【原神】友を祝う美酒①
【登場キャラクター】
カーヴェ(CV:内田雄馬)
スメールの著名建築デザイナー。多くの物事に対し、行き過ぎた思いやりの心を持つ。唯美主義者だが、現実に悩まされている。
【イラストURL→→→https://upload-static.hoyoverse.com/hoyolab-wiki/2023/02/24/194600931/8e0ca586cb91a8639e99a378f133e082_170091342007601312.jpg】
アルハイゼン(CV:梅原裕一郎)
スメール教令院の現書記官。並外れた知恵と才能の持ち主。悠々自適の生活を送っており、人に行方を知られることは滅多にない。
【イラストURL→→→https://upload-static.hoyoverse.com/hoyolab-wiki/2022/12/10/132746206/9cebf55e85db00a02605e7b2d64c4366_7216553360947279781.jpeg】
「おい、これを見たか、アルハイゼン!」
自宅のソファで読書にふけっていたアルハイゼンは、時ならぬ騒がしさにわずかに目線を上げたが、何事もなかったようにすぐまた文面に目を戻した。『トゥライトゥーラにおける古代文字の変遷と考証』と題された書物のページを繰り進める。
一方、無視された金髪の同居人は、そんな無反応など意に介さぬままテーブルに新聞を拡げた。スチームバード新聞──水の国フォンテーヌで最も格式高い、国際的な報道機関の発刊紙だ。その一面記事には、先日フォンテーヌを揺るがした国土水没事件の顛末が書き起こされている。
その記事の掲載写真には、事件解決の功労者として二人の人物──金髪の旅人と、旅人の空飛ぶ白い相棒が大きく写っていた。
「旅人とパイモンだぞ。まさかこんな形で二人の近況を知れるだなんてな。しかもだ、これ以外にもすごい活躍をしていたらしい。なんと──」
「──連続少女失踪事件の解決だろう?」
アルハイゼンの声は決して大きくなかったが、興奮のまま捲し立てる同居人──カーヴェの発言を遮るには充分だった。本のページをめくる手を休めぬまま、発言を補足する。
「フォンテーヌで十八年に渡り未解決となっていた事件の犯人を、旅人が突き止めた。記事にはそうあるな」
「なんだ、君、もう読んでたんじゃないか」
とっておきのネタを先取りされて、カーヴェが口を尖らせた。憮然とした顔で新聞をたたむ。
「読んでたなら最初にそう言えばいいだろ」
「誰も『読んでない』とは言わなかっただろう? それよりも君は、その新聞が届いたであろう時刻と、今がとっくに昼を過ぎている事実を、もっと結び付けて考えた方がいい」
ようやく本から顔をあげて、アルハイゼンは切れ長の目で不満げな同居人を見据えた。表情を変えぬまま淡々と〝提案〟を続ける。
「付け加えて言えば、朝の時報が鳴るには遅いからといって、代わりに君がけたたましくする必要も、ないと思うが」
「ああはいはい、読書の邪魔をして悪かったよ。ん? そういえば、君がこの時間に書斎にいるのは珍しいな?」
「今日は非番だ」
何を今さらといった風に、教令院の書記官を務める男は首を傾げた。
「必要なことは午前中にあらかた済ませ、今は読書の時間をとっている。たしか君には教えていたと思うが……ああ、そういえば昨日の君は泥酔していたな」
「うっ……」
思い出したくない記憶を刺激されたカーヴェの喉から鈍い音が鳴った。旅人のビッグニュースでいっぱいになっていた頭が、興奮が冷めたためか今になって痛みを訴えてくる。典型的な二日酔いだ。
「あれほど酔い潰れて帰ってきて、一言の返事もなく自分の部屋に直行するとは、実に良い身分だと思ったよ。さすがはスメールでも名高い建築家だ。さぞ大きな案件を得られたのだろうな」
「き、君なぁ! そんな状態でまともに話を聞いてるわけがないだろ⁉︎ あ、いや、僕の態度が悪かったのは謝るが……」
ばつ悪げに目を伏せながら、カーヴェは痛む額に手を当てた。
案件を得るどころか、昨日会った依頼主は最悪の部類に入る方だった。非現実的な願望を並べるばかりで、せめて実現可能なラインで折り合いをつけようとするこちらの折衷案には、ちっとも耳を貸さない。提出したプランはことごとく却下されてしまい、結果、言い争う形で交渉決裂となった。
その後は憂さ晴らしに酒場へ行ったのだが……そこから起床するまでの記憶がすっぽり抜け落ちていた。前後不覚になるまで飲んだのだろう。言い訳の余地もない。
余地もないのだが……そもそもあんな不愉快な依頼が来なければ、こうはならなかったのだ。本当は自分だってヤケ酒などしたくない。もっと喜ばしい話題を気が置けない友人と共有して、酒の席を囲みたいというのに──
「──そうだ、いいことを思いついたぞ! 今夜、旅人の活躍を祝して集まるのはどうだ?」
「……ほう?」
アルハイゼンの片眉がわずかに上がった。決して友好的には見えないその変化に気付かぬまま、カーヴェは降って湧いた名案を続けて口にした。
「セノとティナリにも声をかけよう。集まる約束の日はまだ先だけど、こんな特別な時だ。彼らならきっと予定をつけてくれる。場所はカフェか……いや、やっぱり盛り上がるなら、酒場だな」
「素晴らしい計画力だ。二日酔いのただ中で、もう次の飲酒を考えているとはな」
嘲笑う様子もなく、アルハイゼンの表情は動かないままだった。しかし、淡々と放たれる言葉は刃のように鋭い。
「だが二人の都合を考えていないんじゃないか? 君と違って、彼らは定職に就いている。突発的な集まりのためにスケジュールを空けてもらえると考えるのは、いささか楽観的と思うが」
「人を無職みたいに言うなよ! ちゃんと、そのあたりも考えてるさ。都合がつかなければ、別の日を提示する。それも近日中のね。早く祝杯をあげたい気持ちは、僕らは共通して持ってるはずだからな」
「なるほど、賢明だな。酒のこととなると、君はとても機転が効くらしい」
「はぁ? 酒のためじゃない!」
長い付き合いで、アルハイゼンの癪に障る言い回しは耳が痛いほど聞き慣れている。腹立たしくなることはしょっちゅうだが、それでもだいたいは流せるものだ。
だが、こと旅人の件に関しては、カーヴェとしては反発せずにはいられなかった。
「君はまさか、僕が酒を飲みたいからって、旅人をその理由に使ってるとでも言いたいんじゃないだろうな? 断じて違うぞ! 僕は純粋な気持ちで、この喜びをみんなと分かち合いたいと思ってるんだ。君だって、そう思わないのか? 今日が非番なら、その時間を旅人を祝うために使おうとか、思うだろう?」
「いや?」
さも当然のことのようにアルハイゼンは否定してのけた。
「俺が俺の時間をどう使おうと勝手だろう。旅人の件が喜ばしいのは別として、今の時間を割くつもりはない」
「あ、呆れたぞ。いくら君とは反りが合わないと言っても、この点については同じ気持ちを抱いてると思っていたのに!」
怒りよりも悔しさをにじませて、カーヴェが拳を震わせる。一方で、アルハイゼンは無感動のまま、また書物に目線を落とした。
「君も自分の時間は大切にした方がいい。ただでさえ、今日は午前中を寝床で過ごしたんだ。今からでも借金返済のために勤しんだらどうだ」
「もういい! 君と話してるこの時間が、まさに浪費だったよ。これ以上は邪魔しないから、ゆっくり読書を続けてくれ!」
怒りとそれ以上の落胆を吐き出して、カーヴェは工具箱を持ち上げた。それを肩越しに背負うと、服の裾を翻して大股でドアへと向かう。
「カーヴェ」
ふと何か思い出したように、アルハイゼンが顔を上げた。しかしそのときには、カーヴェはことさら大きな音を立ててドアを閉め、書斎をあとにしている。
「……」
それを追いかけるでもなく、無言でドアから視線を外すと、アルハイゼンはまた読書の世界に入り込んだ。