序 +薄暮の川縁+
渡り雲の下、夕刻の風が吹き抜ける畦道を二人連れの影が遠く伸びている。
刈り取ったばかりの青草を詰め込んだ顔を背に負い、草刈り鎌を手に老婆に伴われていつものように家路についていた少年は、緩やかな川の土手道を進み、蛙と蜩の鳴く声に包まれ薄暮に沈みかけている川縁に、ふと目をやり首をかしげた。
「婆様。ありゃ、なんじゃ?」
「んー? どこじゃ……?」
「ほら、あそこ。ズミの根本じゃ。足みたいなもんが……? 婆様! ひとじゃ!!」
「はー? あらぁ……行き倒れかー?」
「俺、ちょっと見てくる! 婆様はここにおってな?」
背に負った草籠を老婆のもとに置いた少年は、慌てて土手の深い草の合間を滑り降りて行った。
「どうかねー?」
老婆の声に少年は注意深く川縁を辿り、倒れたまま動かないそれに近づくとじっと覗き込んだ。
「……わからん! 顔も身体も泥まみれで生きとるのかどうかも……おい! 大丈夫か!?」
反応があったのか、少年は慌てて声をかけながら倒れている者の脇に手を入れ、川の中から引き摺り出そうとちいさな身体に目一杯力を込め、唸り声をあげた。
「ダメじゃ! 俺の力だけじゃ足りん!!」
少年は自分の衣の裾で倒れた者の顔を拭い、立ちあがると土手をよじ登ってきた。
「婆様! 生きてるぞ!! 俺、みんなを呼んでくる!! 婆様は、これであいつに水をやってくれ!!」
少年は自分の草籠に放り込まれていた竹筒の水を老婆に押し付けると、弾かれたように自分達の暮らす集落へと駆け出して行った。
「ふむ……おそらく竜王様の渡りに飲まれたんじゃろうなぁ。川底の石に身を痛めつけられておらねば良いが……どれ」
老婆は、土手道から草の生い茂る川辺の斜面を草刈り鎌で払いながら、泥まみれで倒れたまま動かない者のもとへとゆっくりと降りて行った。