメ押しとばかりに、酒瓶の前に二万モラの表記が入った値札が置かれてしまう。


「くっ、二万か……」


 出せない金額じゃない。しかし酒一本の価格としては高額だ。どうする。諦めるか。


(いや、何を迷っているんだ)


 今回の祝いはめったに無いものだ。ならば、めったにお目にかかれない高級酒を開けるのは、機会としてはむしろぴったりだと言える。


 それに自分の意気込みをみんなにも示せるというものだ。


(よし、買おう!)


 不敵な笑みを浮かべて、カーヴェはポケットに手を突っ込んだ。指先に当たった感触は家の鍵のものだ。


 不敵な笑みにやや疑問を(かげ)らせて、反対側のポケットに手を突っ込む。続けて尻のポケット、服の内側に手を突っ込み、最後に工具箱の中を覗き込む。


 財布がなかった。

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