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コンキスタドール・シスターズ ~新大陸ローマ帝国と枢機卿の蒸気機関~  作者: ハプスブルク朝アメリカ帝国(新大陸ローマ帝国)
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EPISODE3 夜のリオデジャネイロ


 夜の月明かりはリオの街を美しく照らし、それはエリーゼが眠る独房にも降り注いでいた。



 リオデジャネイロの街を一望できるコルコバードの丘、そこから街を見下ろすように巨大なキリスト像が立っている。

 両腕を広げた形の巨大なキリスト像は帝都の大聖堂に匹敵する大きさであり、実際に台座内には祭壇が設けられ、150名ほどを収容できる礼拝堂となっていた。


 その地下最深部に、エリーゼの眠る牢獄がある。切り立った崖に面した牢獄の窓からは、不気味な青白い月明かりが降り注ぎ、彼女の美しい顔を照らしていた。




「―――お嬢様、起きてください」


 自分を呼ぶ声に目を開くと、驚いたことに独房の扉が開いている。手招きしていたのは、自分に長く仕えてきたメイドのジゼルだ。


「来てください!早く!」


 ジゼルは戸惑うエリーゼの手を引き、冷たい石張りの廊下を走る。


「ジゼル、これはどういうことなの?」


 こんな深夜にこっそりメイドが牢屋から出してくれるなど、どう考えても正式な解放であるはずがない。


「ペルー公爵令嬢が手配してくださいました」

「そう、ベアトリスが……」


 ペルー公爵令嬢、ベアトリス・ピサロはエリーゼの幼馴染だ。


 ピサロ家もまたコンキスタドールの家系であり、かつてアンデスを支配していたケチュア人の帝国を滅ぼし、その功績によって代々ペルー副王領の統治を任されている。



「コルテス家の屋敷は黒色銃士隊が取り囲んでいますが、ピサロ家にはまだ枢機卿の手は及んでいません。ベアトリス様がその中庭に、私有の小型飛行ガレオン船を待機させてくださってます」

「それに乗って脱出しろと?」


 エリーゼの言葉に、ジゼルが頷いた。


「はい。コルテス家の領地までは距離がありますが、幸いピサロ家の支配するペルー副王領なら飛行ガレオン船を使えば、2日ほどで帝国鉱山都市ポトシに着くでしょう」



 約16万の人口を抱える帝国鉱山都市ポトシは、ペルー副王領の心臓部と呼んでも過言ではない。隣接するポトシ銀山で産出される銀がもたらす富は、ピサロ家を新大陸で最も裕福な貴族とした。


 何よりペルー副王ディエゴ・ピサロとは、エリーゼも面識がある。ピサロ家の庇護下に入れば、少なくとも身の安全は保証される。いかに枢機卿の異端審問官いえども、大貴族の領地には容易に手出しは出来まい。


 エリーゼはそこで先日の無茶苦茶な婚約破棄と異端審問の詳細をつづって、実家と皇帝陛下に手紙を送ることにした。そして帝都エルドラードの大審問院にて、全ての真実を明らかにするのだ。


 エリーゼはジゼルに連れられ、なるべく人目を避けて夜の街を移動した。




 ***




 リオの街は大まかに中心部、北部、南部、そして西部に分けられる。中心部は官公庁や商業施設が立ち並ぶ政治経済の中心地であり、北部には一般市民の住宅地や工業区、大西洋に面したビーチを有する南部はリゾート地と高級住宅街となっており、西部にある山塊の斜面にはファヴェーラと呼ばれるスラム街が広がっていた。



 来たこともない古ぼけた街道の片隅から見る世界は、雨によって視界が悪く底が見えない。目立つ道を嫌って主要な街道は避けたため、この位置が本当に自分の認識と合っているのか、正直なところジゼルにもエリーゼにも分からなかった。

 

 しばらく進むと、珍しく街道沿いに集落があった。宿も酒場もあるくらいには大きな集落だった。魚の焼ける美味しそうな煙、酒を酌み交わす杯のたてる音、その中で遊女っぽい女がしなをつくっては旅人の袖を引っ張っている。



 あと少しで、ピサロ家の屋敷に辿り着く……。



「しっ!」


 突然、ジゼルが唇に人差し指を当て動きを止めるように指示した。


(あれは……)


 ぼんやりと明かりが二つ三つ現れ、かすかに話し声が聞こえてくる。廃屋の壁にある隙間から外を窺うと、街道から明かりを持った鎧姿が近づいてくるのが見えた。


 枢機卿の兵士ではなく、どうやら傭兵らしい。リオは帝国有数の大都市だが、町から一歩外へ出れば未開のジャングルが広がっている。貴族たちはプランテーションを広げようと開拓民を送り込んでいるものの、しばしば原住民の抵抗に遭っているというから、恐らくは彼らに対抗するために貴族が雇ったのだろう。



 とはいえ、気づかれないに越したことはない。別に異端審問にかけるわけでないにしろ、別の面倒に巻き込まれることは見えていたからだ。


 そんなわけで別の迂回路を通って移動したエリーゼたちだったが、窓を曲がった瞬間に全身が凍り付いた。

 


 ――ちょうど非番だった、枢機卿の兵士と出くわしたのだ。



 高級住宅街ともなれば、金持ちの為の小綺麗な歓楽街もある。恐らく日々の生活の中で頑張って貯蓄した小遣いをはたいて、思い出にでもするつもりだったのだろう。



「おい、お前たち!」


 しかし非番とはいえ、それで見逃してくれるほど甘い相手ではない。黒い軍服が素早く動き、慣れた動作で銃をかまえた。


「そこを動くな!」


 動くなと言われて、動かないわけがない。慌ててエリーゼたちが曲がり角に隠れた瞬間、耳をつんざく轟音が夜の空気を震わせた。


「どうしましょう……!?」


 ジゼルの顔が青ざめる。今の発砲はエリーゼたちを狙ったものではなく、仲間の兵士を呼ぶためのものだ。まもなく、騒ぎを聞きつけた兵隊が集まってくるだろう。


「っ――逃げるわよ!」

 

 エリーゼは水溜りを蹴散らし、暗闇の道を走った。全身が濡れるのもかまわず、服から水を滴らせながら、ただ走る。


 

 だが、貴族の令嬢であるエリーゼやメイドであるジゼルよりも、訓練された兵士の方が速かった。非番ゆえに鎧を着ていなかったことも幸いしてか、兵士は瞬く間にエリーゼたちに追いついた。



「大人しくしろ! 逃げられないぞ!」

「きゃっ――!?」

 

「お嬢様!?」


 エリーゼの服を兵士がぐいと掴み、そのまま彼女を押さえつけようとする。先を走っていたジゼルが慌てて振り返る。


「っ――」


 地面に押さえつけられたエリーゼはとっさに手元の砂を掴み、兵士の顔めがけて投げつけた。


「ぐっ!? 目が――」


 運よく砂が目に命中したらしく、兵士が悲鳴を上げた。砂で目を塞がれた兵士は痛みに呻き、駆け戻ってきたジゼルが道に転がっていた酒瓶で勢いよく頭を殴りつけると、気を失って地面に倒れる。


「……殺してしまった、のでしょうか?」

「正当防衛よ」


 適当に応えながら、エリーゼは倒れた兵士の制服をまさぐった。そしてベルトに掛けられた回転式拳銃を掴むと、銃弾が装填されていることを確認する。


 既に至るところで笛や鳴子の音が聞こえ、このまま気づかれずにピサロ邸に向かうことは、もはや絶望的だろう。であれば、せめて――。



「いたぞ!こっちだ!」


 

 エリーゼの予想通り、十字路のあちこちから兵士が現れた。綺麗に隊列を組み、銃剣を付けた回転式ライフル銃でこちらに狙いを定める。


「おかしな真似はするな! 銃を捨てろ!」


 だが、エリーゼは怯まず拳銃を倒れた兵士に向けた。


「それはこっちの台詞よ。早く銃を捨てないと、あなた達の仲間を撃つわ」


 必死に凄むエリーゼだったが、サーベルを持った隊長格の兵士は小馬鹿にするようにせせら笑う。

 

「好きにしろ。神と職務に殉じるなら、そいつ……えっと」

「カルロス伍長です」


 言葉に詰まった隊長に、傍にいた兵士が耳打ちする。


「カルロス兵長も本望だろう!」

「……っ」


 エリーゼは唇を嚙む。


 枢機卿に仕える黒色銃士隊は、皇帝に仕える白色銃士隊と並ぶ、エリート兵士たちの集まりだ。彼らは死を恐れず、職務に忠実で、練度も高い。任務の為であれば、喜んでその身を犠牲に捧げる。


「脱獄犯だな? 宗教裁判中の脱獄は嫌疑を認めたものとして、枢機卿に仕える我ら黒色銃士隊には令状なしの射殺が認められている」


 今度こそ、本当に手詰まりだ。


(どうすれば……)


 エリーゼの背中に嫌な汗が伝う。



「狙え!」


 兵士たちが横隊を組み、整然と銃を構える。まさに絶体絶命だ。

 


 やばい死ぬ―――そう思って覚悟を決めた次の瞬間、ありえない事が起きた。


 

 銃士隊の隊長が「撃てぇッ!」と叫ぶと同時に、横一列に並べられた兵士たちの銃が一斉に声の主へと向けられたからだ。


「がッーーーは?」


 隊長は信じられないといった顔で自分を撃った兵士たちを見て、次に胸に空いたいくつもの穴から血が流れるのを手で抑えながら、ガクッと地面に膝をついて倒れた。


 エリーゼたちはもちろん、兵士たちも何が起きたのか分からなかったらしく唖然としている。いったい何が起きたのか。


「魔女め、何をした!?」


 一人の兵士がエリーゼに向かって叫び、腰からサーベルを引き抜く。だが、バシッ!という空気を切り裂くような音と共に、兵士の右手からサーベルが宙を舞う。


 サーベルは空中で回転しながら隊長の亡骸を飛び越え、その背後から現れた黒い影の手に収まった。



「あれは……!」


 暗がりから現れたのは、黒い法衣をまとった修道女だった。

 

最後のアクションは「マスク・〇ブ・ゾロ」冒頭の処刑シーンをイメージしていただければ。

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