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竜王の星姫  作者: 菜種油☆
第一章
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+都くだり+

「――それじゃ、失礼します」


「うむ。なんとも名残惜しいものだが、これも竜王さまの思し召し。しばらく郷でゆっくりするといい。しかし、この館でそなたの姿が見られなくなる日が来ようとはなぁ……。本当に寂しくなる。見送りに出ておいて、たいした手みやげも持たせてやれず、申し訳ない。こちらに寄った時は、またいつでも遊びに来なさい」


「ええ。ありがとうございます。本当に長い間、いろいろとお世話になりました。こいつは、郷に戻ったら都に上る者に預けますから」


「ああ、いやいや。このまま、おまえさんの屋敷で使うといい。こいつは図体ばかりはご立派な怠け者だが、気だてだけはいい奴だ。

昔はこれでも少しは活躍したものだが、まだ薪運び程度なら少しは役にも立つだろう。伯父君殿に宜しくな。確か次によこすは、ご子息だったか? 楽しみにしておるぞ」


 言葉とともに粗く肩を叩かれ、笑って軽く一礼する。

 最後にもう一度、長く過ごした官舎を振り仰ぎ、身の回りの荷を積んだ牛車の手綱を引いた。飼い葉を食んでいた牛はゆっくりと頭を上げ、彼に続いて一歩、また一歩と進んで行く。

 高くそびえ立つ官舎の立派な門構えをくぐると南に折れ、そのまま真っ直ぐ、都の外に向かって延びる街道沿いに、大門へと足を進めた。


 本当は朝一番に発つつもりだったのに、なぜかあちらこちらで足止めを喰らい、やれ送りの酒だ飯だと散々もてなされ、やっと官舎の門に辿り着くことができたのは、昼を回ろうかという時刻になってからだった。

 特に急ぐ理由もなく、別れを惜しんでくれる皆の気持ちもありがたかった。少し去りがたい思いが足を緩め、早く発たなければと思いながらも、つい長居をしてしまったのだ。

 郷に戻ればこの都に上がる機会も、それほど多くはないだろう。日頃はなんとも思わずにいた賑わう街の喧騒も、そう思えばどこか懐かしいものに思えた。

 ゴトゴトと音を立てる牛車とともに進むうちに、大門の鐘の音が響いた。

 近くを歩いていた旅装束の者達が一様に空を仰ぎ、慌てたように歩を早める。


「え? もうそんな時間なのか?」


「――あんた、知らないのか? 今日は中秋節の舞が竜王宮であるんだ。だから大門も早く閉まるって触れが出ていただろう? なんだかひと雨来そうだし、都から出るなら急いだ方がいいぜ、兄さん」


 傍らを通りかかった男はそう言い捨てると、お先に。と鐘の鳴る方角へ足早に去って行った。


「くそ、こんな時に牛車か……間に合うか!?」


 気がつけば、辺りは同じように都から出る者達で溢れていた。荷車を引く牛達も主人の鞭に煽られて、猛然と大路を駆け抜けていく。

 こんな時に、牛を操る術や鞭さえ持たない官学出身の若者が、周囲の鬼気迫る勢いに叶う訳もない。


 遥か先で閉門の鐘が響き始める。あの鐘が鳴り終われば門は閉ざされ、明日の昼、祭りの儀式が終わりを告げるまで開かれることはない。じきに鳴り終えるはずの鐘の音に、彼はのんびり構える牛を見遣り、あきらめの溜息をついた。


「――仕方ないな。今日はどこかに泊まって、明日……え!?」


 急くような鐘の音に彼が沿道の脇に退こうとした時、それまで周囲の勢いには我関せずのんびりと歩んでいた彼の牛が、突然大きく頭をもたげときの一声を発すると、怒濤の如く大路を行き交う牛車の群れの中に猛然と進みはじめた。


「お……おい!? なんだ!?」


 牛は真っ直ぐに大門を見つめ、手綱を引く彼をも引き摺る勢いのまま、鼻息も荒くガタガタと荷車を軋ませながら激走を続けている。弾む両輪は炉端の石に跳ねあがり、積まれた荷が滑り落ちかけていることに気づいた彼は、慌てて荷台に飛び乗ると、へばりつくように手足を伸ばして荷物を抑えた。

 荒ぶる牛は嘶きながら、手綱を御する者もなく真っ直ぐに大門へと向かっている。


 嘘だろオイ‼︎ こいつのどこが、怠け者だと……⁉︎


 呆気に取られたまま荷車の上で揺られていると、彼の牛車は行き交う人々を蹴散らす程の勢いで、瞬く間に都の大門を抜けてしまった。


「本日、これにて閉門! 閉門ーー!!」


 轟音とともにぶ厚い大門の扉が閉ざされ、最後の鐘が響き渡った途端、猛進する牛は徐々に歩を緩め、大量の汗と湯気を噴き出しながら道端に巨体を寄せると、モシャモシャと埃まみれの草を食み始めた。


 ……ありがたいが、今のはさすがに肝が冷えたな。


 のんきに草むらに顔を突っ込め巨大な牛の豹変ぶりに青ざめつつ、彼は牛車から降りて地面に落ちた手綱を拾い上げた。


「――悪いけど、そろそろ行くぞ。都を出られても、この辺りじゃ野宿しか道はない。おまえも野犬に襲われたくはないだろう?」


 彼の言葉に牛はのそりと顔を上げ、おとなしく手綱に倣って街道に向きなおると、再び牛車はのんびりと進みはじめた。


「峠を越えれば、休める宿くらい見つかるだろう。急ぐ理由もないし、のんびり行くか」


 日が陰り、少しずつ暗さを増す空を見上げながら、彼は牛と連れ立ち、伯父が治める領国への道を辿り始めた。

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