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幼馴染令嬢の純粋な敬愛~尊敬している次期公爵様は私が全力で支えます~  作者: 長月 おと
番外編(本編『聖剣令嬢の華麗なる推し活』含む)
13/13

『聖剣騎士の志』し活」発売記念SS『聖剣騎士の志』

外伝ではなく、本編「聖剣令嬢の華麗なる推し活(https://ncode.syosetu.com/n5378hg/)」の番外編です。※WEB版「魔王」=書籍版「魔神」としてお読みいただけると幸いです。


「アリス、僕に聖剣を与えてください」



 クライヴが無事に神子アリスの眷属となって数日後、覚悟を決めたように聖剣の所有を譲って欲しいと願い出た。


 魔王を退けて以降、地上に悪魔の卵は落とされていない。

 しかし魔王が異界に存在している限り、卵がいつ再び落とされるか分からない状態だ。もしまた孵化してしまうことがあったとき、今度こそ自分の手でアリスを守りたいと思っていた。


 そんなクライヴから願われたアリスは「クライヴ様の頼みはすべて聞き入れたいですが……」と言って、彼女の肩に乗っているクライヴ人形――専属天使ヴェルヘルムに視線を向けた。

 所有者はアリスではあるが、聖剣は神から与えられた特別な物。念のため、専属天使の了承が必要なのだろう。

 クライヴ人形は悩む様子もなく、大きく頷いた。



「聖剣も才能ある者に使ってもらえるのなら嬉しいはずだ。認めよう」

「ですって、クライヴ様」

「ありがとうございます。重ね重ねお願いをして申し訳ないのですが、ヴェルヘルム様から剣の指導を賜りたいのです。そちらも可能でしょうか?」

「我の指導は厳しいが、乗り越える自信はあるか? 覚悟があるなら我を師匠と呼べ」

「お師匠様! よろしくお願いします!」



 前世程度の実力では、大切な存在を守り切れない。前世を越えるためには厳しいくらいが丁度よい。そう思ってヴェルヘルムの指導を受けることになったのだが……。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……けほっ」



 想像以上のスパルタ具合に、クライヴは芝生の上で四つん這いになった。

 眷属になったため、通常の人間よりも体は丈夫になっているはずだった。しかし『シャトルラン』と呼ばれる別の世界にあると説明された走り込み法に、体が悲鳴を上げる。



「うむ、今まさに体力が向上しておるぞ!」



 クライヴの肩では、ヴェルヘルムが満足そうに頷いている。



(走り込むほど速度が上がっていくなんて、考えた人を恨みそうだ……けれど確かに、以前より走れる時間が飛躍的に上がっているから、お師匠様を信じて耐えるしかない。今は呼吸を整えることに専念しよう)



 こうして少しだけ寝転がろうとしたとき、視界が暗転した。

 先ほどまで聖騎士の運動場のいたはずなのに、そばにあった休憩棟も、手をついていた芝生もない。



「――は?」



 呆気に取られていると、ふわりと目の前に光に包まれたクライヴ人形が浮いていた。

 光はゆっくりと形を変えていき、この世のものとは思えないほどの美しい男性の姿へと変わった。金糸のように輝く長い髪に、透き通った青い瞳、背には真っ白な翼が生えている。 

 ヴェルヘルムの本来の姿だ。


 実は、クライヴがヴェルヘルムの本当の姿を見るのは初めてだった。あまりの神々しさに息を呑む。

 アリスはよく「クライヴ様が世界で一番素敵な容姿をしている」と言い、彼もそれを嬉しくは思っていたが、初めてアリスの美的概念を疑った。どう見ても、ヴェルヘルムの方が整っているし、自分が平凡以下とすら思えてくるほどの差がある。



「クライヴよ、呆けてどうした?」

「どうしてアリスはお師匠様に惚れなかったのでしょうか」

「好みの問題だろう。アリスは我を見ても微塵も意識しなかったぞ。むしろ追加でクライヴの魅力の演説を再開しようとしていたし、そなたの姿をした人形に憑依したときの方がときめいていたようだ。愛されているようで、良かったな。見ていて我は微笑ましいぞ」

「恐縮です」



 ヴェルヘルムに満面の笑みで祝福され、クライヴは急に恥ずかしくなる。そして体を起こし、改めて周囲を確認した。



「……それより、ここは」

「聖域の中だ。この中なら我は人と同じ姿でいられる。さぁ、我と剣を交えようではないか」



 暗闇の中から、聖剣が二振り現れる。

 ヴェルヘルムが片方の剣を握ると、軽く構えた。

 クライヴ人形の姿では剣は振れないし、聖騎士でもクライヴの相手としては実力不足。直接ヴェルヘルムが実践指導するために、聖域を展開したのだ。


 闘いを司る最強の天使の剣が見られるだけでなく、交えることができるという奇跡のような事実に、剣士としてのクライヴの血が沸き立った。

 興奮で疲れは飛んでいく。

 ふっと短く息を吐いて無理やり呼吸を整え、クライヴも剣を握って構えた。



「我が怪我をすることはない。クライヴ、遠慮なく来なさい」

「はい!」



 そうしてクライヴは、持っている実力をすべて出し切る勢いで剣を振った。だがすべて軽々と受け止められるか、弾かれてしまう。

 クライヴの息が再び上がっていく一方で、ヴェルヘルムはずっと穏やかな微笑みを保ったまま。時々反撃してくるが、明らかに相手が手加減しているのが分かる。人間の世界では圧倒的上位であるクライヴですら歯が立たない。

 だからこそ、クライヴは嬉しくなった。



(前世で僕が戦った悪魔よりずっと強い。覚醒したアリスが倒した魔王よりも、おそらくずっと! お師匠様に近づけば近づくほど、アリスを守れる力が手に入る――僕は、この方についていく!)



 体が限界を訴え始めるが、彼は手を止めない。どんなに体に痛みを感じても、息が苦しくても、アリスを失ったあのときの辛さと比べたらなんてことはない。

 こうしてクライヴは剣を振り続け、ついに立てなくなって仰向けで寝転がった。



「うむ、今日はこれくらいにしておこう」



 ヴェルヘルムがそう言うと、世界が明転した。聖域が解除されたらしい。クライヴの顔の隣には、自分の姿をした人形が立っている。



「お師匠様、ご指導ありがとうございました」

「またやろう。そなたは筋が良い。もっと伸びるぞ」



 尊敬する天使に認められ、顔を緩ませた。



 すると、「クライヴ様、お疲れ様です!」と言ってアリスが駆け寄ってきた。そして彼女はそばで膝をつくと、手に持っていた水筒を差し出した。

 クライヴは上半身を起こし、アリスを見つめた。


 彼女の金色の髪と青い瞳は、ヴェルヘルムと同じ。

 けれどあの美貌の天使より、アリスの方が美しく見える。それでいて向けられた笑みはどんな宝石よりも輝き、愛おしく感じた。

 もし他人に「天使様の方が美しい」と言われても、「いや、アリスの方が綺麗だ」と断言できるくらいには、アリスに夢中なのだと改めて実感する。


 だから、この疲れ切った情けない姿を見せるのが若干悔しい。思わずクライヴは苦笑してしまう。



「クライヴ様?」

「格好悪いところをお見せしてしまい、申し訳ありません」

「どこも格好悪いところなんてありませんよ?」

「はは、相変わらずアリスは優しいですね」



 恋人の気遣いに感謝を伝えたが、アリス本人は真剣に不思議そうな表情を浮かべている。



「流れる汗が頬を伝うところや乱れた呼吸なんかとても麗しいといいますか、危険なくらい色っぽく感じますわ。眼福です」

「い、色っぽい……?」

「それにクライヴ様が、こんなにも訓練でお疲れになるところも見るのは初めてです。さらに実力を伸ばそうとする向上心や、厳しい訓練にも屈しない根性は逞しく、内面から素敵すぎてときめきが止まりませんわ。見た目も、内面も完璧……私、どうしたら良いのか」



 アリスは真顔で頬に手を当て、悩まし気にため息をついた。



「天界からもアリスの演説を聞いていて、どれほどの人間かと思っていたが納得だ。クライヴほど、総合的にレベルの高い人間はそういない」



 ヴェルヘルムにまで褒められるとは思っておらず、クライヴは照れが隠しきれない。耳の先を赤くし、人差し指で頬をかいた。



「むむ、クライヴよ。礼拝のとき、隣であれだけアリスに褒められていたのにまだ慣れておらぬのか。そのようでは大事なときに、集中力を切らしてしまうぞ。どーんと受け止められるように意識するのだ。だが、驕っても駄目だ。良いな?」



 専属天使は、アリスの褒め殺しの方を止めようとは思わないらしい。

 クライヴは「精進します」と眉を下げて返事を返した。

 ヴェルヘルムは「その意気だ」と納得すると、光の羽を人形の背に出して、空へと飛んで行った。いつものように、顕現している仲間の天使のところへ行ったのだろう。

 それを見送っていると、クライヴの額にハンカチが優しく触れた。



「今度はタオルを用意しませんと」



 アリスがそう反省しつつ、汗を拭いていく。

 些細な触れ合いだが、前世では考えられなかった仕草と距離感だ。この一瞬すら愛おしく、クライヴの胸の奥が熱くなる。

 彼は汗を拭くアリスの手を握って、顔から離した。



「アリスがそばにいる限り、僕はどこまでも頑張れます。だからずっと、応援してくれませんか?」

「もちろんですわ。誰よりも推していきましてよ!」

「嬉しいです」



 クライヴは自身の手のひらの上に載せるようにアリスの手を握り直すと、彼女の指先に口づけを落とした。

 アリスの頬が薄紅色に染まる。

 あぁ、幸せだ――とクライヴは思わずにはいられなかった。



 それからクライヴが多くの聖騎士の憧れとなり、多くの弟子入り志願者を指導するようになるのは数年後のこと。その彼のそばには必ずタオルと水筒を持った、神子アリスが控えていたという。



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