モーツァルトVS現代日本音楽界の闇(9)
ピアノコンクールの全出場者の演奏が終わった。
森田愛奈が身体を揺すると、神威大和は大きく背伸びをしながら目を覚ました。
その神威大和はステージを見て、「ステージは空いたね」とポツリ。
森田愛奈は「はい、もう弾く人はいないので」と、当たり前のことを言う。
すると神威大和の目が光り、場内アナウンスが流れた。
「ここで、本日の出場者名簿にはありませんが、もう一人、演奏があります」
そのアナウンスに合わせて、ホール内がざわつく中、真紅の革ジャンに黒ジーンズ、ブーツ姿のモーツァルトがスタスタとステージにあがり、ピアノの前に。
森田愛奈が「え?」と立ち上がる間もない。
隣にいた神威大和も、いつの間にかステージに立っている。
さて、モーツァルトは、客席を見て、まずは「投げキッス」。
笑い声や、しかめ面、怪しむ声が上がるけれど、全く頓着はない。
そのままピアノソナタを弾き始める。
途端にホール内のざわめきは、全くなくなった。
うっとりと聞き惚れる人、胸の前で手を組んでモーツァルトを見つめる人、ポカンと口を開けているだけの人、いろんな人がいるけれど、共通するのは誰もがモーツァルトの演奏に魅了されて、声も出せないということ。
森田愛奈は思った。
「今まで聴いた演奏者とは比較にならない、別格過ぎ」
「音色も音楽も宝石以上、キラキラとして、天国にいるみたい」
「これがモーツァルトの本気?」
「でも楽しそうに弾いているし、いいなあ」
モーツァルトの演奏が終わった。
そしてホールに向き合うと、聴衆全員が立ちあがってしまった。
「ブラボー!」「アンコール!」の声も止まない。
ただ、神威大和の視線は、「苦々しい顔をしている審査委員長と取り巻き」に向いている。




