献花台
駅から外に私は出た。
目の前のボタン式信号の横のガードレールに、花束の置かれているのを見つけた。
一人の男がしゃがみこみ、右手に抱えた花束を置いた。手で顔を覆って泣いているのがここからも見てとれる。男はひとしきり泣いた後、名残惜しそうにゆっくりと立ち上がり、来た道を戻っていった。
二人組の女子高生が、先ほどの男の花束の横にペットボトルを置き、手を合わせた。堪えきれなかったのか、一人が蹲って泣き始めた。もう一人も、慰めようと泣く彼女を左手で背中をさすりながら、右手で涙をぬぐっていた。彼女らは涙をこぼしながら信号を渡っていった。
犬を連れた老夫婦が、ゆっくりと腰を下ろして花束を置いた。そして長いこと手を合わせていた。まるで祈っているかのようだった。犬はしなだれているかのように頭を下げていた。2分ほど経っただろうか、老夫婦は顔を上げ、私の右手側にある公園へと入っていった。
私服の青年が、ひときわ大きい花束を抱えてきた。それをガードレールに立てかけると、堰が切れたように泣き始めた。30メートルは離れているであろう私の所まで聞こえる大きな声でうめいている。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をハンカチで拭いながら、彼は立ち去った。
にわか雨が降り始めた。
三人組の男子高校生が、ペットボトルを置き、手を合わせてから、寂しそうな背中のまま信号のボタンを押した。
たまたま通りすがったサラリーマンが、持っていた傘を供えられた者たちにかぶせ、バックを抱えて走り去った。
強い風が吹くが、傘は使命を守るといったように、ピクリとも動かなかった。
レインコートを着る子どもを連れた女性が、私の左手側にある花屋で小さな花束を買い、それを置いて手を合わせた。子どもも見様見真似で手を合わせる。その後彼女らは公園の入り口へ歩いて行った。
私は何故だかそんな光景を見ながら立ちすくんでいた。丸いしみが服を濡らしている。雨が一層強くなる。
私はここで何があったのかはわからない。事故が起きたということ以外は朧気にしかわからない。
ゆっくりと花屋へ向かう。
わからなくてもいいと思った。ここで、誰かの命が断たれてしまったことがわかっているのであれば、それ以上の詮索は冒涜と感じた。
白い菊を二本買った。
遺族や知り合いの悲しみの一端を共有できた、個人の無念を少し知ることができたとは断じていうつもりはない。
ガードレールのほうへ歩く。
花束を置き、手を合わせる。
だけれども、
この通りすがりの一人の男にも、
冥福だけでも祈らせてほしい。