06 領地
王都からモルガー領へ続く街道は比較的整備されているとはいえ、森を横断する道は石が多い。馬車が大きく揺れるたび、隣に座る美青年と肩がぶつかりそうになる。
ケイティはシリルにぶつからないよう、そっと壁に寄りかかろうとして止められた。彼女の肩にはシリルの手が添えられ、彼の方へと引き寄せられる。
「壁にぶつかって、ケイティが肩を痛めたら大変だ。私に寄りかかって」
肩どころか、半ばシリルの胸に寄りかかるような形になってしまった。ケイティの心臓が飛び跳ねる。
「シ、シリル様にご負担が」
そう言って体を離そうとするが、シリルの手は強くケイティの肩を支えたまま。
「大丈夫だよ。私も壁にぶつかりたくないから、ケイティに寄りかからせてもらえると助かるんだけど……駄目?」
彼が肩を痛めることになったら後悔するのは間違いない。敬愛するシリルに対して、駄目とは言えるはずがなかった。
たとえ、対面の席に座るケイティの侍女ラーナとシリルの執事トムであるふたりがクッションを持ち出し、離れるように壁に寄りかかっていても。
「……シリル様、重たかったら言ってくださいね。気を付けますから」
「うん。ほら、もっと寄って」
「は、はい」
ケイティは、太もも同士が触れそうで触れないギリギリの隙間を空けて椅子に座り直した。それでようやく彼女の肩からシリルの手が離れた。
心臓がおかしくなるところだったわ――とホッと肩の力を抜こうとしたのも束の間、次は手を繋がれてしまう。驚くべきことに、指をクロスさせ手の平が密着するような形だ。そして折角ギリギリ空けていた足の隙間を埋めてしまう。
意図が分からず、「どうして?」という視線をシリルに投げかけた。けれど彼はすでに窓の外を見ていて、ケイティの視線には気が付いていない。
(聞いてみる? いえ、優しくて聡明なシリル様のことだから何か意味のあることなんだわ。私では考えが及ばない、何かが……だって意味がなければ、こんな繋ぎ方……まるで……まるで!)
慌てて思考を振り払う。正面の執事と侍女の様子を見ても、彼らは平然としている。シリルの行動はなんら不自然ではないということだ。
(他の令息のように危うくまた、私に好意を抱いていると自意識過剰になるところだったわ。落ち着かないと……そう分かっているけれど、難しいっ)
いつもより大きく聞こえる心臓の音に戸惑いながら、ケイティは馬車に揺られた。
そうして途中の街の宿で一泊して、翌日の夕方には無事モルガー領の屋敷に到着した。そのまま夕食の時間となり、軽い打ち合わせをすれば自由時間だ。
ケイティは与えられた部屋に入り、シャワーを済ますなり力尽きるようにソファに身を預けた。
「シリル様が……眩しい……」
元から輝いて見えていたが、前回の夜会から増したように感じる。あまりの眩しさに直視するのが難しいときも多い。一方であの青い瞳に吸い込まれてしまいそうな感覚も同時に感じており、ケイティは混乱していた。
馬車の中では、整備され揺れが少ない道に入っても手が繋がれたままで、小さな揺れでもシリルの肩と触れてしまい、緊張の連続だった。自然と体に力が入ってしまい、すっかりクタクタだ。
(前に領地に来たときは朝出発して、その日の夜には着いたのに……今回は一泊してまでゆっくり進んだのはどうしてかしら? 休憩も多かったし、長くシリル様と密着する時間が長くて……あぁ、もう!)
体は疲れているはずなのに、心が騒がしくて寝られそうにない。
「散歩にでも行こうかしら」
侍女ラーナの同行を断り、シンプルなワンピースに着替えたケイティはひとりで庭を目指す。モルガー領の屋敷は、幼い頃にレイラン家のみんなで遊びにきたこともある慣れた場所だ。
懐かしみながら庭に続く廊下を歩き、一枚の大きな絵画の前で足を止めた。
題名は『救世主』。
聖剣を持つ金髪碧眼の令嬢――アリス・モルガーを描いた絵だ。足元には黒髪の眷属――クライヴ・レイランが跪き忠誠を捧げており、アリスはそれを許すように聖剣を彼の肩に当てていた。
神子アリスは絵画を嗜んでいたとされ、これは彼女の師匠が描いたものらしい。
『レイラン家に名を連ねたるもの、モルガー家に尽くせ』という家訓を表したような一枚だ。
この絵を見る度にケイティは、「一族の理想の姿はこれなのね」と模範的なイメージ像と捉えていた。
けれど今は絵の中のふたりが「羨ましい」と感じている。
家の繋がりとは関係なく、このふたりだからこそ結ばれている絆があるように見えるからだ。
(確かこのおふたりは神子と眷属であり……恋人同士だった……えっと……え? 私、どんなところが羨ましいと思っているの!?)
主従関係の絆か、愛で繋がった絆か――ケイティは自問自答した。
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