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竜王の星姫  作者: 菜種油☆
第二章
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+織部からの来訪+



 池に注ぎ込む水の音を遮るように、時折乾いた炸裂音が響き渡る。

 伯父や伯母、母、従姉妹の見守る中、遠方に焦点を絞る鏃の研ぎすまされた緊迫感は、瞬発して空を切り裂き、再び的を貫いた。


 ――失礼いたします。


 広い座敷の隅に、千代が姿を現した。


「旦那様、ご来客の御方々がご到着にございます」


「ああ、お見えになったか。こちらへお通しして」


 庭に降り立ち弓を手にしていた青年は、伯父の言葉に一礼して静かに姿を消す千代を見送ると、武具を片づけて端近にあがり、その場から去ろうとした。


「ああ、拓陸。きみも残りなさい。いい機会だから、今後のためにも彼等に会っておくといい」


 伯父の声に彼は表情をわずかに曇らせ、一瞬口を開きかけたが、遠くから微かに近づいて来る気配に黙って衣を整えると、座敷の奥に足を向けた。


 ――どうぞこちらへ。


 千代の声に、ひとりの老人と包みを抱えた供の娘が皆の前に現れた。

 ふたりの客人は座敷の前で一礼し、その場に座して再び低頭した。


「おふた方、ようこそおいで下さいました。どうぞ遠慮なくこちらへ」


「失礼いたします」


 顔をあげた老人が傍らの娘に顔を向け、ちいさく頷くと、娘も顔をあげた。じっと見守る拓陸の視線の前で立ち上がり、領主の前まで静かに進み出たふたりは再び姿勢を正し、板張りの床に指先を揃えて深々と一礼した。


「このたびは、このように立派なお屋敷にお招きいただき……」


「いや、長。固苦しい挨拶は抜きにしましょう。皆、あなた方のご来訪を楽しみにしていたのです。さあ、もっとお楽になさってください」


「……は。それでは早速ですがこの場をお借りしまして、ご覧いただきましょうか」


 老人の言葉に娘は抱えていた包みを解き、その中身を丁寧に座敷に広げた。


「まあぁ……。なんて見事な……素敵ねえ」


 思わず声をあげて身を乗り出した伯母に、老人は笑顔を見せて頷いた。


「今年は気候も良く、糸も近年見られぬ程の良い出来映えでございました。祭りに出す反物をいくつかお持ちいたしましたので、お好きなものがございましたらどうぞお選び下さい。祭りまでに間に合いますよう、仕立て申し上げたく存じます」


 長の言葉に、領主――鳴海柾鷹も座から立ちあがると長の膝元まで近づいて屈み込み、広げられた数々の反物を、満足げに眺めながら頷いた。


「ほほう。これは……この間、納めていただいたものよりも、更に見事な……我が郷の織部の名も、これでますます上がることでしょう。鳴海郷の織部の長の手で仕立てていただけるとは、身にまとう我々も、この反物に相応しい身でなければ皆の前には立てませんね。しかし……このように鮮やかな品を生み出す手業を持つ者に、是非一度お会いしてみたいものです」


「は。じつは……こちらの反物は、この娘が織りましてございます」


「ほう……!?」


 柾鷹は、織部の長の側に控える娘に目を見張った。


「――ああ、そういえば、まだわたしの家族を紹介しておりませんでしたね。一刻も早く、織部の方々の手業を見たいと望むあまり、肝心なことを忘れていた。

 こちらが私の妻、千春に、私の妹の佳苗。その隣が私の娘、秋穂です――そしてあれが、先日お手紙でお知らせいたしました、甥の拓陸です」


「これはこれは。このように皆様へのお目通りが叶うとは思いもせず、このように身なりも整わぬまま御前にお伺いいたしまして、大変申し訳ございません。 姫君方には初めてお目に掛かりますが、甥御様には過日、この娘が大変なご迷惑をお掛けいたしまして……このたびは、この娘とともにお詫びを申し上げようと、こうして参りました次第にございます」


 深々と頭を下げた織部の長と供の娘に、柾鷹は驚いた顔をした。


「どういうことなんだ? 拓陸?」


「――先日、都からの帰り道で偶然知り合ったんです。俺も彼女には世話になりましたし、別に迷惑なんてほどのものじゃありません」


「あの……先日は、本当にどうもありがとうございました」


 顔をあげ、どこか緊張した様子の娘に、拓陸の母、佳苗が声をかけた。


「まあぁ……あなたがこの布を織られたのね? なんてきれいな……兄上、わたし達はもういいでしょう? 織部の方といろいろとお話がしてみたいわ。ね、あなた、お名前は?」


「はい。山之辺紬と申します」


「そう、紬さんは拓陸とも知り合いなのね? この子、お坊ちゃん育ちなせいか、態度が横柄でしょう? 旅の途中で、なにか意地悪なことされなかった?」


 ――母上!?


 紬に向かって余計なことを口走り始めた母に、拓陸が思わず動揺し青ざめると、紬は周囲の視線を一身に受け、口ごもった。


「いえ、そんな! あの……若君には本当にいろいろと助けていただいて、先日こちらにご挨拶に伺った時にも、織部まで若君のお馬で送っていただきました」


「本当!? 拓陸兄ちゃま!?」


「――将星も力をもてあましてたし、その運動も兼ねただけだ」


 同席していた拓陸の従姉妹、秋穂あきほの声に、どこか不機嫌そうに答えた拓陸を、彼の母はどこか笑いを堪えるように眺め、言葉を続けた。


「あら。それは初耳ね? 帰郷の道中で、同郷のお嬢さんとお知り合いになるなんて、拓陸も都から戻った甲斐があったわねえ? 本当に嬉しいわ。

 紬さん、兄上と長様のお話の間、ひとりきりでお待ちになるのも退屈でしょう? あちらの部屋で、わたし達のお話相手になっていただける? もし良かったら、機を織るところも見せていただけないかしら?」


「ええ。機織りでしたら得意ですから、喜んで」


 常に我が物顔で独占してきた拓陸と、目の前の見知らぬ娘が旧知の仲であることに不満そうに頬をふくらませていた秋穂も、機織りの話が出た途端、瞳を輝かせた。


「あきも! あきも行くぅー!!」


「いいわよー。さあ、行きましょう行きましょう。千代さんに織り機の支度をお願いしなくちゃ。長様、紬さんをお借りしますね。それでは兄上、義姉上も御前を失礼いたします」


 兄夫婦に挨拶をして立ちあがった拓陸の母、佳苗かなえと秋穂は紬を取り囲むようにして、あっという間に広間から姿を消してしまった。


「まったく……。慌ただしくて申し訳ない。妹達はいつも屋敷の中にいるためか、お客人が見えられると、ついああなってしまうのですよ」


「いえ、わたしどもの織部でも同じことです。先日、甥御様がおいでになられた際にも、娘達が皆、浮かれ騒いでおりましたから」


 どことなく気まずそうに苦笑を浮かべた伯父と、穏やかに笑う織部の長の視線を受け、拓陸は居たたまれない気持ちのまま、ひっそりと深いため息をついた。

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