雷電の道場破り(3)
雷電たちが相撲部屋に入ると、若い力士たちが十数人、土俵の周りに立っていて、その後方に横綱が座っている。
親方は、雷電たちを最初から小馬鹿にした顔。
「まあ、近所の人が集まっちまったから、仕方がねえ」
「おい!そこの間抜け面したでかいの、四股の踏み方も知らんのか?」
その親方の言葉で、若い力士は大笑い、また後方に控える横綱は興味がなさそうで、横を向いている。
雷電は表情は変えない、あくまでも柔和なまま。
「まあ、四股というものは、邪気を踏み潰す」
「私は、信州の生まれで、相撲取りだった親に、そう教わった」
「邪気は邪鬼に通じるので、程度の低い鬼まで踏み潰し、世界に平穏をもたらすといいますが、それを江戸の大相撲で、日々実践しておられる、その手本をお見せ願えればと」
雷電としては、丁寧に話をしているが、親方以下、全員の力士がニヤニヤ笑い、あるいは何も聞いていない。
それでも、親方は面倒そうに若い力士に声をかけた。
「おい、駆け出しのお前でいいや、見せてやれ、それで帰ってもらえ、稽古の邪魔だ」
親方に声をかけられた若い力士も、同じように面倒そうな顔。
「へい、それじゃあ」と、土俵の中で、四股を踏む。
ただ、少し足を上げ、「ペチ、ペチ」と踏むような四股なので、全く力感が無い。
親方は、若い力士に数回四股を踏ませ、雷電の顔を見た。
「さあ、これでいいだろう、見ただろ?帰れ」
すると、雷電は、プッと笑う。
「真面目に、四股を踏んでもらわんと、勉強になりませんよ」
「あの四股なら、私の故郷、信州の素人相撲のほうが、よほど四股らしい」
「それとも、今の江戸の四股は、あれを四股って言うんですかい?」
「呆れるね、天下の横綱がおられる部屋って聞いたから期待したけれど」
「来るだけ損したなあ、じゃあ、貧弱過ぎる」
「あの四股なら、邪気どころか、蠅もつぶせない」
「豚のモモ肉をあげて、おろしただけだ」
その雷電の辛辣な言葉に、親方以下、相撲部屋全員の顔が変わった。
親方
「何だと?信州の田舎相撲に負けるって?大相撲だぞ!馬鹿にしやがって!」
今にも雷電に詰め寄りそうな親方に、神威大和が声をかけた。
「親方、じゃあ、このでかいのに、信州の四股を踏ませてみたらどうです?」
「どう違うか、その目で見てから」
親方が神威大和に振り向いていると、雷電は着ていた洋服を脱ぎ、褌一つで土俵に入ってしまった。




