EPISODE4 謎の修道女
女性というにはまだ若く、歳はエリーゼと同じぐらいか。左手には兵士から奪ったサーベル、そして右手には革製の鞭が握られていた。
エリーゼは驚きのあまり目を見開く。
目の前のいる修道女は先ほど、あの鞭を使って一列に並べられた銃の向きをずらしたのだ。倒れた隊長の背後から飛び出した鞭は、一番離れた場所にいる兵士の銃に絡みつき、なまじ密集して横一列に並べられていたこともあってか、修道女に引っ張られるとドミノ倒しのように彼女へと銃口を向け―――その射線の間にいた隊長に銃弾が吸い寄せられていったのだった。
「貴様・・・!」
兵士の一人が、新たな乱入者を睨みつける。
「我らがメッテルニヒ枢機卿直属の銃士隊と知って、邪魔立てする気か!」
しかし修道女は怯む様子もなく、目と眉を吊り上げた。
「困っている者に手を差し伸べるのが、私たち修道女のお仕事ですので」
「このっ、馬鹿にしやがって! かかれっ!」
仲間の兵士たちが、猛烈な勢いで修道女に切りかかった。修道女の方も奪ったサーベルで応戦し、いくつもの剣が激しくぶつかり合って火花を散らす。
男女の体格差で膂力こそ兵士たちの方が上だが、剣閃の速さでは修道女の方に分がある。だが、人間が連続して剣を振れる時間というのはそう長くない。であれば、いずれ数で勝る兵士たちに押し切られてしまうだろう。
「はぁ、はぁ……」
その証拠に、修道女の方は徐々に息が上がってきている。対して兵士たちの方は交代で彼女と打ち合っているため、まだ体力にいくらかの余裕があった。
「さっきまでの威勢はどうした?」
にやり、と残虐な笑いを浮かべる兵士たち。
「逃げ場はないぞ?」
その言葉通り、じりじりと後退していた修道女は袋小路に追い詰められていた。もちろん偶然ではなく、兵士たちが逃げられないよう誘導したのだ。
その時――。
兵士たちの背後でシュッ!と何かが擦れる音がした。
思わず、兵士たちが後ろを振り返る。そこにいたのは、もう一人の修道女。手には火の付いたマッチ棒が握られている。先ほどの擦れるような音の正体は、彼女がマッチ棒で火をつける音だったのだ。
だが、何故こんなところでマッチ棒を持った修道女が?
兵士たちの疑問に答えるように、追いつめられていた方の修道女が口を開いた。
「モニカ、遅いよー」
沈黙を破ったのは、追いつめられていた方の修道女だった。
「いっくら私でもさ、7対1は流石に無理だって」
「えー、でもフランカちゃん‟新記録更新するぞー”ってノリノリじゃなかった?」
「それはまぁ、そうなんだけど……まぁ、あれだね。若気の至り的な」
「貴様、何のつもりだ? こいつの仲間だというなら、容赦はしないぞ」
兵士の一人が脅すように睨みつけるが、フランカと呼ばれた修道女は慈愛の眼差しで視線を地面に向けた。兵士たちもつられて、一斉に地面を見る。
暗がりでよく見えないが、ちょうど自分たちのいる袋小路の入り口と、マッチ棒を持つ修道女のいる通りの間に、細長い水たまりができている。
「この水たまり……まさかっ!?」
兵士がその正体に気づいた時には、既に手遅れであった。
「待てお前、仲間ごと燃やす気で―――」
「えいっ♪」
制止の言葉も終わらぬうちに、フランカが火のついたマッチ棒を水たまりに投げ捨てる。あらかじめ撒かれていたアルコールと油で出来た水たまりは瞬く間にもの凄い勢いで燃え上がり、兵士たちを袋小路に閉じ込めた。
「おいっ!? お前、フランカとか言ったな!? 今すぐ仲間に止めるように言え!」
「そうだそうだ! このままだと全員、焼け死ぬぞ!」
炎のカーテンに慌てふためく兵士たちは、つい先ほどまで敵対していたことも忘れて、一緒に閉じ込められた修道女に食って掛かる。
「えー、神の前で二階級特進できるチャンスじゃん」
手のひら返しを始めた兵士たちに、呆れたように溜息を吐くフランカ。だが、兵士たちも必死だ。
「うるせぇ! 俺には故郷に残してきた妻と娘と両親と娘婿がいるんだよ!」
「俺も実家がアンデスにあって……仕送りがないと、今年の冬は越せないかもしれない……」
「借金のカタで娼館に売られた姉ちゃんは、僕が取り返すんだ!」
「いや銃士隊の皆さん、色々と背負ってるもの重過ぎじゃない!?」
唐突に語られ出した敵の悲しい過去に同情しつつも、「それはそれ」と割り切ってフランカは素早く法衣の中から風変わりな仕掛け拳銃を取り出した。
それを建物の上めがけて発射すると、銃口から弾丸の代わりにロープが飛び出していく。ロープの先端にはフックが付けられており、建物から突き出た木製バルコニーの床を貫通すると、バネ仕掛けが作動してフックが広がって引っかかった。
「よっと」
ピンと張ったロープの手応えでフックが引っかかったことを確認してから、フランカは仕掛け拳銃に備え付けられたボタンを押す。すると拳銃内部に格納されたぜんまいバネが回転し、金属メジャーの要領でフランカを上に引っ張り上げていく。
「ごめんね! でも多分、燃え広がりはしないから大丈夫!」
「「「「多分じゃ困るんだよぉおおおおお!!」」」」
兵士たちの悲鳴をバックにフランカは急上昇し、鞭を器用に操って別の建物の梁に巻き付け、振り子のように移動することで袋小路から脱出した。
「さて、と」
エリーゼとジゼルを拘束していた、残る二人の兵士にフランカは視線を向ける。兵士たちは色を失い、互いの顔を見合わせた。
彼らはまだ腰にサーベルを持っていたが、勝ち目はないと悟ったらしい。悔しそうに顔を歪めて「覚えとけーっ!」などと小物くさい捨て台詞を残して、一目散に逃げて行った。
残されたエリーゼとジゼルは呆気に取られて兵士たちを見送り、続いて謎の修道女たちを見やる。
「あ……その」
「うん?」
「あなた達は一体――」
エリーゼの質問に、最初に現れたフランカは「チッチッ」と指を立てて左右に振った。
「そんなことより、何か言う事ない?」
「え? ありがとう、ございます……?」
「だーいせいかーい♪」
腐乱かの顔に、ぱぁあっと満開の笑みが広がった。こうして笑うと、どこにでもいる同年代の少女のようだ。
「てなわけで、さっき聞こえたかもしれないけど、一応自己紹介しとくね。私はフランカ、こっちのナイスバディがモニカ」
「ないすばでぃ……」
なに言ってんだこの人。
意味が分からず、エリーゼは助けを求めるようにジゼルの方を見た。ジゼルは首を横に振った。やっぱり意味が分からないらしい。
エリーゼが狐に包まれたような思いで再びフランカを見やると、彼女はゆっくりと手を差し出した。
「君がエリーゼ?」
エリーゼが首を縦に振ると、フランカは「ふむふむ」と顎に手をやり、それから大げさな仕草でびしっと指さした。
「君さ、私たちの仲間にならない?」
「あ、そういうのは結構なんで」
速攻で否定したエリーゼを見下ろし、フランカは目を細めた。
「つれないなぁ、せっかく助けてあげたのに」
「別に。頼んだ覚えはないわ」
ぴきっ、とフランカの笑顔が凍り付いた。まるで仮面のように張り付いた笑顔のパーツのうち、唇だけがヒクヒクと奇妙に痙攣する。
「え、エリーゼ様は私が護りますッ!」
あたふたとジゼルが間に割って入り、ふんすっと腕を構える。徒手空拳でも戦うぞ!という強い意志が見て取れる。が、腕っぷしの方は見るからに残念であることが見て取れる。
そんな主従を見て、フランカは「ふぅん」と含むような表情を浮かべた。
「まっ、そこまで言うならどーぞどうぞお好きにどーぞ」
芝居がかった動きで道を開けられ、エリーゼは小馬鹿にされたことに苛立ちつつも、ジゼルに支えられて立ち上がった。今は一瞬でも時間が惜しい。一刻も早くピサロ邸に向かうべく、駆け出―――。
ぷすっ。
駆けだそうとした瞬間、首筋に小さな痛みを感じた。
「え……?」
何が起きたのか認識する前に、体から力が抜けてしまう。誰かに攻撃を加えられたのだ。誰に? 決まっている。背後を振り返ろうとしたが、痺れた体ではそれも適わない。
朦朧とする視界の隅から、新たに吹き矢を持った修道女が現れた。どうやらフランカには、まだ別の仲間が潜んでいたらしい。
「なんか面倒なことになってから刺しましたけど、これでよかったでしょうか?」
「さっすがヘレナ、ありがとグラシアス! 助かったよー」
視界が熱を伴ってみるみる朱に染まる。急激に意識が狭まり、無に等しいものになる。上体が前に流れるのを止められず、歯がゆさに声が漏れた。
「く、そ……っ」
明滅する視界が急激に暗くなり、エリーゼの体は地に伏した。
フランカの使ってる仕掛け銃、イメージはスターウ〇ーズEPISODE1のナブー警備隊が使ってた、ハープーンガンです。