12 敬愛
領地視察を延期し、事件の報告を直接するためにケイティたちは翌日、聖騎士に守られながらモルガー領を発った。
そうして王都に帰還後、モルガー家当主とレイラン家当主の前で悪魔の卵と神殿から教えられた魔神に関する報告を終わらせ、婚約の意志を伝えたのだが……
「ついにこの日が来たか! 随分と待たされたが、上手くいって何よりだ。なぁ? レイラン伯爵」
「不出来な娘のせいで、シリル君には苦労をかけてしまいましたね。さっさと自覚すれば良いものを」
「では異論はないな?」
「えぇ、もちろんです。今ここで婚約書を作成し、すぐに陛下に提出しましょう。モルガー公爵はここに署名を」
「よし、ここだな」
このように、両家の父親ですでに話の決着はついていたようで、あっという間に婚約が成立してしまった。シリルもニコニコと笑みを浮かべている。
一方でケイティは口元を引き攣らせていた。婚約は嬉しいが、あまりにもスムーズでついていけない。
「お父様も、シリル様のお気持ちを知っていらしたの?」
「当然だ。ついでに敬愛フィルターさえ外れれば、ケイティがシリル君に夢中ということもな。知らなければ、幼馴染といえど未婚の男女がふたりきりになる状況を父親が許すはずがないだろう。今回の外泊も然りだな」
「うっ、確かに……ちなみに、お父様以外もご存知で?」
「ケイティ以外の者、すべての者が知っていると思っておくことだ。陛下も、他の貴族も、親友も、使用人も何もかも。ということで早速王城に提出してくるからケイティ、嫁ぎ先に迷惑をかけるんではないよ」
そう真実を告げたレイラン伯爵は、娘を置いて婚約書を持って出かけてしまった。
ケイティは、クラクラする頭を押さえた。
「本当に、私だけが知らなかったんですね」
そんな彼女を見て、モルガー公爵が肩を揺らして笑う。
「まぁ、息子も奥手だから仕方なかったのかもしれないがな。短期勝負にすれば良いものを、じわじわと外壁から築いて囲い込むような近づき方をして情けない」
「父上が、ケイティの気持ちを手に入れてからでないと婚約の申し入れを認めないと言ったからですよ。失敗するわけにもいかないから、慎重になっただけです」
「とにかくシリルは、改めてレイラン伯爵に感謝しておきなさい。裏でモルガー家とほぼ同格の家からの縁談を断ってまで、シリルを応援してくれたのだから。では義娘ケイティよ、もう自分の家のように寛いでくれて良いからね」
モルガー公爵はケイティの肩を軽く叩くと、応接間から出ていった。
すでに義娘扱いということを素直に喜ぶべきか、改めて自分の鈍感さを悔いるべきか……ケイティは情報が多すぎて、恥ずかしくて、悔しくて膝の上に載せていた拳に力を込めた。
その上にシリルの手が重ねられる。
「ケイティ、庭で息抜きしようか」
「はい」
そうして当然のようにシリルがエスコートし、ケイティを薔薇園に連れ出してくれた。隣り合うようにベンチに座り、お茶を口にすれば少しずつ気持ちが落ち着いてくる。
「私だけ何も気付けなかったのは悔しいですが、反対されることなくシリル様と婚約できて良かったです」
「私もだ。ケイティが隣にいてくれれば、どんなことも頑張れる」
シリルは指を絡めるようにケイティと手を繋ぐと、視線を屋敷へと向けた。
薔薇は変わらず美しく咲き誇り、その奥に手入れが行き届いた広大な芝生が広がり、その上には荘厳な屋敷が建っていて、中では大勢の使用人が働いていた。そして目には見えないけれど、領地とそこに住む領民の存在も忘れてはいけない。どれも大切な財産だ。
当主になったあかつきには、家の歴史も含めてすべての責任をシリルが背負うことになる。
「ケイティ、私は天才ではない。人の倍努力して、ようやく人並みのレベルに届く程度の人間だ。けれども私は欲張りだから、取り零すことなく守りたいと思っている。頑張るから、どうか、この先ずっと私の背中を見守ってくれないか?」
屋敷へと向ける彼の眼差しは、次期当主としての覚悟を帯びていた。頼りない己の自信を奮い立たせ、未来を守ろうと立ち上がっていた。彼は強くなるために、これからも努力を続けていくだろう。
ケイティはゆっくりと手に力を込めて、握り返した。
「背中を見守る――とは、シリル様は控えめですね。そこは堂々と隣りで支えろと仰ってください」
「ケイティ」
やや見開かれた視線が、屋敷から彼女へと移される。
「シリル様が頑張るのなら、私も一緒に頑張ります。支え合いましょう。それが夫婦ですよね?」
「本当に君は、何度私に惚れ直させれば気が済むんだ」
「そんなに何かしていましたっけ?」
ケイティは思ったことを言っているだけなので、シリルの言葉が大袈裟に感じる。一応記憶を探るが、惚れ直してもらえるようなことは魔獣を倒したときくらいしか覚えがない。
「ふっ、知らなくても大丈夫。大切な思い出は私がきちんと覚えているから」
「それはそれで恥ずかしいですし、私だって大切な思い出は共有したいです」
「なら、今から共有できる思い出を作ろうか」
そしてどういう意味か聞く前に、ケイティの口はシリルの唇に塞がれた。割れ物に触れるような、軽く重ねるようなキスだ。
わずか数秒で、そっとシリルの顔が離れる。すると彼の顔は真っ赤に染まり、青い瞳は逸らすように横に向けられていた。完全に恥ずかしがっている顔だ。
自分から仕掛けてきたのに初心で、ものすごい照れように、ケイティの心臓は鷲掴みにされた。果敢な積極性は尊敬できるし、その表情は愛おしくて仕方ない。
「私、一生シリル様を敬愛いたします!」
こうしてケイティはシリルの愛情をエネルギーに、立派な公爵夫人としてモルガー家を盛り立てるようになったのだった。
END
読了お疲れ様です!これにて外伝完結です。今後はこちらに本編『聖剣令嬢の華麗なる推し活』あるいは外伝『幼馴染令嬢の純粋な敬愛』の番外編をいつか投稿できたら良いなと思っております。
まずは、ここまでお付き合いくださったこと感謝いたします。
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