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12、ろくでなし達との邂逅

 宣言どおり、実際アサカはよく食べる。

 この身体は元の肉体に比べれば身体能力は優れているが燃費が悪いのだ。それでも節約を旨としているので普段の食事は押さえがちになる。

 大体はエネルギーは高カロリーな木の実等で補う。栄養はそれなりに足りていても、腹は膨れないのは現状だ。もちろんこういった大きな町なら探せば安い肉も見つかるが、そこは元現代日本人、肥えた舌が獣臭すぎる肉の味に耐えられない。肥えた人の舌に見合うだけの肉料理となればそれなりの価格がするわけで、自然手が届きにくくなる。

 しかし余り高級すぎると格好や身分を問われる。従ってそれなりの店になってしまうが、そこはこれまでの鬱憤を張らすべく奮闘するわけだ。

 食事処のランクを見極めるコツは立地と出入りする客の質。これらはすでに目星を付けていたために探すのは難しくなかった。ランチで人が賑わう正午頃、普段ならまず入らないであろう店に入り、四人がけの席にどっかり腰を下ろす。好きで四人がけにしてるんじゃない、いつの間にか付いてきた監視役がいるせいで四人になっただけだ。

 壁際の席、隣と向かいを制服に囲まれたアサカは若干違和感を伴う。

 実際、客の中ではいささか浮いていた。


「どうせ逃げやしないんだけど」

「まあまあ、そこは俺らの気分ってヤツだ。奢ってやるんだから、そのくらい諦めろや」

「くたばっちまえ」


 口が悪いのは断じて自分のせいではない、と言い聞かせて壁掛けのメニューに目を通す。ひとまず肉を中心に高いものばかり、奮発して果実水なんて頼んでいると、後から付いてきた二人もガンガン注文しだした。


「いや、お前らの分までは奢らねえよ?」

「やだー隊長けちんぼー。お仕事ほっぽりだして出てきたんだからそのくらい労ってくださいよー」

「そうだそうだ。美味しそうなご飯を前に昼を抜けだなんて鬼畜の所業か」

「お前らが妖精見たいって勝手に出てきたんじゃねえか研究馬鹿共」


 思ったよりも和気藹々としている。

 居づらさを肘をついて誤魔化していると、リゲルから質問が飛んだ。


「いまも妖精はそこにいんの?」

「居るけど出さないよ」

「確認しただけだから気にすんな。こっちも街中でそんなもん出されると困っちまう」

「オレはりょーしきのある妖精だから悪戯だって弁えてるぞ」


 姿なき声にリゲル達はきょとんと目を丸め、やがて他の二人が黄色い悲鳴を上げ、手を取り合って喜び出す。


「本物! 本物だぁ!」

「ついに私たちも遭遇できたのね、会えるのね、お話しできるんだぁ」

「うるせえ黙れ馬鹿共!」

「あんたの方がうるさいよ」


 こいつらは一体何なのだ。

 目立つことに慣れていないアサカは、騒がないで欲しい一心で突っ込みを入れる。


「妖精なんてそんな珍しくもないだろうに、煩いやつらだな」

「んんんん、おねぇさん、それはちょと聞き捨てならないです」


 たぶんやぶ蛇を踏んだ。瞑目して両手を組み合わせるも、二人の勢いは止まらない。

 

「一緒にいるからそう感じないんでしょうけど、おわかりでしょうが彼らは自然豊かな……言い換えればほとんど未開の森の奥に住んでいます。妖精郷自体は見つけることは難しくありませんが、彼らは同胞以外を好まない」

「妖精との意思疎通は可能ですが、彼らはきまぐれな風を形にしたかのような存在。先ほどまで普通に話していても、たった数秒後に石に変えられてるなんて珍しくない」

「これまで調査に踏み入った研究員で戻ってこられたのはごくわずか。それだって彼らの気紛れに何日も拘束されて、ろくな情報も仕入れることが叶わなかった」

「そうなん?」

「余所の妖精郷事情なんてオレが知るわけねーじゃん」

「それもそうだ」


 そもそも興味すら示さないだろうしな、と納得する。

 アサカにしてみれば妖精郷が危険とわかっておきながら、調査に行こうなんてするほうが馬鹿だ。

 いまだ興奮冷めやらぬ二人は勝手に喋り続けるも、右から左へ流しつつ待っていると、続々と料理が到着しだした。

 鶏肉のローストは照りが入って美味しそうだったし、牛肉のタレ漬け焼きは見た目から食欲をそそっていた。これは野菜と一緒に薄い小麦粉生地で包んで食べるのが一般的な食べ方になる。他にも角切りにした野菜とベーコンがごろごろ入ったスープに、トマトベースのキッシュに似た卵焼き、海産物の串焼き、腸詰めとチーズの盛り合わせ、胡桃のケーキと種類に事欠かない。どれも一皿の量が多いが、人の金だし憚る理由はなかった。

 少なくとも見た目的には大当たりになる。

 ラインナップに満足していると、リゲルが顎を撫でながら言った。


「耳長が好みそうな食事だなあ」

「生肉は食べないんですねー」

「ちょっと黙っててくんない。食事が不味くなるから」


 観察されて気分が悪いが、少なくとも彼らが言ったような生肉なんて食べたら、翌日には食中毒で倒れるか死ぬかのどちらかだ。

 さて、ここまで料理が運ばれてきたアサカだが、無論食べるにはマスクを外す必要がある。どうも彼らもどんな食べ方をしているのか興味を持っている節があるのだが、彼女にしてみればなにを期待しているのか疑問でしかない。


「……なんだ、普通じゃねえか」

「がっかりです。絶対外さないって聞いたから転移魔法みたいにご飯が消えていくと思ったのに」

「まあ妥当といえば妥当ですよね。我々の期待が高すぎます」


 この言われようである。

 マスクをちょっとずらして一口、戻して噛んでまた一口。これだって口元を汚さぬよう、マスクを綺麗に保てるよう努力が必要、かつ大変面倒くさい食べ方なのに、勝手にがっかりされては腹も立つ。


「本当に失礼な連中ね」

「はぁー……ところでお姉さん、それをつけているからにはやっぱりど……こほん、あの空気が出てるんですよね。なぁんで平気なんですか」

「喋る必要ないじゃん」

「どうせ後から喋らなきゃいけないんだからいいじゃないですか」

「どうせ後から喋らされるんだったら二度手間になるから嫌だ」


 多分彼らにとってアサカは観察、もとい研究対象なのだ。さっきから知的欲求を抑えても隠しきれない様子がありありと伝わってくる。面倒なのにつかまった、と内心舌を巻きながら、同時に関心もしていた。

 どうやらアサカが考える以上に『貴石の国』の人々は勤勉で、かつ文明レベルが進んでいる。


「あんたら国の連中だよね」

「そうですよそうですよ。この制服を見ておわかりになりませんか、国立研究院の優れた職員の証です」

「こいつらは下っ端だけどな」

「あっ、それは言わない約束です。それと下っ端じゃなくて平研究員といってください。極々当たり前な普通の身分です」


 国として過去の遺跡に入れあげる余裕があるほど余裕があるわけだ。

 どうしたものかなと考えながら、パンケーキに蜂蜜を回しかける。残った蜂蜜は他の客から見えない場所に置いた。数秒後には蜂蜜は器ごと姿を消しており、リゲルらもそれを目撃していたはずだが何も言わないのは、妖精への理解が深い証なのだろう。

 面倒くさい、とぼやいた瞬間咳き込んだ。マスクを外す際、油断して外気を取り込みすぎたのだ。

 ほんの数秒程度なら平気だが、外気を取り込みすぎると身体に影響が出てくる。

 少しでも香りを楽しもうと思ったのが間違いだった。

 大丈夫、と心配しながら背中に触ってこようとする手を払い、ゆっくり呼吸を整える。

 ――意地でも財布を寒くしてやる。

 この理不尽な状況の苛立ちを食欲にぶつけたのであった。

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