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ハーレムフランケン  作者: 楠樹 暖
第三章 杉村有希編
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3-1 鍛えれば太くなるんです

 いつもより早く起きた朝。何気なく窓から外を見ていたらTシャツにショートパンツで走ってくるマリさんを見かけた。ひょっとして毎朝走っているのかな?

「走り込みは基本だからな」

 朝食の時に聞いてみたら答えたのはマリさんの中の人格の一人、杉村(すぎむら)有希(ゆうき)先輩だった。

「毎朝走ってるなんて大変ですね」

「慣れれば何ということはないぞ。前までは自分のヒザで痛くて堪らなかったけど、今は全然痛くなくて、まるで他人の脚のようだよ。って本当に他人の脚なんだけどな」

 自虐ネタで笑っていいのか迷う。

 不発弾事故で体がバラバラになって寮生の六人は、使える部位を集めて一人になっている。杉村先輩の部位は胴体部分だ。両脚はそれぞれ、三宅先輩、高岡先輩のものだ。

「どうだ? 自分と一緒に走らないか?」

「いやいや、僕は遠慮しておきます。睡眠時間の確保をしたいので」

「運動はしておいた方がいいぞ。幾太君は何にもクラブに入っていないんだろ?」

「クラブ活動をすると、ゲームとかやる時間がなくなりますし」

「不健康だ! もっと体を動かさないと!」

 杉村先輩は陸上部に入っていたそうだ。不発弾事故で死亡扱いになり、後藤茉莉さんの体に取り込まれてからは部活には出ていない。

「そうだ。今度一緒にジムへ行かないか?」

「ジム? トレーニングジムですか?」

「そう。ウエイト・トレーニングがメインだが、汗を流すのは気持ちいいぞ」

 確かに高校生になってもあんまり男らしくない体だ。もうちょっと筋肉があったほうがいいかもしれない。

「ちょっと興味がありますね。一度連れて行ってください」

「よし、じゃあ、今度の土曜日の午後な」

 こうして、杉村先輩とジムに行く約束をした。


 授業が終わり、図書室で本を読んでから寮へ帰る途中、段ボール箱を持ってよろよろ歩いている子がいた。文芸部一年の堀戸(ほりと)志代(しよ)さんだ。

「重たそうだね。手伝うよ」

「入江くん?」

 さすがに全校で男子一人なので、僕の名前はよそのクラスの子でも知っている。

 遠慮する堀戸さんから段ボール箱を奪うように持った。ずしり。意外と重たかった。

「結構重いね。中に何が入っているの?」

「本です。中等部の文芸部に置いていた私物の本です」

「私物ってことは、全部堀戸さんの本?」

「私のだけじゃなくて、マリちゃん……後藤さんの本もあるんです」

「へー、マリさんの本もあるんだ」

「マリちゃん、高等部へ上がったら文芸部に入るものだと思っていたのに……」

 このあいだの教室の外でのやり取りを思い出した。マリさんは「他にやることがあるから」と言って文芸部に入るのを拒んでいた。

 文芸部の部室に着いて段ボール箱を降ろす。

「ありがとうございました」

「男子だからね。力仕事は任せてよ」

 とは言いつつも、腰は痛いし、腕はプルブル。我ながら体力ないなぁ。

「あの、マリちゃんに伝えてもらえますか。マリちゃんの本もあるから文芸部に来てって」

「ああ、分かったよ。寮に帰ったら伝えておくよ」

 寮への帰り道、結構脚にもきていることが分かった。あれだけの距離なのに情けない。

 やはりジムに行って、筋トレしないとダメだな。

 寮に戻り、夕飯時にマリさんに堀戸さんの話をした。

「本はそのまま文芸部に寄贈するわ。シヨちゃんには私から伝えておく」

 やっぱり、マリさんは文芸部には入らないんだ。


 杉村先輩と約束した土曜日が来た。

 午前の授業が終わり、寮で昼食を済ませた。

 マリさんは両目を閉じて深呼吸をして、再び目を開いた。

「よし、今日は自分とジムに行く日だな」

 人格が入れ替わり、杉村先輩が現れた。

 どんな格好で行けばいいか分からないので、半袖、短パンの学校の体操着を持っていった。

 杉村先輩に連れていかれたトレーニングジムは公営のジムだ。そのため、利用料金も安かった。

 トレーニングマシンやダンベル、エアロバイグ等が並ぶ部屋。鏡張りになっている壁を見ると杉村先輩が興奮しだした。

「ふふふ、筋肉……筋肉」

 そして、僕の細い腕を見て、瞳を輝かせた。

「この細腕に筋肉をコーディネートする……。ふふふ」

 スポーツブラに、短めのスパッツ。杉村先輩の恰好は本格的だった。体の部位を繋ぎ合わせた繋ぎ目を露わにしても少しも臆することはなかった。むしろ、体の傷は勲章だとでも言っているような感じだ。

 そんな杉村先輩のコーチは厳しかった。

「十回で出し切るような重さに調節するぞ。まずはどのくらいまでいけるか見てみよう」

 ベンチプレスでは、ベンチの上に仰向けになり、バーベルを腕の力で上下する。

 重さと顔色を見て「これくらいならいけるな」と思案を巡らす杉村先輩。

 しかし、十回も行く前に八回で上がらなくなる。

「まだまだいけるよー。ハイッ!」

 九回で限界。もう絶対上がらない。

「まだいける、まだいける。ハイッ!」

 そう言われても上がらない。杉村先輩が軽くバーベルを持ち上げてくれて何とか上げることができた。

「ハイッ! 十回。やればできるじゃん」

 きっつい。もう腕の力を出し切って限界だ。

「この十回が一セットで、三セットやるんであと二セットだな」

「ええーー」

 ベンチプレスだけでなく、レッグプレスで脚を、シットアップで腹筋を鍛えた。それらを順繰りに行い一セット。三セット終わる頃にはかなりヘロヘロになっていた。

 杉村先輩は同じメニューの他に色々な器具で隈なく各筋肉を鍛えていた。

 トレーニングを終え、汗だくになった。シャワーを浴びて新しい下着に替えて着替えを終え、更衣室の前で杉村先輩が出てくるのを待っていた。

「お待たせー」

 ほくほくの姿で現れた杉村先輩。ほのかな石鹸の香りが僕の鼻孔をくすぐる。

「いやー、いい汗かいたね」

「そうですね」

「幾太君は明日あたり動けないかもね」

「えっ、それって……」

「筋肉痛さ。まぁ明日は日曜日だから一日寝てればいいさ」

「そ、そんなに大変なんですか、筋肉痛」

「筋繊維をズタズタにしてるからな。その代り、修復されて前より太くなるっていう仕組みさ」

「へぇー」

 話しながら歩いていたら杉村先輩が急に立ち止まった。

「あれ!?」

「どうしたんですか?」

「おかしい。視界が……視界が崩れていく……」


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