11 確認
その後ケイティとシリルは聖騎士に保護され、無事にモルガー領の屋敷に帰ることができた。屋敷には別の上級神官が待機しており、改めてシリルの迅速で的確な判断に感謝が告げられた。
神殿関係者と情報交換を終わらせ、屋敷が落ち着いた頃には真夜中を迎えていた。神官や聖騎士たちは、客室専用の別棟に泊ってもらっている。
「大変な日だったわ」
ケイティはバルコニーに出て、手すりに肘をついて安堵のため気を零した。
(神子様たちが助けに来てくれて、本当に良かった。容姿がご先祖様たちに瓜二つだったことは驚いたけれど)
瞼を閉じて、仲睦まじく馬で去っていくふたりの姿を思い出す。
興味を抱き、彼女たちについて神官に聞けば、女性神官アリスと男性神官クライヴは夫婦であり眷属の関係。子どもは三人いると教えてもらった。
しかし生まれ変わりではなく、容姿も名前も同じになったのは偶然らしい。
そんなふたりはいかにも相思相愛の関係で、幸せそうだった。魔王との戦いで悲劇が起きなければご先祖様にも、あの二人のような姿があったのかもしれないと、想像を巡らせたケイティは瞼を開けた。
(羨ましい関係だわ。これからは私だって!)
そう気合を入れたものの、「愛している」とシリルから告白されたことを思い出して悶える。
告白の言葉を思い出しただけでも胸がうるさくて仕方ないのに、「距離が近いかも?」と思っていたこれまでのシリルの行動や態度の理由を知り、『優しい』から『甘い』へと記憶がどんどん上書き修正されて頭も熱い。
(私、どれだけ鈍感なのかしら。よく飽きられずに済んだわ……そう呆れ……)
ふと、男に負けず劣らずの暴れっぷりで剣を振り回したことを思い出す。命がかかっていたから感謝してくれたけれど、女性として幻滅されていないか不安になる。
寛大なシリルなら大丈夫だと思いたいが、それでも恋を自覚し、『可愛く思われたい』と願う乙女のケイティは軽々しく不安を吹き飛ばせない。
「シリル様に嫌われたくないな」
「絶対にありえないよ」
ケイティの呟きに答えが返ってくる。
彼女が驚き横を見れば、隣りの部屋のバルコニーにシリルがいた。金色の髪が月の光を受けて、神々しく輝いて見える。見惚れて……ハッと我に返る。
「シリル様っ、お、お疲れ様です。体調は大丈夫なのですか?」
「あぁ、全身痛いが骨にも内臓にも異常なし。普段の生活に支障はないよ」
そうニッコリ微笑む表情から、無理を隠している様子はない。魔獣に体当たりされてしまったが、感じた衝撃ほどにはダメージを受けていなかったらしい。
ケイティは、ホッと胸を撫で下ろした。
「ねぇ、ケイティ。そっちに行って良い?」
「――っ、はい」
「良かった。ドアから行くね」
すぐにケイティの私室の扉がノックされ、彼女はドキドキしながらシリルを招き入れた。
シリルは侍女ラーナを扉の向こうの廊下側に待機させ、ケイティを誘って一緒にソファに腰を下ろす。
これまで何度も隣に座ってきたけれど、ケイティは初めてかのように緊張してしまっていた。
「ケイティ」
「は、はい!」
「今日は助けてくれてありがとう。君のことはよく知っているつもりだったけれど、剣術は本当に気付かなかった」
「一家で隠してきましたから」
「社交界になら分かるけれど、でもどうしてモルガー家……私にまで隠していたの? あ、いや、怒っているわけじゃないんだ。ただ、ケイティについて知らないことがあったのが悔しくて」
横目でシリルの顔を窺えば、申し分けなさそうに微笑んでいた。
「その……私個人としては淑女らしくない、とシリル様に幻滅されるのが怖くて」
「私に?」
「だってシリル様は所作が綺麗だと褒めてくれたから、荒々しいことを知られたらもう褒めてくれなくなるかと」
「それはない!」
大きな声で否定され、ケイティは思わず体を跳ねさせた。
「足掻く努力をするところが格好良いと言ってくれたのはケイティじゃないか。私はその言葉に救われ、勇気づけられてきた。令嬢が剣術で、あの技量に到達するまでどれだけ大変だったか素人でも分かる。ケイティの頑張りを、この私が否定するはずがないだろう?」
「一切の幻滅をしなかったと?」
「あぁ、むしろ惚れ直した! 好きだ!」
「――っ」
思いもしなかった二度目の告白に、ケイティは目を見開いた。
シリル本人も想定していなかったようで、彼は口元を押さえて顔を真っ赤にさせた。
「もっと雰囲気がある中で言おうと思っていたのに……とにかく、私はケイティが好きで仕方ないんだ。君が私に向ける好意の種類が違っても、関係なく隣にいて欲しいくらいには愛している」
「本当に仰っていますか? 惚れたのは今回の命の危機が決め手で、今までは他の令嬢と天秤にかけていたり」
「ありえない。私はケイティ一筋八年だ。しかしケイティがそんな疑問を抱くなんて……私は何かしてしまっただろうか?」
八年と、思ったより長い期間だったことに驚きつつ、ケイティは執務室で見てしまった令嬢の釣書について打ち明けた。
「すみません。魔が差して盗み見てしまいました」
「なるほど。あれは君の弟、レイラン家次男のお見合い候補に挙がった令嬢だ。伯爵から素性調査の協力を求められて用意したものだったんだが、まさかケイティが知らなかったとは」
「そういえば令嬢たちは弟と同い年で、夜会で話している姿を見たことがあるような」
「君の弟はとても人気だからね。変な令嬢も群がっているから、騙されていないか伯爵が心配していたのさ。モルガー家としても、変な親類を作りたくないからね」
「親類……」
「もう信じてくれる? 私がケイティを妻に迎えることしか考えていないことを」
シリルはケイティの方へと体を向け、透き通るような青い瞳で彼女を射貫いた。その眼差しは力強いのに、わずかな不安が見え隠れするように揺れている。
「わ、私は鈍感で……とてもお転婆です。もっと、もっと素敵な令嬢が社交界にはいます。それにシリル様は優しいし、頭も良いし、社交性はあるし、決断力があるし、容姿は抜群で声まで良いし……そんな素晴らしい方の伴侶が、私でも良いのですか?」
「ケイティは、素晴らしい女性だよ。社交デビューして、交友関係が広がっても揺るがなかった。私の一番は君だ。それに、そんなに褒めてもらえるなんて――少しは良い返事を期待しても良いのかな?」
軽く両手を広げ、シリルはケイティに答えを求めた。
気持ちを自覚し、彼への疑念も消えた彼女が躊躇う理由はもうなかった。
「私も、シリル様を愛しています」
ケイティはシリルの胸に飛び込んだ。
彼は腕の中にしっかりと閉じ込める。
「夢みたいだ。ケイティと両思いだなんて、幸せすぎる」
「私も、幸せです」
こうして気持ちを通わせたふたりは、仲良く王都に帰ることになった。
ラスト1話!あと少しお付き合いいただけると幸いです。
※最終話は9/8を予定。