08 捜索
光の消失に遅れて、ドーンという花火と似た音が届く。
「シリル様、今のは」
「ただの流れ星にしては、こう……背筋が凍るような感覚があるな。燃え尽きなかったのも不自然だ。屋敷の中に戻ろう」
パッと、ケイティの頬からシリルの手が離れる。代わりに手を握り、ふたりは屋敷へと急いだ。
使用人も異変には気付いており、シリルの指示があり次第すぐに動けるよう待機していた。
シリルは書庫に一度立ち寄ると、すぐに手紙をしたためた。
「トム、悪魔の卵が落とされた可能性がある。責任を持ってこの手紙を父上と神殿に渡してほしい。頼んだ」
「かしこまりました」
執事トムは緊張した面持ちで手紙を受け取ると、護衛騎士を一名連れてすぐに屋敷を発った。右腕を連絡係として自分のそばから離すことは、それだけ『重要な知らせ』という意味になる。
悪魔の卵――人類を滅ぼすことを目的に魔神が落とす、厄災の種だ。闇の力が強まる夜に地上へ落とされ、落下の衝撃でできた大地の凹みに溜まった水を穢し、凶悪な魔獣を生み出す。
ここ数日、モルガー領で水たまりができるような雨は降ってはいないし、記録では魔獣が生まれるまで一週間はかかるとされている。
しかし油断はできない。視察は中止、安全が確認できるまで森への立ち入りを禁ずる指示が領民に出され、日が昇り次第流れ星が落ちた場所の捜索が決まった。
単なる流れ星だったら良いのだが、悪魔の卵だった場合は神殿関係者をそこへと案内する必要があるため、責任者としてシリルも捜索に加わることになった。
「私も連れて行ってください」
翌朝、ケイティは乗馬服に身を包んで馬を連れ、森に向かう準備をしていたシリルに願い出た。
「留守番していて? どれだけ時間がかかるか分からないし」
「それなら、なおさら連れてってください。昨日の光景と音の伝わり方から、だいたいの方角と距離感は分かっております。ご案内できるかと」
「――君はどこまで優秀なんだ。ならケイティは私の班に同行して。頼りにしているよ」
「ありがとうございます!」
こうして三班編成で、流れ星の捜索のため森に入ることになった。獣道を進み、しばらくしてケイティが馬を止めた。地図を出し、指で円を描く。
「シリル様、落下地点はこの先、この範囲かと思われます」
「ならここから三班は別行動にしよう。私たち一班はこのまままっすぐ進み、他の班は縁に沿うように迂回し、この先で私たちと合流だ」
そしてみっつに分かれ、再び森の奥を目指す。一班は四人編成で、先頭と最後尾に護衛騎士を一名ずつ置き、その間にシリルとケイティの馬が歩く形をとった。慎重に、奥へと進むが――
「静かすぎる……」
シリルの言葉に、皆の手綱を握る手に力が入った。
森は元々静かな場所だ。けれども数年前に散策をしたときは、鳥のさえずりが賑やかだった。それが今、何ひとつ聞こえてこない。虫も少なく感じる。
「流れ星の落下に驚き、一時的に鳥たちが遠くへ逃げているだけなら良いのですが」
「私もそう願いたい。まずは落下場所を早く見つけよう」
「はい」
奥へ進むたびに、緊張感が高まっていく。手には汗が滲み、背中は妙に寒い。
グチャと音を立てて、先頭の馬が泥を踏んで止まった。よく見れば、木の幹に泥が飛んで乾いたあとが残っている。
「若様、濡れた泥が飛んできております。この先は確か湧き水による小さな池があったような……もしかしたら星はそこに落ちたのかもしれません」
「――っ、急ごう」
そして馬の速度をあげ狙った場所に到着すれば、どす黒い沼地が生まれていた。自然ではありえないほどの闇色に、落下した星は『悪魔の卵』と分かる。
「いつ魔獣が生まれるか分からない。他の班にも発見の合図を送ってから屋敷に戻り、神殿の助力を乞おう」
シリルの指示を受けて、騎士が花火をあげる。一分ほどすると、他の班からの返事の花火があがった。
「よし撤退だ」
そう皆が馬の方向を変えようとしたとき――
「お逃げくだ――がっ」
騎士のひとりが黒い塊に体当たりされ、馬ごと突き飛ばされた。馬はその場で倒れ、騎士の身体はケイティの馬の足元に転がり、痛みでうめき声をあげる。
すぐに騎士を助けるべきだと頭で分かっていても、ケイティの視線は倒れた馬に噛みついている黒い塊から離せない。
羊ほどの大きさで四肢を持つ、泥のような体表の謎の黒い生命体。流れ星のように真っ赤に光る眼は、本に書かれている『魔獣』の特徴そのままだった。
魔獣は凶暴で、俊敏。一頭当たり、騎士が十名必要とされている強敵だ。
(文献では悪魔の卵から魔獣が生まれるまで一週間――早くてもあと数日はかかるはずなのに、どうして一晩で!?)
捜索隊は三班に分かれたため、ここにいる四名では圧倒的に戦力不足。しかも騎士ひとりが脱落している。
逃げ切るためのヒントはないか探すが、恐怖で上手く頭が回らない。呼吸は浅くなり、その吐息がうるさく感じる。
「ケイティ!」
ハッとしたときには魔獣が狙いを定めたようにケイティへと向かってきていて、彼女の身体はシリルに抱き締められていた。
飛び上がった魔獣の動きが妙にゆっくり感じられ、不思議な気持ちで眺めている間に体に衝撃が走った。
シリルに抱き締められたまま大地を転がる。
遅れて、ケイティはシリルに庇われたのだと気付いた。