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秘密の世界への入口

作者: 日下千尋

私、太田玲那は高校1年生で、6月の誕生日で16歳になりました。

夏休みに入ってから、ちょうど2週間がたったころの話です。

宿題ももうじき終わりかけていたので、私は部屋で一人集中して残りの数ページを終わらせようしましたら、誕生日に買ってもらったスマートフォンから保育園からの幼馴染である末村恵子から着信音がうるさく鳴りだし、しぶしぶ電話に出ることにしました。

「もしもし?」

「あ、もしもし玲那。今日暇?」

「今、宿題やっているところ。」

「宿題?そんなの8月の終わりにすればいいじゃん。」

「だーめ。誰かさんのように『間に合わなくなった』と泣くのは嫌だから。」

「ちぇ、これだから優等生は付き合いが悪いんだよね。」

「遊び人だけには言われたくありません。」

「要するに宿題が終われば文句がないんでしょ?私も付き合うから今から行くね。」

恵子は一方的に電話を切って私の家にやってきました。

恵子と私の家は歩いて数分の近所でしたので昔からお互いの家を行き来していました。

ドアチャイムが鳴ったのでドアを開けてみたら、恵子が勉強道具一式を抱えて私の部屋に入るなり「宿題やりに来たよ。」と言い出したとたん、宿題を折りたたみ式のテーブルの上に置いたまま、まったくやろうとしませんでした。

「恵子、宿題やらないの?」

「玲那の宿題見せて。」

「もしかして、写しにやってきたの?」

「うん。」

「自分でやらなきゃ意味ないじゃん。」

私は眼鏡を直しながら、自分で宿題をするように勧めました。

「だって難しいんだもん。」

「だからと言って、人の宿題を写したら意味ないでしょ?ちなみに夏休みが終わったら各教科で抜き打ちテストがあるっていう話があるみたいだよ。それでも私の宿題写す?」

恵子は少し青ざめた顔をして私の方を向きました。

「私、やっぱ帰って自分でやってみるよ。」

「それでもいいけど、せっかく宿題を用意したわけなんだし、私が見てあげる。まずは自分でやってみて、それでだめだったら教えてあげるから。」

私は残りの宿題をやりながら、恵子のやっている宿題も見ることにしました。

「玲那、やっぱ私には無理。この問題難しすぎる。」

恵子はあえて自分が苦手な数学から始めていきました。

「恵子、少し冷静になって考えてみて。この公式を当てはめてみたら解けるはずだよ。」

恵子は私に言われるまま解いていきました。

「あ、解けた。じゃあ、この計算式は?」

「これは、ここに例があるでしょ?これを見てやったら解けるはずだよ。」

「なーんだ、数学って結構簡単なんだね。難しく考えて損したよ。じゃあ、次の文章題は?」

「これだって、きちんと読めば理解できるはずだよ。」

恵子は私に言われるまま解いていき、帰るころには数学の面白さを知ってしまったようです。

次の日は英語を用意して、「写させて」ではなく「自分でやるから見てほしい」と言い出してきました。

私は恵子の成長ぶりに驚き、丸一日恵子の宿題に付き合うことにしました。

文法も単語もわからなかったら、自分で辞書で調べると言い出したので、私は本棚から分厚い英和辞典を貸しました。

本当にわからない時には私に聞きましたが、それ以外は自分で解いていき、わずか2日で終わらせました。

最後に残った国語も漢字の書き取りと文法と弁論でしたが、漢字の書き取りと文法だけ終えて、弁論は難しかったので、後回しにしました。

正直私も弁論だけは悩みの種でした。

「玲那、弁論のテーマ、何にした?」

「わからない。」

「私は公共の場のマナーについて書くよ。最近電車に乗っているとマナーの悪い人多いじゃん。」

「そうだよね。じゃあ、私は環境問題について書く。」

私と恵子は原稿用紙とにらめっこしながら、書き始めていきました。

「ねえ、今日は何も思いつかないからカラオケに行かない?」

「恵子、昨日までのやる気どうしたの?」

「だって、思いつかないんだもん。」

「今、カラオケに行ったら今までの努力がパーになるよ。」

「わかった、頑張る。」

そのあと、恵子は何かひらめいたかのように、突然私に新聞を催促し、記事を読み始めました。

確か昨日の夕刊の1面に電車の中で起きた暴力事件のことが書いてあったのを思い出しました。しかも、原因は電車内で大学生数人が大声で会話していて、なおかつゴミをちらかしていったので、70歳の男性が注意したところ、ホームに降ろされ暴行を加えられたと書いてありました。

恵子はそれをネタにしてスラスラと書き始めていきました。

私が科学雑誌を見ながら書いていたら、恵子は原稿用紙の2枚目の後半に差し掛かり、終わりに近づこうとしました。

選んだテーマを間違えたのか、こんなに苦しむとは思いませんでした。

恵子はついに「全部終わった!」と言い出し、私の机にやってきました。

「まだ終わらないの?」

「うん。」

「じゃあ、私宿題全部終わったから帰るね。明日までに終わりそう?」

「わからない。」

「終わったら、一緒にカラオケに行こうね。」

「わかった。頑張って終わらせるから。」

恵子が帰った後、私は机の上でペンを回しながら弁論を考えていました。

いつも夏休みの後半で「宿題が間に合わない」と泣きついてきた恵子が私より先に終えたことが何より悔しくなりました。

パソコンを起動してYouTubeの動画サイトで世界の異常気象の映像を見ながら、弁論の手がかりを探していきました。

砂漠化や海面の上昇などの映像を見ながら少しずつヒントを探し、それを原稿用紙につづっていきました。

何とか終わって、恵子に電話しようと思ったら時計が夜の11時を過ぎていたので、明日の朝に電話をすることにしました。

翌朝、7時前に恵子から電話が鳴ってきました。

「おはよう。宿題って言うか弁論終わった?」

「うん、何とか。それよりずいぶんと早いんだね。」

「近所の公園でラジオ体操をやってきたよ。」

「あれって、小学生だけじゃなかった?」

「年寄もいたよ。でも、ラジオ体操やった後は気持ちよかったよ。」

「そう、良かったね。」

「玲那、随分とテンション低いね。」

「何時だと思っているの?7時前だよ。」

「電話かけるの早すぎたんだね。ごめんね。今日ってカラオケに行けそう?私は玲那のおかげで宿題全部終わったから、堂々と行けるよ。」

「よかったね。私、もう少し寝るから。」

「じゃあ、何時にする?」

「12時でいいんじゃない?」

「じゃあ、12時に玲那の家に行くね。」

恵子はそういって電話を切りました。

私はもうひと眠りをしようと思いましたが、すでに目がさえてしまい、そのまま着替えて食事を済ませることにしました。

食事の後、恵子が来るまでの間、時間が余っていたので地下室の本棚へ向かいました。

普段は父の許可がないと立ち入ることができないのですが、父はベルギーへ出張中なので部屋からこっそり鍵を持ち出して中へ入ってみると、ほこりまみれだったので、ほこりアレルギーの私はマスクをつけて中へ入ってみました。

部屋の明かりをつけてみると、本だけでなく海外から買ってきたと思われる品々がガラスのショーケースに並べられていました。

奥にある少し大きめの本棚へ向かうと、見たことのない本がギッシリ並んでいました。

その中で私が目にしたのが「不思議な世界への扉」と書いてありました。

ページをめくってみると、「この本には物語が書いてありません。表紙に手を乗せて目を閉じてみてください。それだけであなただけのオリジナルの物語の世界へご案内します。」と書いてありました。

私は正直、こんなのでたらめに決まっている。ただの迷信だと思っていました。

でも少しだけ気になっていたので、私はこの本をもって地下室を後にしました。

部屋に戻ると恵子がいました。

「どこに行っていたの?」

「地下室に行って、ちょっと気になった本を見かけた。」

恵子は私から本を取り上げてページをパラパラとめくっていきました。

「全部白紙じゃん。」

「それが表紙に目を閉じて手を乗せただけで自分だけのオリジナルの物語の世界へ案内してくれるみたいなんだよ。」

「面白そうじゃん。」

「それより、今日カラオケに行くんでしょ?」

「カラオケもいいけど、こっちも面白そうじゃん。カラオケは逃げないから明日にしよ。」

恵子は私が用意した本に興味を持ったらしく、早速書いてある内容を試そうとしました。

「やっぱ、今日カラオケに行かない?」

「さては玲那怖いんでしょ?大丈夫。一緒に手を乗せよ。」

「やっぱ私一人にするよ。」

私は表紙に手を乗せて数分間目をつむりました。

正直じっとしているのは苦手なんですが、少し我慢して続けていきました。

その数分後に目を開けて表紙から手を放し、ページをめくってみたら「ようこそ物語の世界へ。今この瞬間、あなただけの物語が始まろうとしています。どうぞ心行くまま楽しんでいってください。」と書いてありました。

しかし、この意味がよく分かっていませんでした。

これから先、夏休み始まって以来の大きな体験をしようとする瞬間が始まります。


辺りを見渡してみると特に変わった感じがしませんでした。

昼食を済ませ、予定通りカラオケに行こうとした瞬間、玄関のドアを開けた恵子が「ギャー!なにこれ!」と大声を上げました。

「どうしたの?」

「玲那、カラオケが逃げたみたい。」

「どういうこと?」

「ドアを開けたら金色の野原が広がっていたんだよ!」

「ゲームのやりすぎでしょ。」

「そんなことないよ。」

私は恵子に言われるままドアを開けたら金色の野原が広がっていたので、母に見てもらおうとしましたが母の目には家の前の通りにしか見えませんでした。

「あなたたち、おかしなことを言わずに早く出かけなさい。遅くならないうちに戻って来るんだよ。」

私には正直納得がいきませんでした。

とにかく進んでみよう。私はそう思って金色の野原をかき分けながら歩いていきました。

「この野原を過ぎたらカラオケに着けるのかな。」

「そうだといいんだけど・・・・」

恵子の頭の中は完全にカラオケになっていました。

金色の野原はどこまでも限りなく続いていき、後ろを振り向くと家が見えなくなりました。

そんなに遠くまで歩いたのかな。でも歩いたのはたったの数分程度。それで見えなくなるのは不自然そのものにしか思えませんでした。

そう思っていても仕方がありませんでしたので、とにかく前へ進むことだけ考えていました。

それにしても今、自分がどこへ進んでいるのか、まったく把握していませんでした。

辺りが金色の野原でしたので、方角の感覚がマヒしてしまったのです。

私と恵子は再び前へ進んで歩き始めました。

まるで出口の見えないトンネルの中を歩いている気分でしたので、どこまで続くのか全く分かりませんでした。

恵子の口からは「カラオケに行きたい」の一言が何度もこぼれていました。

こっちはカラオケどころか家にも帰れない状態なのに。

しばらくすると、見たことのない大量の虫が大きな羽音を立てて後ろから飛んできました。

私と恵子はパニックになり、ひたすら走り続けていきました。

虫は真上から私と恵子の髪をつつき始めました。

「痛い!恵子、この虫髪の毛を狙っている。草の中へ隠れて。」

とっさに草の中へ隠れて虫たちがいなくなるのを待ちました。

虫はしばらく私と恵子の上をぐるぐると飛んでいました、

いつまで続くのかは分かりませんが、いなくなるのをじっと待つより他にありませんでした。

しばらくすると虫たちはあきらめたのか、他へ飛んでいきました。

私と恵子は立ち上がって虫たちがいなくなったことを確認すると、再び金色の草原を歩き始めました。

「さっきの虫、なんだったの?」

「わからない。」

「人の髪の毛をつついていたよ。」

「あんな虫、初めてだったよ。」

「しかも大量に飛んできて怖かったよ。」

私の頭の中で「風の谷のナウシカ」に出てきた腐海のワンシーンが浮かんできました。

今度はどんな虫が飛んでくるのか分からなかったので、私は恵子を連れて永遠に続く金色の野原を歩いていきました。

草をかき分けて歩いていくと、波の音が聞こえてきました。

海岸に出られたのかな。そう思って歩いていったら、広くて長い砂浜に出られました。

やっと金色の野原から解放できる。

私は砂浜へと歩いていきました。

さて、これから私は右へ向かうべきか、左へ向かうべきか分かりませんでした。

私は右、恵子は左と言い出しました。

こういう時、別行動は危険だったので、じゃんけんで決めることにしました。

結局私が負けたので、恵子に従い左へと進んでいきました。

静かな波の音を聞きながら私は砂浜をゆっくりと歩いていきました。

砂浜には私と恵子以外に誰もいませんでした。

空は灰色に染まり、いつ雨が降ってもおかしくない状態でした。

時々沖の方から冷たい潮風が私と恵子の顔を突き刺してきます。

海岸の終点が見えるころ、大きな丸太の上に小さな女の子が座っているのを見かけました。

女の子は空色のワンピースに白い靴を履いていました。

私は思い切って声をかけてみることにしました。

「こんにちは。この辺に住んでいるの?」

「うん。」

「このワンピース、可愛いね。お名前はなんていうの?私は太田玲那で、一緒にいるのが末村恵子って言うの。あなたのお名前は?」

「ルル。私はルルって言うの。家は海岸から少し離れた小さな丘の上にあるの。」

「そうなんだ。」

「家は小さな喫茶店になっているの。」

「よかったら、行ってもいいかな。おなかすいたし。」

「いいよ。」

ルルって子は私と恵子を連れて海岸の外れにある細い階段から小さな路地へと向かいました。

小さな路地の両端には家がたくさん並んでいました。

この辺の人たちが住んでいるのかなと思いながら、私はルルって子のあとについていきました。

進んでも進んでも家が続くばかりで、店などが一件もありませんでした。

時々フェンス越しで番犬と思われる犬が大きな声で吠えていて、いつ飛びかかってきても不思議でない状態でした。

「ルル、少し急いだ方がいいんじゃない?」

「なんで?」

「犬が飛びかかってきそうなんだけど・・・」

「大丈夫よ。この辺の犬は大きな鎖でつながれているから、簡単には家から抜け出せることはないよ。」

「そういえば玲那って優子の家で飼われている柴犬に噛まれたんだよね。」

「うん。」

「まだ苦手なの?」

「うん。」

正直、この話題は触れられたくありませんでした。

私は昔から犬を見かけると震えてしまうほど、怖くなってしまいます。

その原因は小学校の時に友達の家で足をかまれてしまい、それ以来犬が苦手になってしまったのです。

小さな路地は大きな木のトンネルに差し掛かり、それを過ぎると、ゆるやかな上り坂が始まりました。

坂道そのものはそれほどきつくなかったのですが、距離が長いので息切れしてしまいます。

ルルは慣れているせいか、私たちを置いて先へ先へと進みました。

「ねえ、ルル待って!」

ルルは後ろを振り向き私達の姿が見えないことに気が付きました。

気が付いたら、坂道の斜面が少しきつくなっていました。

私と恵子は息切れをしながら坂を上がっていきました。

「二人とも、もう少しだから頑張って。」

ルルに言われるまま、坂を上がっていくと頂上が見えてきました。

数メートル歩いたら小さな喫茶店と家が見ました。

入口には「喫茶ヒルトップ」と書いてあり、まさに丘の上の喫茶店っていう感じでした。

ルルは店のドアを開けて「お母さん、ただいま!お客さん連れてきたよ」と言いました。

「いらっしゃい。奥のテーブルへ座ってちょうだい。注文は何にする?」

「何がありますか?」

「なんでもそろっていますよ。」

なんでもそろっているという言葉に正直抵抗がありましたが、恵子はホットケーキとアイスコーヒーを頼みました。

「あの、失礼ですが、お値段ってどれくらいしますか?」

「値段?」

「お客さんが決めていいよ。もし、お金がないならただにしてもいいよ。」

「一応お金はありますが、こちらの通貨は大丈夫ですか?」

私は千円札を見せました。

「見たことのないお金だね。」

「日本の通貨です。」

「日本?聞いたことがないよ。お名前は?」

「太田玲那です。」

「末村恵子です。」

「日本っていう国ではそういう名前を付けているのかい?何だか興味深くなってきたよ。」

「失礼ですが、お名前は?」

「私はフローレンス。」

「見た感じ若そうですが、おいくつですか?」

「私は25だよ。あんたらは?」

「私たちは16です。」

「まだお子様なんだね。今夜はどうするんだい?」

「まだ考えていません。」

「じゃあ、今夜あんたらが住んでいる日本っていう国についてお話しをしてくれたら、食事代と宿泊代をただにするよ。二人には最高の客間を用意するから。」

「ありがとうございます。」

私と恵子はアイスコーヒーとホットケーキを頼み、その後は店の手伝いもしました。

店を閉めたあと、私と恵子はフローレンスと一緒に夕食の準備を手伝いながら、一つ驚いたことがありました。

おかず類は見たことがない料理ばかりでしたが、食事で使う道具が箸であったこと、さらに茶碗には真っ白なごはんが用意されました。

「こちらの国でも箸を使われるのですね。」

「『こちらの国』と言うと、あんたらの住んでいる日本でもこういう食事をするのかい?」

「そうなんです。」

「へえ、奇遇だね。」

私はフローレンスがすでに日本の文化について知っているのかと思いました。

食事を終えて、出されたコーヒーを飲みながらフローレンスとルルに日本のことについてお話をしました。

島国であること、食事の時には箸を使うこと、着ている服や流行っているものなどすべて話しました。

「一度、花火大会って言うの行ってみたいね。あと温泉とか。」

「花火大会には浴衣を着て、屋台の食べ物を食べながら見て楽しむのです。」

「ますます、行きたくなってきたよ。」

「温泉もお風呂だけでなくて、出てくる食事も豪華なんです。あと温泉まんじゅうは絶対に外せません。」

「日本っていう国はなんでもあるんだな。今すぐにでも行きたい気分になってきたよ。」

「そういえば、一つ気になりましたが、旦那さんはどちらにいるのですか?」

「旦那?最初からいないよ。」

「だって、ルルって子は?」

「この子は里子なんだよ。もともと親がいなかったから、私が引き取ってきたの。」

「そうなんですね。」

「明日はどっちへ向かうんだい?」

「まだ分かりません。来た道とはべつの方角へ向かおうと思っています。」

「なら店の裏に下り階段があるからそこから下りていくと、貨物列車の廃線跡があるから。」

「ありがとうございます。」

「最後に聞きたいのですが、ここへ来る途中で金色の野原を歩いていたのですが、その途中に髪の毛をつつく虫に出くわしたのです。それも少し大きめでした。」

「髪の毛をつつく虫・・・・もしかして『髪つつき』っていう虫だよ。」

「髪つつき?」

「そう、人の髪の毛をやたらとつつく虫だから気を付けたほうがいいよ。あんたら帽子は?」

「持っていません。」

「この先、いつ遭遇するか分からないよ。私の古いキャスケットがあるからかぶっていきな。」

翌朝、朝食を済ませ、キャスケットを被って店を後にしました。

「いろいろとお世話になりました。」

「気を付けて行けよ。」

店の裏側にある階段を下りて、来た時とは別の小さな路地を歩くことになりました。

私と恵子の冒険はさらに続きます。


再び小さな路地を歩いた私たちは何か疑問を感じるようになりました。

それはフローレンスの喫茶店以外、店がないことでした。

この辺が住宅街だからなのでしょうか。歩いても家ばかりでした。

もう一つ感じたのは乗り物も見かけていませんでした。

長く続く住宅街の終点には線路らしきものが見えました。

近づいてみると周りは柵がしてあり、簡単には立ち入ることができないようになっていました。

線路沿いを歩いてみると踏切があり、折れた遮断棒が線路のわきに置いてありました。

線路を見渡してみると、動かない信号機と古い貨車が数量だけありました。

フローレンスが言っていた貨物列車の廃線跡に違いないと思いました。

線路を渡るべきか、線路沿いを歩くべきか迷っていました。

「お嬢さんたち、フローレンスの知り合いかい?」

「まあ、一応そうですが・・・」

後ろを振り向いてみたら、短めの白髪頭のおじいさんが立っていました。

「失礼ですが、おじいさんはフローレンスさんの知り合いですか?」

「ま、そんなところだよ。昔、家庭教師を少しやっていたんだよ。あの頃のフローレンスは勉強嫌いで、わしがいくら教えてもなかなか理解してくれないから苦労させられていたよ。お二人がかぶっている帽子はフローレンスがお二人くらいの年齢の時に被っていたものなんだよ。」

「そうだったのですね。」

「お二人はどちらへ向かうのかい?」

「まだわかりません。線路沿いを歩くか、線路を渡るか迷っています。」

「なら、線路を渡ったほうがいい。このまま線路沿いを行くと金色の野原にたどり着く。そこには髪つつきの群れに出くわす。あの野原一帯が髪つつきの巣みたいなものだからな。誰も近づかないようにしているんだよ。」

「私達、そこから来たのです。その近くに家を見かけませんでしたか?」

「昨日、草原にある家から来たのです。」

「家?そんなものは見当たらなかったよ。お嬢さんたち、おかしな夢でもみたのかもしれないよ。」

私は自分の家が写っている写真をおじいさんに見せました。

こんな感じの家です。

「見たことがないね。それよりお嬢さんが持っている、薄くて小さな板はなんだね?写真が出てきたけど・・・」

「実は電話なんです。」

「面白い冗談を言うんだね。こんな電話見たことがないよ。」

この世界ではスマートフォンのことをよくわかっていないみたいでした。

これ以上は何も言わずに私と恵子は線路の反対側を歩くことにしました。

そのあとを追うようにおじいさんが「お嬢さんたち待ってくれ。」と言ってきました。

「どうしたのです?線路の反対側も危ないのですか?」

「違う。食事は済んだかい?」

「これからですが・・・」

「よかったら、食べて行ってくれないか?」

「私達、そんなにお金を持っていませんので。」

「お金ならいらない。その代り、少しだけ話を聞かせてくれないか?」

私と恵子はおじいさんに言わるまま、家に向かいました。

再び長くて細い住宅街を抜け、その終点に小さな家がありました。

「ここがわしの家だよ、入ってくれ。」

私と恵子は中に入りました。

中は奥にキッチンとテーブル、手前には暖炉と椅子があり、その隣の部屋は寝室になっていました。

「おじいさんは一人なんですか?」

「少し前まで妻がいたんだけど、病気で亡くしたんだよ。」

「悪いことを聞いてしまいました。」

「気にすることはない。それより何が食べたい?」

「お任せします。」

おじいさんは、キッチンから食パンとイチゴジャム、牛乳を用意して私達に差し出しました。

「今、目玉焼きを用意するから待ってくれないか?」

「これだけで十分です。」

「私、目玉焼き大好きなので、お願いします。」

「こら恵子、少しは遠慮しなさい。」

「ハハハ、いいんだよ。遠慮しないで、たくさん食べてくれ。」

おじいさんは焼きたてのハムエッグをテーブルに置きました。

食べ終えて、片付けを済ませたあと、約束通り今までのことを話しました。

自宅の地下室で見かけた本のこと、玄関の扉を開けたら金色の野原が広がっていたこと、髪つつきの虫のこと、海岸で見かけたルルって女の子のことやフローレンスの家にお世話になったことをすべて話しました。

「なるほど、ようするにお嬢さんたちは日本っていう国から来たんだね。日本ではさっきの小さな板のようなものでお話をするのかい?」

「それだけではありません。情報を検索したり、音楽が聴けたり、ゲームもできます。」

「なるほど、便利な道具なんだね。」

「機会がありましたら、是非私たちの国へ来てみてください。」

「そうだな。」

「それでは、私たちはそろそろ失礼します。」

「そっか、気を付けていくんだよ。」

「食事、ごちそうさまでした。フローレンスさんに会いましたら、よろしく伝えてください。」

「わかった。」

私と恵子は再び住宅街を通り、貨物列車の廃線跡を向かって歩いたらフローレンスに会いました。

「あ、二人ともこんにちは。」

「フローレンスさん、この先のおじいさんの家に用があるのですか?」

「うん、ちょっとね。」

「あなたたちは?」

「廃線跡をたどって帰ります。」

「わかった、気を付けて帰ってね。」

「あ、この帽子は?」

「私からのプレゼント。」

「ありがとうございます。」

私と恵子が廃線跡をたどっている間、フローレンスは食べ物の入った籠をもっておじいさんの家に向かいました。

「お久しぶり。」

「フローレンスか。さっき小さな女の子がやってきたよ。」

「知ってる。昨日私の家に泊まったから。」

「そうか。」

「お前も本当はあのお嬢さんたちと同じ日本人なんだろ?私の目をごまかすなんて、100年早い。」

「やっぱ、ばれたか。」

フローレンスはウィッグとカラーコンタクトを外し、おじいさんに本当の姿を見せました。

「私の本当の名前は花岡みゆき、数年前からここの住人になりました。昨日二人がやってきた時には正直驚きました。いつばれるか心配でした。でも、結局ばれないで終わったので、少しだけほっとしています。あの二人がまだこの近くにいるかもしれません。ですから、もうしばらくはフローレンスの姿でいさせていただきます。おじいさん、これ店の売れ残りですが、良かったら食べてください。」

「いつもすまないな。」

「奥の洗面所借りてもいいですか?」

「かまわんぞ。」

花岡みゆきは、ふたたびフローレンスの姿に戻り、おじいさんに「このことは二人には内緒にしてください。」と言って、家を後にしました。

「まて!あの二人には話さないのか?」

「はい。今はあの子たちには私をフローレンスだと思ってもらいたいから。時間が経てば正直に話すつもりでいます」

「そっか、好きにするがいい。」

おじいさんは一言、吐き捨てるような言い方をして、フローレンスが見えなくなったのを確認してから家に戻りました。

そのころ私と恵子は線路沿いをずっと歩いていました。

おじいさんは線路沿いを歩けば金色の野原に出られると言ったはず。でも、なかなかたどりつけませんでした。

廃線跡の終点は大きなフェンスがあり、「これより先、立ち入り禁止と書いてありました。」

来た道を戻るのか、それとも他に道がないか探して見ました。

誰かに聞くにしても私と恵子以外は誰もいませんでした。

右側が線路、正面がフェンス、あと左側を見渡してみると、だだっ広いアスファルトの道が見えてきました。どこへ通じるのかは全くわかりません。

歩き疲れてへとへとでした。

10分くらい歩いてみると、「冷えた飲み物があります。」という看板が見えました。

私と恵子はその言葉に飛びついて向かいました。

しかし、いくら探していても見つかりませんでした。

嘘だったのか。そう思って諦めかけていたら、小さなワゴンが見えました。

私と恵子はオレンジジュースを頼みました。

「あのお代ですが・・・・こちらの通貨使えますか?」

私はダメもとで100円玉を用意しました。

「ありがとうございます。あなたたち日本人ですよね。」

「そうなんですが、実はもと来た場所へ帰れなくなりました。家の玄関の扉を開けてみたら、金色の野原が広がっていて・・・・」

「気が付いたら、この世界に来てしまったのですね。」

「大丈夫、きっと帰れるから。この先に路面電車の停留所があるから、それに乗れば帰れる手がかりがつかめるはずよ。」

「一つだけいいですか。」

「なに?」

「ここに来る途中、一人のおじいさんに会って、貨物列車の廃線跡をたどると金色の野原にたどり着くと言われたのですが・・・」

「確かに、少し前まではおじいさんの言う通りでした。でも、街の開拓で更地になってしまい、近いうちにここに大きな建物ができるそうなんです。」

「そういうことだったのですね。ありがとうございました。あの最後に伺いたのですが、路面電車はどこで降りたらいいのですか?」

「あなたの知っている場所で降りたらいいのです。」

「停留所へはどこを向かえばいいのですか?」

「これ、一本道だからまっすぐ歩けばたどり着くよ。」

店の人の言い方は少しいい加減な感じに聞こえたので私と恵子で探すことにしました。

舗装された道を少し歩くと草むらにたどり着き、それを大股でゆっくりと歩きました。

日はだんだん傾きかけてきてそろそろ暗くなるころでした。

しばらくすると、砂利の道にたどり着いてひたすら歩くことになりました。

「玲那、路面電車って言うのもうそなんじゃない。あるいは廃線になったとか。」

「わからない。でも、可能性としては充分にあると思う。」

砂利の道が終わり、再び草むらになりました。

その先を歩くと明かりのついた小さな家が見えました。

今夜はそこへ泊めてもらおう。

そう思って、家に向かいました。

「ごめんください、どなたかいらっしゃいますか?」

「はーい。」

ドアからはまだ20歳代と思われる女性がやってきました。

「あなたたちは?」

「すみません。路面電車の停留所へ向かう途中、道に迷ってしまって・・・・今夜だけでかまいません。一晩泊めてください。食事も結構ですので。明日の朝には路面電車の停留所に向かいますから。」

「路面電車の停留所って・・・ここから一番近くで10キロはあるよ。」

「10キロ!?」

「海岸前っていう停留所。今夜は路面電車は終わったからここで一晩寝なさい。客間がないから寝袋を二つ用意するから、それで寝てくれる?」

「ありがとうございます。」

私と恵子は寝袋で一夜を過ごして、翌朝には出発の用意をしました。

「昨夜はお世話になりました。失礼します。」

「まって。これ、お腹がすいたら食べてね。」

女性は私と恵子にサンドイッチと飲み物が入った紙袋を渡しました。

「ありがとうございます。」

女性はにこやかな顔して見送ってくれました。

歩くこと20分、草むらの終点には再び下り階段が見えました。

階段を下りていくと、なんだか見覚えのある街並みにたどり着きました。

たしか路面電車の停留所までは10キロ近くあると言っていたので、それを目指して歩きました。

途中人がいたので声をかけてみると、海岸前の停留所までの最短で8キロで移動できると言ってきました。

私はどこまで信じたらいいか分かりませんが、一応信じていくことにしました。

5キロは歩いただろうか、お腹が空いたので木のベンチでパンと飲み物を広げて遅めの朝食をとることにしました。

サンドイッチは一つは卵、もう一つはレタスとハムがありました。

飲み物はカフェオレでした。

食事を済ませて停留所へ向かう途中、またしても見たことのない猫に会いました。

瞳は真っ黄色、毛は緑と青の混ざっていて、少し不気味な感じもしました。まだ子猫なのか、私になついてきました。

「ごめんね。連れて行けないの。許してね。」

そういって、私は急ぎ足で停留所へ向かいました。

猫は追ってきます。私と恵子は無我夢中で走って逃げていきました。

停留所への道が完全にわからなくなりました。

猫から逃げきれたもの、今度は停留所探しに苦労させられました。

「こんにちは、もしかして路面電車の停留所を探しているの?」

「そうなんです。」

「じゃあ、私が案内してあげる。」

その声は後ろからでした。振り向くと緑のワンピースに茶色のサンダル、そして緑と青のかかったショートヘア、真っ黄色な瞳。どこかで見覚えがあるような・・・・。

そう思った瞬間、女の子は子猫の姿になりました。

そして再び人間の女の子になりました。

「ひどいな。私、何にもしてないのに、急に逃げるなんて・・・せっかく教えてあげようと思ったけど、やっぱやーめた。」

「あ、ごめん。謝るから。私は太田玲那、こっちが末村恵子。」

「私は若林瞳。」

「もしかして、日本人?」

「うん。」

「じゃあ、一緒に帰ろうよ。」

「さっき、私から逃げた人と?」

「それは謝るから。」

私と恵子は深々と頭を下げました。

「まったく調子いいんだから。私がなんでこんな姿になったのかと言うと、一戸建てからマンションに引っ越した時に猫が飼えなくなって、空き地に捨てたら猫の神様に呪いをかけられたの。その呪いは一生なおならないんだって。」

「そうなんだ・・・・何も知らなくてでごめんね。」

「ううん、気にしないで。」

私と恵子は若林瞳という女の子と一緒に路面電車の停留所へ向かいました。

「でも、猫の姿もすごく可愛かったよ。」

「ありがとう。」

「一つわがままを言うと、そのまんまでいてほしいかな。たまにでいいから猫になってくれる?」

「うん。」

2時間ほど歩いたら、波の音が聞こえてきました。

その近くには踏切と停留所が見ました。

停留所には「海岸前」と書いてありました。

次の路面電車が来るまでに40分近くあったので、少しだけ砂浜にいることにしました。

途中でお腹がすくといけなかったので、3人で近くの個人商店で食べ物と飲み物を買いました。

時間になり路面電車がやってきて、乗ろうとしたらいくつか疑問を感じました。

料金が無料であること、もう一つは行き先がなかったことでした。

とにかく乗るより他はなかったので、行き先のない路面電車にのることになりました。

そして、この旅が私達にとって吉となるのか凶になるかはその時は分かりませんでした。


路面電車に乗って15分、似たような風景を走り続けていきました。

ワゴン販売の人は私達の知っている場所へ着くと言っていましたが、それもうさんくさくなりました。

路面電車はやがて海岸線を離れ、農村地帯へと向かいました。

窓の両端にはビニールハウスが並んでいて、それを過ぎると見慣れない野菜畑が続いていきました。

途中、「畑前」という停留所で野菜の入った籠を背負ったおばあさんが二人やってきて座席の真ん中あたりに座りました。

二人のおばあさんは疲れたのか、そのまま野菜の入った籠を足元に置いて眠ってしまいました。

それにしても私達の知っている場所なんて、まったく見当もつきませんでした。

路面電車は永遠に続く畑を走り続けていきました。

外を見ると、いつの間にか暗くなっていて路面電車は深夜運転ができないという理由で農村地帯の外れで停まってしまいました。

夜中を過ぎて少し冷え込んだのかトイレに行きたくなったので、私は一度電車を降りて草むらで用を足しました。そして再び路面電車に戻って夜が明けるのを待ちました。

夜が明けて、運転手が目を覚ましたら再び路面電車を動かして行き先不明のまま走りゆきました。

農村地帯を過ぎると長いトンネルに差し掛かり、出口を過ぎてみたら市街地に出ました。

二人のおばあさんは市街地の停留所で降りていなくなり、代わりに乗ってきたのは一人の若い男性でした。若い男性は一冊の本を取り出して読むのに集中してしまいました。

私は思い切って若い男性に「あの、この路面電車って行き先が不明ですが、ご存じですか?」と尋ねてみました。

「知っていますよ。僕には帰る場所がありませんので。」

「親はいないのですか?」

「親なんて最初からいないよ。」

「悪いことを聞いちゃったね。ごめんなさい。」

「気にすることはないから。」

男性は再び本を読み続けました。

私の横にいた恵子が「そういえば、この物語の世界を作ったのって玲那でしょ?どういうタイトルで、どういう内容なの?」って聞いてきました。

「終末の世界。終末って終わる末って書くの。そこで残された人たちだけで生き延びる内容にしてみたの。」

「この物語の最後ってどうなるの?」

「実は私もわからないの。」

「わからないって、どういうこと?もしかして、ずっとこの世界に閉じ込められてしまうの?」

恵子と瞳の表情は不安な気持ちになってきました。

正直言うと私も少し不安になってきました。

「この路面電車に乗って家の前まで帰れるとか。」

「それって、私達のことでしょ。そうじゃなくてこの物語の最後を聞きたいの。」

「玲那さんってちょっとだけ無責任だよね。」

今まで黙っていた瞳が一言言い出してきました。

足が棒になるまで歩き通した努力は何だったのか分からなくなり、さらに行き先不明の路面電車に乗ってしまい、みんなの不安が頂点に達してきました。

瞳さんに無責任って言われても文句が言えませんでした。

「とにかく物語の最後が云々ではなくて、私たちが無事にもとの世界に戻って家に帰れることだけを考えようよ。この路面電車に乗っていれば私達の知っている場所へ行けるわけだし、それを信じようよ。」

瞳は急にリーダー気取りで私達に言いました。

「それもそうだよね。玲那、言いすぎてごめんね。」

「ううん、大丈夫だよ。」

路面電車は市街地から小さなあぜ道の横を走り、金色の野原の手前で止まりました。

どうやらここが終点のようです。

一緒に乗っていた若い男性は本をカバンにしまい込み、急ぐかのように私達から姿を消していきました。

私と恵子、瞳は再び金色の野原を歩くはめになりました。

また髪つつきがやってくるのではないかと思うとぞっとしてきたので、少し早歩きで行こうとしました。

私と恵子は靴でしたが、瞳はサンダルだったので走ることができませんでした。

私はふと何かひらめいて、瞳に猫の姿になってもらい、私が抱えて走る作戦で行きました。

もしかしたら、家が見えてくるかもしれない。そう信じて急ぎ足で金色の野原を急ぐかのように歩きました。

しかし、どこを歩いても見当たりませんでした。

ところが案の定、大きな羽音のした髪つつきが集団で飛んできました。

「恵子、髪つつきよ。伏せて。」

「了解!」

私は猫になった瞳を抱えて、髪つつきがいなくなるのをじっと待っていました。

髪つつきは私たちが隠れている部分の上を執念深く回っていましたが、なかなか動く気配がありませんでした。

「にゃー!」

「瞳、もう少しだから頑張って。」

しかし今回の髪つつきは、なかなかしぶとくて動く気配がありませんでした。

じっとしているのも、そろそろ限界が来ています。

でも、今ここで動いたら髪つつきの餌食になってしまいます。

私たちはひたすら耐えていなくなるのを待ち続けていました。

髪つつきは、とうとう諦めたのか、路面電車の方角へと飛んでいきました。

瞳はもう飛んでこないと判断して人間の姿に戻り、私たちと一緒に歩くことにしました。

しばらく広々とした金色の野原を歩いていったら帽子をかぶったおじいさんに会いました。

「お嬢さんたち、どちらへ向かっているんだい?」

「私達家を探しているのです。」

「家?どんな家なんだい?」

「周りが白で屋根が黒なんです。」

「はて?そんな家なんか見たことないけど?」

「私達このあたりから来たのです。」

おじいさんは不思議そうな顔して私たちを見ていました。

「お嬢さんたち、この世界の人間ではないな。」

「どうしてわかったのですか?」

「勘じゃよ。わしぐらい長く生きていたらそれくらいわかるよ。」

私は今までのことをすべて話しました。そして元の世界に戻れる方法を聞き出しました。

「うーん、元の世界・・・・」

「わかりませんか?」

「この野原の外れにバス停がある。それに乗れば帰れたはず。」

「間違いないですか?もしかして行き先のないバスってことってないですよね。」

「そんなに言うなら自分たちで運転手さんに聞きなさい。わしは仕事があるから戻るよ。あと、いい忘れたけど、バスの本数が少ないから気をつけな。」

おじいさんはそう言い残して、いなくなっていきました。

「おじいさん、待ってください。バス停はどっちですか?」

「バス停はあっちだよ。まっすぐ行きな。」

「ありがとうございます。」

私たちは再び野原を歩いてバス停に向かいました。

しかし、向かう先は金色の野原。まったくバス停など見つかりませでした。

騙されたのか、それとも適当に言ったのか分かりませんが、私はおじいさんを少し恨もうと思いました。

「玲那、あれってバス停じゃない?」

恵子がバス停と思われるものに指をさしました。

バス停には「金色の野原」と書いてありました。

時刻表を見てみると5分後に来るそうです。

バス停には「このバスは行き先がありません。お客さんの行きたい方向へご案内します。料金は無料です」と書いてありました。

私は来たバスは小型で幼稚園の送迎バスと同じくらいのサイズでした。

バス停に書いてあった通り、行き先が書いてありませんでした。

「お客さん、どちらまでですか?」

「私達、元の世界に帰りたいのです。」

「元の世界へと言うと?」

「日本です。」

「日本?」

「運転手さん、紙と書くもの持っていますか?」

運転手さんは小さなメモ帳とボールペンを用意して私に貸してくれました。

私はそこに正確な住所を書いて運転手さんに渡しました。

「少しお時間かかりますけど、よろしいですか?」

「それは構いません。」

「それでは空いている席に座ってください。」

バスはゆっくりと発車して金色の野原を後にしました。

私たちは一番後ろの座席に座って、そのまま眠ってしまいました。

私はその間、長い長い夢を見ていました。

それは今までの出来事のことでした。

バスの動きが止まり、運転手さんが私たちを起こしにやってきました。

「お客さん、起きてください。着きましたよ。」

私はうっすらと目を開けて窓の景色を見ていましたら、家の真ん前でした。

「あの料金は?」

「いりません。それでは私は次のお客さんのところへ向かいますので。」

運転手さんは私たちを降ろして、いなくなってしまいました。

「玲那さんの家って、ここだったの?」

「そうだよ。」

「私の家、道路の反対側にあるマンションだよ。」

「今度新しくできたあのマンション?」

「そうだよ。」

「今度遊びに来てよ。」

「よかったら、うちに寄って行かない?」

「せっかくだけど、また今度にするよ。」

瞳は少し疲れた表情で帰ろうとしました。

「あ、まって。よかったら連絡先交換しない?」

「いいよ。」

私と瞳と恵子は連絡先を交換しました。

「私も帰るね。」

恵子も疲れ切った顔して家に帰りました。

家に帰った後、驚いたことがありました。

母から「今日カラオケどうだった?」と聞いてきたのです。

あれだけ、向こうの世界で何日もいたのに1日もたっていませんでした。

どうなっているんだろう。

「元の世界に戻してほしい」という言葉は場所だけでなく、時間も戻すという意味だったのか。

そう思って疑いをかけてみました。

スマホのカレンダーを見てみても私が宿題を終えた次の日になっていました。


お盆に入った最初の日曜日の出来事でした。

セミがうるさく鳴いて外は炎天下でした。

ポストの中を覗いてみましたら、1枚のチラシが入っていました。

「商店街に新規オープン、軽食メルヘン」と書いてありましたので、恵子と瞳を誘って商店街の軽食屋さんに行くことにしました。

昼食の時間帯なのか、店の中は少し混んでいました。

「いらっしゃい・・・・って、あなたたち戻ってきたのね。」

「フローレンスさん、ご無沙汰しています。」

「今、見てのとおり混んでいるから、お話が出来ないの。今日は6時には終わりにするから、そのあと来てくれる?」

「では、改めてその時間に来ますので。」

私と恵子と瞳は駅前のカラオケルームに向かい、そこで2時間ほど歌い、そのあとショッピングセンターで浴衣や水着を見て時間をつぶしていましたが、それでも時間が余ってしまいました。

一度家に戻り、夕食を済ませてから改めて3人で会って「軽食メルヘン」に向かいました。

「ごめんね。こんな時間に呼び出して。昼間はお客さんが多くて、なかなか相手にできなかったの。」

「いえ、私たちは大丈夫です。母親から外出の許可をもらいましたので。」

「それならよかった。玲那ちゃんと恵子ちゃんとは以前、向こうの世界で会ったから知っているけど、こっちの子は初めてだよね。」

「初めまして、若林瞳と申します。」

「私はフローレンス、よろしくね。ところで瞳ちゃん、一つ気になったけど、髪の毛と言い、瞳といい、他の人とは違うけど、もしかして、ウィッグとカラコンやっているの?」

「実は猫の神様に呪いをかけられたのです。以前私は猫を飼っていました。しかし、一戸建ての家からマンションに引っ越すと決まった時に猫が飼えなくなってしまったのです。最初はクラスの友達に当たってみましたが、引き取り手も見つからず、ネットでも里親を募集しましたが、なかなか名乗り出てくる人がいませんでした。私はやむを得ず飼っていた猫を段ボールに入れて空き地に置いてそのまま去りました。正直泣きたいほどつらかったです。マンションに引っ越して最初の夜を迎えた日のことでした。私は部屋の明かりを消して寝ようとしたら、急に窓から猫の顔をした神様がやってきて『私は猫の神様じゃ。お前は空き地に猫を捨ててそのまま去っていった。罰としてお前には猫の呪いをかける』と言って、私は猫の姿にされてしまったのです。人間に戻れても瞳や毛の色は猫のままなんです。」

「そういうことがあったのね。」

「二人に出会ったのは、向こうの世界で路面電車の停留所を探していた時に会ったのです。最初猫の姿で会った時には逃げられたけど、人間になったら『一緒に行こう』って言い出す始末だったのです。」

「ごめんなさい。」

私はつい謝ってしまいました。

「そういえば、この呪いってなおらないの?」

「はい、一生このままだそうなんです。」

「しかし、猫の神様って残酷だよね。猫を捨てたのもわざとじゃなかったんでしょ?ねえ、試しに私の前で猫の姿になってくれる?」

フローレンスは興味津々なまなざしで瞳が猫になる瞬間を見ました。

「なるほど。すごく可愛い!」

「にゃー!」

フローレンスは瞳を抱き上げて店の中を歩き回る始末でした。

私はここに来た目的を思い出してフローレンスに私と別れた後のことや、丘の上にあった喫茶店のこと、商店街に軽食の店を作ったことなどを聞き出しました。

フローレンスは瞳を床に置いてウィッグとカラコンを外し、本当のことを話しました。

「フローレンスは仮の名前で、私の本当の名前は花岡みゆきと言うの。向こうの世界に行ったきっかけは父が残した1冊の本でした。」

私はフローレンスこと花岡みゆきさんが持っていた本に目を向け、自分が持っている本と同じと気づき、「この本でしたら私も持っています。」と言ってしまいました。

花岡みゆきは無言で返事をして話を続けました。

「私も最初は玄関を出た時にはあなたたちと同じで髪つつきのいる金色の野原からだったの。髪つつきに襲われながら、逃げたり隠れたりの繰り返しでいたら髪の毛がチリヂリになってしまったので、路面電車に乗って市街地に向かってカラコンとウィッグ、そして服を買って、名前もフローレンスにして現地の人間に成りすましたの。そして丘の上で喫茶店を開くことにしたの。」

「もう一つ聞きたいのですが、ルルはどこで知り合ったのですか?」

「ルルは市街地の外れに一人でいたの。最初はボロボロの服を着て帰る当てがなかったから私が引き取ったの。話を聞いてみたら孤児院を抜け出して一人で生きようとしたみたいだったの。」

「そうだったのですね。帰りは行き先のないバスに乗ったのですか?」

「そうよ。」

「眠っていたら、私の家の近所に着いたからびっくりしたよ。」

「私達の時と同じなんですね。丘の上の喫茶店はどうされましたか?あとルルは?」

「喫茶店は閉店して、ルルは一緒に連れてきたよ。名前も花岡ルルになったよ。」

「ルルはどちらにいるのですか?」

「今は自分の部屋にいるよ。呼んでくる?」

「結構です。あと、昼間店を覗いて気が付きましたがお仕事の時はフローレンスの姿でいるのですか?」

「仕事と外出の時はね。みんなの前では花岡フローレンスで通しているから。このことは秘密だよ。」

「わかりました。私たちはこの辺で失礼します。」

私たちは店を出てそのまま家に帰りました。

夏休みが明けて新学期を迎えた時でした。担任の先生から転入生の紹介がありました。

「おい、入って来いよ。」

ドアが静かに開いてゆっくりと歩いて教壇の前に立ったのは瞳でした。

「今日からこのクラスで一緒に勉強することになりました若林瞳です。よろしくお願いします。」

教室ではみんなから注目され、目を見たり髪の毛を触るなど珍しがられていました。

学校も午前中で終わったので、3人でフローレンスの店に立ち寄って食事をすることになりました。

フローレンスのことは約束通り秘密にしていたので、食事を済ませて家に帰ることにしました。

私はみんなと別れた後、近所の児童公園の前を通ってみたら、ルルらしき子を見かけました。

私は思い切って「こんにちは。」と声をかけてみたら返事が来ませんでした。

「ルルちゃんだよね。お姉ちゃんのこと覚えてる?今、お母さんと一緒にこの近くで済んでいるんでしょ?」

ルルはずっと無言のままでいました。

「どうしたの?忘れたの?」

ルルはすべり台の上に夢中になっていましたが、すぐに飽きてしまったらしく、砂場で行きましたが、私から逃げるかのようにいなくなってしまいました。

どうしてだかわかりませんでした。

夕方、私はフローレンスのところへ行き、ルルのことを話してみたらこっちに来てから人見知りが激しくなり、不登校が目立つようになったようです。

私はこれ以上、ルルのことには触れないことにしました。

学校も通常通りになった最初の日曜日のことでした。

恵子と瞳が私の家にやってきて、瞳が向こうの世界に行った理由を聞かされました。古本屋で珍しい本を見つけたのが、すべての始まりと言っていました。そのあとは私たちと同じで金色の野原で髪つつきに襲われ、いろんな場所を歩いていったら私たちと合流したと話していました。

「ねえ、今度は私が作った物語の世界に行ってみない?」

恵子が本の表紙に手を乗せながら言いました。

「恵子が作る物語って絶対にカラオケの世界で、一日中歌わされそうな感じがする。」

「そんなことないよ。ちゃんとしたお話にするから。」

私がそっとページを開いてみたら、「ようこそ物語の世界へ。今この瞬間、あなただけの物語が始まろうとしています。どうぞ心行くまま楽しんでいってください。」と書いてありました。

なんとなく嫌な予感が起こりました。

「じゃあ、私ら帰るね。」

「私も親に買い物頼まれているから。」

恵子と瞳が玄関を出ようとした瞬間、「家に帰れなくなっている!」と恵子が大声で叫びました。

「自業自得よ。」と私が言ったら恵子は大泣き。

それもそのはず。

恵子が作った物語はカラオケの世界で、通りの至るところにカラオケルームになっていました。

「玲那、瞳助けてよ。」

「自分で何とかしなさい。」

「私もどうすることもできません。」

結局私と瞳はカラオケ好きの恵子に付き合って、新しい冒険へと行くのでありました。



おわり


皆さんこんにちは。日下千尋です。

いつも読んでいただいて、本当に感謝しています。

今回は主人公の太田玲那が幼馴染の末村恵子と一緒に自分が作った物語の世界へと冒険します。

金色の野原を歩けば、髪つつきという虫に遭遇してみたり、海岸を歩けば一人の少女に出くわしたり、喫茶店の女主人、貨物の廃線を歩けば老人に出会います。

彼女の行く先々には親切な人ばかりです。

しかし、彼女を不安にさせた出来事がありました。

それは行き先のない路面電車に乗ったことでした。

どこまで行かされるのかも分からないで、乗っていたら金色の野原に着きました。

そこから再び歩いていくと、案の定髪つつきに遭遇し、いなくなるのを待っていました。

彼女たちは再び歩いていくとバス停にたどり着き、行き先のないバスに乗ることにしました。

太田玲那は紙にペンで行き先を書いて、まるでタクシーのように運転手に告げて帰ることができました。

今年はコロナウィルスで夏休みも少ないですが、もし機会がありましたら普段できないことに挑戦してみてください。

簡単ですが私のメッセーと変えて終わりにします。

それでは次回もお楽しみください。

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